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各務原市立川島小学校(かかみがはらしりつ かわしましょうがっこう)は、岐阜県各務原市川島河田町にある公立小学校

各務原市立川島小学校
川島小学校.JPG
過去の名称 博文義校
川島学校
松原尋常小学校
博文尋常小学校
川島村立川島尋常高等小学校
川島村立川島国民学校
川島村立川島小学校
川島町立川島小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 各務原市
設立年月日 1873年
共学・別学 男女共学
分校 渡分校(1950年廃止)
笠田分校(1962年廃止)
所在地 501-6025
岐阜県各務原市川島河田町1041-1
外部リンク 公式サイト
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目次

概要編集

  • 校区は各務原市川島地区(旧・羽島郡川島町)全域である。
  • 昭和50年代前半からコンピューターを導入する等、先進的な教育を実施している。

沿革編集

江戸時代、各務原市川島地区の寺小屋は、安政2年(1855年)に笠田島村に開校されたのが最初である。その後、松倉村、河田島村、小網島村にも開校したが、1873年(明治6年)までに廃止された。

  • 1873年(明治6年)
  • 1874年(明治7年)
    • 5月 - 松倉村が離脱し、松倉義校設置。
    •  (時期不明)小網島義校が廃校。児童は敬恪義校[注釈 8]への通学となる[注釈 9]
  • 1877年(明治10年)4月 - 博文義校は川島学校と改称。このころに新築移転。
  • 1883年(明治16年) - 小網島村に小網島義校を再開[注釈 10]
  • 1886年(明治19年) - 川島学校は松原尋常小学校、小網島義校は小網島簡易科小学校、松倉義校は松倉簡易科小学校に改称。
  • 1887年(明治20年) - 松倉簡易科小学校は松倉尋常小学校に改称。
  • 1889年(明治22年)7月 - 羽島郡小網島村、松倉村、河田島村、松原島村、笠田島村が合併し、川島村が発足。それぞれの学校は川島村立となる。
  • 1894年(明治27年) - 松原尋常小学校が博文尋常小学校と改称。松倉尋常小学校に補習学校を併設。
  • 1897年(明治30年) - 小網島簡易科小学校が小網島尋常小学校に改称する。
  • 1898年(明治31年)
    • (時期不明) - 博文尋常小学校に補習学校を付設。
    • 5月 - 小網島尋常小学校と松倉尋常小学校が合併し、松倉尋常小学校となる。
  • 1901年(明治34年) - 松倉尋常小学校に高等科を設置。
  • 1903年(明治36年) -
    • 松倉尋常小学校に工業補習学校を付設。
    • 川島村の高等科の学校として、松倉に川島高等学校を新設。松倉尋常小学校の高等科廃止。
  • 1908年(明治41年)
    • 4月 - 松倉尋常小学校の補習学校、工業補習学校、博文尋常小学校の補習学校を廃止。
    • 9月 - 川島高等学校、博文尋常小学校、松倉尋常小学校、笠田島尋常小学校渡島尋常小学校が合併し、川島村立川島尋常高等小学校となる。本校は旧松倉尋常小学校におかれ、旧博文尋常小学校は博文分教場(松原島)に、旧渡島尋常小学校は渡島分教場に、旧笠田島尋常小学校は笠田島分教場になる。各分教場は尋常1~4年の児童が通学。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 川島国民学校と改称。
  • 1942年(昭和17年)4月 - 羽島郡川島村大字河田島1041-1に統一校舎完成[1][2]。博文分教場は統一校舎に近い為廃止。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 川島村立川島小学校と改称。
  • 1950年(昭和25年)4月 - 渡分校を廃止。
  • 1956年(昭和31年)10月1日 - 町制施行により川島町立川島小学校と改称。
  • 1962年(昭和37年)9月 - 笠田分校廃止。
  • 1977年(昭和52年)4月 - 現在の校舎(鉄筋コンクリート造4階建)が完成。
  • 1978年(昭和53年) - ビデオやコンピューター等、当時の最新の機器を導入し、ミニコンピュータを用いたCMIシステム[3]の開発に着手する[4]。この事が注目され、国内教育関係者の視察が増加(最盛期は2日に1回のペース)。全国的な研究会も行なわれ、国外からアメリカの教育視察団が訪問。
  • 1979年(昭和54年)- シンガポールマレーシアバングラデシュイランなどのアジア諸国の共同教育視察団が訪問。
  • 1985年(昭和60年) - パソコン93台を設置。CAIシステムを導入。
  • 1988年(昭和63年)5月 - コンピューター利用に関するモデル校に指定される。以後、1992年まで毎年、研究発表会が開催される。
  • 1991年平成3年)3月 - 体育館が完成。それまでは川島中学校の体育館を使用していた。
  • 2004年(平成16年)11月 - 羽島郡川島町が各務原市に編入。伴って、各務原市立川島小学校と改称。

交通機関編集

川島線「川島小学校前」バス停下車
岐阜川島線「川島振興事務所前」バス停下車
JR岐阜駅バスターミナル岐阜駅北)、岐阜バスターミナル名鉄岐阜駅南)より「E36 川島松倉」行き
一宮川島線、木曽川線「川島学校前」バス停下車 徒歩5分
名鉄一宮駅バスターミナル尾張一宮駅名鉄一宮駅)3番のりばより「川島」行き、または江南駅より「川島」行き

学校周辺編集

著名な出身者編集

関連項目編集

その他編集

  • 校歌は1番から3番まであるが、基本的には1番と3番しか歌わないことが多い[要出典]
  • 1941年までの川島国民学校(旧・松倉尋常小学校)、小網島簡易科小学校の跡は民有地となっているが、記念碑が設置されている。

脚注編集

  1. ^ 1941年まで使用されていた川島尋常小学校の建物は、1942年-1944年の間、即真実業学校(岐阜県立稲葉高等学校の前身。後の岐阜県立稲葉女子商業高等学校→岐阜県立岐阜女子商業高等学校→岐阜県立岐阜各務野高等学校)として使用された。この後、建物の一部は解体移築し、一般の民家に転用されたという[要出典]
  2. ^ 1942年に完成した統一校舎は、上空から見ると「正」の文字をかたどっていた。1961年の航空写真
  3. ^ ソフトウエアによって成績などを管理する教育システム。
  4. ^ 小学校におけるコンピュータの活用:教科別・学年別指導実践(岐阜県川島町立川島小学校著 日本教育新聞社 1987年)P.1 - 11。川島町は1972年頃からCMIシステムを開発していた岐阜大学と交流があった。CMI(コトバンク)

注釈編集

  1. ^ 現在の各務原市川島松原町234にある寺。
  2. ^ 現・各務原市川島渡町。
  3. ^ 現・各務原市川島北山町。
  4. ^ 現・各務原市川島笠田町。
  5. ^ 1875年に円城寺村に編入。現・各務原市川島笠田町の西部。
  6. ^ 校名は跡地看板による説明文による。川島町誌では校名不明となっている(1883年に再開された同名校も同様)。
  7. ^ 現・笠松町立下羽栗小学校
  8. ^ 現・各務原市立稲羽西小学校
  9. ^ 1874年(明治7年)9月に小網島村が上中屋村に編入されたことによる。
  10. ^ 1880年(明治13年)8月、上中屋村から旧・小網島村が分離、小網島村が成立している。

参考文献編集

  • 川島町史 通史編 (川島町 1981年) P.886 - 958
  • ふる里かわしま (川島町 1976年) P.158 - 167
  • 資料館だより Vol.35 (各務原市歴史民俗資料館 2017年3月)

外部リンク編集