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和田研究所(わだけんきゅうじょ、: Wada Laboratory)は、和田静郎によって1957年に設立された、健康と美容の研究団体。

目次

概要編集

和田研究所は、主に以下に示す3つの事業を中心に運営している。

  1. 美容痩身教室の運営
  2. 一般医療機器の製造・販売
  3. ミス日本ミスコンテスト)開催(メセナ=和田研究所の社会福祉貢献活動)[1]

日本初のダイエットブームの火付け役となった団体である。[要出典]

美容研究家の和田静郎が1957年に設立。自らのダイエット体験を基に、生理学や畜産学に基づいて編み出したダイエットメソッドである「和田式フィギュアリング(和田式ダイエット、ミス日本式ダイエットなどと表記される場合もある)」を紹介することを目的として設立された。

設立当初は、神田銭湯での営業開始前に、体系に悩む市民を対象に、脱衣所を利用して、健康体操や痩身理論(ダイエットメソッド)についての講義・指導を行い、着実な美容効果を生み出し、1959年に日本テレビ放送網情報番組婦人ニュース』での紹介をきっかけに、出版や講演会などで幅広く紹介し世間に注目された。

その後、1961年4月から始まった、讀賣テレビ放送による日本初のダイエット番組『テレビとともにやせましょう』によって和田式フィギュアリングはさらに世の中によく知られるようになる。この放送は2年6ヶ月続いた。この放送により和田式は戦後初の全国的ダイエットブームを巻き起こすこととなり、和田式フィギュアリングが日本初の体系的痩身手法として全国的に認知されたことにより、和田研究所は全国に教室を持ち普及を図った。これは当時としては、現在世の中に数多く存在するダイエット教室やエステサロンなどのさきがけとなる事業であった。

2014年7月現在では、東京、静岡、京都、福岡、鹿児島の5箇所に教室が存在する。

ミス日本コンテスト大会の運営権利編集

和田静郎は「美容研究の第一人者」として認知されたことを契機に、1967年に讀賣新聞社からミス日本コンテスト大会の運営権利を引き継ぎ、それまで、1952年の第2回大会以後、14年にわたり休眠状態であった同大会を1967年8月に復活させる[1]

和田研究所は今日まで主催団体として同大会の運営の中核を担っており、各賞受賞者や、グランプリ決定大会にノミネートされたミス日本候補生に、和田がこれまで培ったダイエットメソッドなどのノウハウを継承し、様々な社会分野で活躍する女性たちを積極的に支援・応援していく姿勢を大切にしている。

2014年まで、一般公募によってグランプリを初めとする各賞の受賞者を決めてきたが、2015年から、公募とは別に、和田のこれまでの業績をたたえ、和田が長年にわたり提唱した「美しい女性に対して栄誉と実益を与えよう」とする、ミス日本コンテストの理念にかなう顕著な活躍を見せ、将来の期待を秘めた著名人を、特別にミス日本の一員として推薦表彰する「和田静郎特別顕彰ミス日本」[2]という記念賞が新規に制定された。

歴史編集

  • 1957年 和田研究所設立
  • 1959年 日本テレビ「婦人ニュース」にてテレビで初めて和田式が紹介。
  • 1961年 讀賣テレビ放送「テレビとともにやせましょう」放映開始(~1963年<昭和38年>末まで)
  • 1967年 読売新聞社よりミス日本コンテストの大会運営権利を委譲される。同年8月に復活第一回ミス日本コンテストを讀賣テレビ本社スタジオにて実施する。

近年のテレビ番組などでの紹介編集

日本初のダイエットブームの火付け役として紹介
  • 2014年4月26日 テレビ朝日『平成タイムジャンパー』
  • 書籍「50年間変わらず受け継がれてきたミス日本式ダイエット」(サンクチュアリ出版、和田優子<現・当研究所代表>著)

出典編集

外部リンク編集