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和田静郎(わだ しずお、1922年 - 2006年12月16日)は日本の美容研究家。

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人物編集

和田は肥満に苦しんでいた1956年、食事や入浴方法など、自らの生活について克明に記録(いわゆる「レコーディングダイエット」の基礎)していたが、それをしているうちに、今までのダイエット方法とは違うやり方に気付き、[1]

  1. 食事をとり、お腹いっぱい食べられること
  2. 健康的に痩せられること
  3. ウェストや腕、太ももなど、いわゆる部分痩せで引き締めることができること

この3点を、和田自らの持つ生理学や畜産学の知識を生かした「和田式フィギュアリング」(別称に「和田式ダイエット」「ミス日本式ダイエット」など)[2]というダイエット法として確立するようになった[1]

1957年、この和田式フィギュアリングを紹介することを目的とした美容研究団体「和田研究所」を発足[3]。これをより広めるきっかけとなったのは、1959年に大阪の讀賣テレビ放送にて放送されたテレビ体操の番組「テレビとともにやせましょう[4]で、これをきっかけに「日本のダイエットの祖」「美人づくりの草分け的存在」としてたたえられる[4]

また、この和田式フィギュアリングは、各界の著名人にも広く普及させており、香淳皇后栃錦清隆ファイティング原田らにも指導させている[3]

和田は、このダイエット運動法の開拓をきっかけに、「美しい女性に栄誉と実益を与えよう」と、1950年と1952年に2回開催され、その後中断していた、ミス日本コンテストを1967年に15年ぶりに再開することを決断。以後、和田が創始した和田研究所の社会福祉貢献活動(メセナ)の一環として取り組むようになっていった[5]。受賞者には各種行事の来賓として招待されるだけでなく、和田式ダイエット法などの、これまで和田が培った美のノウハウを後世に伝え、受賞者自らが、様々な分野で活躍できるように応援していこうとする姿勢を整えている[5]

2006年12月16日、84歳没[6]。没後、この「和田式フィギュアリング」などの美容法について数多くの特集がテレビなどで紹介され、改めて和田の業績を、歴史的側面から評価されるきっかけにもなった[4]

2015年、この和田の業績をたたえ、これまで公募のみで選出してきたミス日本に、この「美しい女性に栄誉と実益を与えよう」とするミス日本の理念にあう、各界で顕著な活躍を見せ、将来の期待を秘めた女性著名人に対して、特別にミス日本を贈呈する「和田静郎特別顕彰ミス日本」の表彰項目(推薦制。ミス日本の応募の有無にかかわらず選出される)[4]が新設され、新体操日本代表の畠山愛理に第1号が贈られた[4]

和田式フィギュアリング編集

[7]

  1. 食事 1回の食事で、海藻野菜乳製品油脂の9種類を毎回の食事で登場させ、バランスよく、かつ、お腹いっぱいになるまで、ゆっくり噛んで食べる。そして食事の間隔を6時間以上開けるようにする。
  2. 体操 週1度、10分程度だけ行う。全身だけでなく、気になるところの部分痩せもすることによって、インナーマッスルを鍛える。
  3. 入浴 週1度、45分間じっくりかけて入浴を行う。すりをし、ダイエットによる肌のたるみを抑え、古い角質を取り除いて、肌の新陳代謝を活発にしていく[8]
  4. 仕事 生活にメリハリを整えて、きれいになりたいとする自覚を持つために、食事と食事の間に仕事をこなす。仕事には、オフィスワークや授業だけでなく、軽いスポーツや家事なども含まれる。
  5. 休息 筋肉や血液、細胞、肌の新陳代謝を整えるには、毎日きちんとした睡眠の時間を規則正しく取るようにして、痩せやすい体を作る。

出典編集

外部リンク編集