堀 直宥(ほり なおさだ、寛文5年11月17日1665年12月23日) - 正徳元年6月8日1711年7月23日))は、江戸時代前期から中期の大名で、上総八幡藩第2代藩主、越後椎谷藩初代藩主。直之系堀家3代。上総八幡藩初代藩主・堀直良の長男。母は植村家貞の娘。正室は新庄藩主・桑山一玄の娘(岸和田藩主・岡部行隆の養女)。子は直央(長男)、直意(次男)、直恒(四男)、大沢直衡(五男)。通称は三四郎、三右衛門。は初め直虎、直勝。官位は従五位下、式部少輔。

元禄4年(1691年)、父の死により家督を相続した。元禄11年(1698年)、所領を越後国沼垂郡蒲原郡三島郡に移され、陣屋を椎谷に定めた。これにより椎谷藩が成立した。正徳元年(1711年)に死去し、跡は長男の直央が継いだ。