大垣市立北小学校(おおがきしりつ きたしょうがっこう)は、岐阜県大垣市にある市立小学校

大垣市立北小学校
国公私立の別 公立学校
設置者 大垣市
設立年月日 1929年
共学・別学 男女共学
所在地 503-0016
岐阜県大垣市八島町2302番地
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見取町1・2丁目、林町1~10丁目、笠縫町、笠木町、宿地町、河間町1~5丁目、八島町、室村町1~3丁目、南一色町(一部)、中野町1丁目が校区である[1]


概要編集

沿革編集

上記のように北小学校の創立は1929年であるが、この地域(旧・安八郡北杭瀬村)には北杭瀬尋常高等小学校が存在した。ここではこれについても記述する。

  • 1873年(明治6年) - 河間村に耕文義校が開校。
  • 1875年(明治8年) - 耕文学校に改称する。
  • 1886年(明治19年)12月 - 耕文簡易科小学校に改称する。
  •  1894年(明治27年)4月 - 耕文尋常小学校に改称する。
  • 1897年(明治30年)4月1日 - 木戸村笠木村笠縫村河間村南一色村興福地村池尻村が合併し、北杭瀬村が発足。
  • 1923年(大正12年) - 耕文尋常高等小学校に改称する。
  • 1924年(大正13年) - 北杭瀬尋常高等小学校に改称する。
  • 1928年(昭和3年)4月15日 - 北杭瀬村が分割される。旧・池尻村、興福地村は不破郡赤坂町へ、旧・木戸村、南一色村、笠木村、笠縫村、河間村は大垣市へ編入される。
  • 1929年(昭和4年)
    • 3月 - 北杭瀬尋常高等小学校を廃止。
    • 4月 - 大垣市北尋常高等小学校が開校。校舎は大垣市室(現・大垣市室村町)に新築。校区は1928年(昭和3年)に大垣市に編入された旧・北杭瀬村の一部(木戸笠木笠縫河間南一色)。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 大垣北国民学校に改称する。
  • 1945年(昭和20年)7月28日 - 大垣空襲により校舎を全焼。住友通信工業大垣製造所[注釈 2]青年学級校舎を仮校舎として授業を行う。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 大垣市立北小学校に改称する。林町1~4丁目と中川村の一部(八島)が校区に編入される。現在地に移転。
  • 1949年(昭和24年) - 林町の全域が校区に編入される[注釈 3]
  • 1966年(昭和41年) - 鉄筋コンクリート造校舎完成。以後、1968年1970年1971年1972年に校舎の建設、1974年に増築が行われ、現在の校舎となる。
  • 1995年(平成7年) - 体育館完成。

脚注編集

  1. ^ 大垣市立小中学校の通学区域等を定める規則

注釈編集

  1. ^ 創立90周年 節目祝う(岐阜新聞2018年11月11日 21面)
  2. ^ 1950年に近江絹糸が同社大垣工場。跡地はアクアウォーク大垣大垣徳洲会病院、分譲住宅地などになっている。
  3. ^ 中川村が大垣市に編入されたさいに地名の変更が行われ、中川村の一部が林町の一部となった。

関連項目編集

外部リンク編集