宇治電ビルディング

宇治電ビルディング(うじでんビルディング)は、日本の大阪府大阪市北区西天満4丁目にかつてあった建築物である。

(旧)宇治電ビルディング
Ujiden-bld.jpg
情報
用途 事務所
設計者 長谷部竹腰建築事務所
施工 清水組
建築主 宇治川電気
事業主体 関電不動産
構造形式 鉄筋コンクリート構造
敷地面積 2,736.94 m²
延床面積 13,691.06 m²
階数 地下1階・地上8階・塔屋1階
着工 1935年(昭和10年)4月
竣工 1937年(昭和12年)4月30日
所在地 530-0047
大阪府大阪市北区西天満四丁目8番17号
座標 北緯34度41分51.53秒 東経135度30分15.65秒 / 北緯34.6976472度 東経135.5043472度 / 34.6976472; 135.5043472
テンプレートを表示
株式会社宇治電ビルデイング
種類 株式会社
略称 宇治電ビル
本店所在地 日本の旗 日本
大阪府大阪市北区西天満四丁目8番17号
設立 1935年6月15日
業種 不動産業
事業内容 不動産賃貸業
資本金 250百万円
発行済株式総数 5,000,000株
総資産 4,619百万円
従業員数 28人
決算期 3月31日
特記事項:上記全て2003年3月31日現在
テンプレートを表示

ここでは同建築物をはじめとした不動産を保有するなどして不動産業を営んでいた会社についても記す。また、2012年の解体後、跡地に新築された建築物の名称も「宇治電ビルディング」(テナントビル)だが、当記事では特記以外は旧ビルについて記述する。

概要編集

第二次世界大戦前に電力事業を営んでいた宇治川電気は1925年(大正14年)、大阪・中之島大阪商船日本電力との協業による大阪ビルディングを建設し、同年9月21日より本社を置いていたが、業務拡大により手狭となったため自社による社屋建設が企図され、その用地として大阪府大阪市北区梅ヶ枝町164番(現・同区西天満四丁目8番17号)の地を定めた[1]。この社屋は1935年(昭和10年)4月に着工[2]、1937年(昭和12年)4月30日竣工ののち、同年5月26日には宇治川電気が全館を賃貸し同社の本社が移転入居した[1]

宇治川電気は国家総動員法の制定にともなう電力統合により解散することを余儀なくされたが、第二次世界大戦後の1951年(昭和26年)5月1日からは、宇治川電気も系譜の一つとなる関西電力(関電、同日発足)の本社として使用された。1960年(昭和35年)、(旧)関電ビルディングの完成に伴い関電の本社が同ビルに移転して以降はテナントビルとして運営されたが、老朽化のため2012年(平成24年)に解体された。この際、外壁に設置されていた装飾品の一部が保存されることになり、神像レリーフは大阪市(大阪歴史博物館)に寄贈されている[3]

跡地には関電不動産により地上13階・地下1階建の「宇治電ビルディング」が建築された。オフィスフロアの他、1階には店舗区画を有している(2014年 10月竣工)[4]

建築概要編集

煙突の類の廃された全電化建物である[1]。建築費用はおよそ230万円である[1]。設計は長谷部竹腰建築事務所によるものである。施工は清水組(現・清水建設)である。

宇治電ビルデイング(法人)編集

不動産管理会社としての「宇治電ビルデイング」は、宇治電ビルが着工された1935年(昭和10年)6月15日に設立した[2]。同社は関電関連の不動産事業者の再編に伴い、2004年(平成16年)10月1日をもって関電不動産に再編された[5]

脚注編集

  1. ^ a b c d 『宇治電之回顧』 185-187頁、年表
  2. ^ a b 株式交換による株式会社宇治電ビルデイングの完全子会社化に関するお知らせ 関西電力株式会社、2003年8月26日付、2011年7月16日閲覧。
  3. ^ 大阪歴史博物館 特集展示「近代建築の記憶」を開催します 大阪市、2013年11月15日付、2014年6月25日閲覧
  4. ^ 宇治電ビルディングの紹介(地図<アクセス>と写真)
  5. ^ 平成17年3月期 決算短信(連結) 関西電力、2005年5月10日付、2011年7月16日閲覧。

参考文献編集

  • 林安繁著 『宇治電之回顧』 宇治電ビルデイング、昭和17年(1942年)。
  • 関西電力株式会社10年史編集委員会 『関西電力の10年』 関西電力株式会社、昭和36年(1961年)9月30日。