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岡 義朗(おか よしあき、1953年11月22日 - )は、岡山県玉野市出身の元プロ野球選手内野手)、野球指導者、野球解説者。

岡 義朗
HC-Yoshiaki-Oka.jpg
広島二軍内野守備走塁コーチ時代(2008年6月28日、阪神甲子園球場)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岡山県玉野市
生年月日 (1953-11-22) 1953年11月22日(65歳)
身長
体重
172 cm
63 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 内野手外野手
プロ入り 1971年 ドラフト5位
初出場 1972年9月23日
最終出場 1984年7月12日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 広島東洋カープ (1986 - 1989)
  • 阪神タイガース (1990 - 1995)
  • オリックス・ブルーウェーブ (2002 - 2003)
  • 広島東洋カープ (2004 - 2008)
  • 阪神タイガース (2009 - 2011)

経歴編集

岡山東商2年時の1970年遊撃手として夏の甲子園に出場したが、2回戦で滝川高校に敗れた[1]。翌1971年夏の甲子園に2年連続出場。準決勝に進出したが、この大会で優勝した桐蔭学園の大塚喜代美投手に抑えられ、2-5で敗退した[1]。同年秋の和歌山黒潮国体にも出場。決勝で松本匡史のいた報徳学園を破り初優勝を飾る。高校の1学年上のチームメートに右翼手守岡茂樹が、同学年には控え投手で阪急ブレーブス入りしたケネス・ハワード・ライトがいる。

1971年のドラフト会議5位で広島東洋カープに入団。1年目から遊撃手として一軍に上がるが、層の厚かった野手陣の中でレギュラー定着はできず、主に終盤の守備固めでの起用が多かった。1979年近鉄バファローズとの日本シリーズでは4試合に守備固めで左翼手として出場。第4戦では8回に打席に立つが、橘健治の前に三飛に終わる。

1980年杉田久雄との交換トレード南海ホークスに移籍。同年8月から中堅手、二番打者に起用され、20試合に先発出場を果たす。1981年にはシーズン中盤に定岡智秋が欠場したため、主に遊撃手として35試合に先発出場。その後は主として守備固めや代走として起用された。1984年に金銭トレードにて阪神タイガースに移籍し、翌1985年限りで現役引退。

内外野どこでも守れる守備のスペシャリストであり、特に外野守備に優れ、1979年4月7日、広島市民球場での対阪神戦で掛布雅之の放った本塁打性の打球をフェンスによじ登りもぎ取ったプレーから「塀際の魔術師」「守備の切り札」の異名をとるまでに至った。「江夏の21球」の際も守備固めで出場し左翼を守っていた。

引退後は、1986年から1989年まで広島内野守備走塁コーチ、1990年から1995年まで阪神内野守備走塁コーチ、1996年から1998年まで阪神スコアラーを務め、1999年から2001年までラジオ大阪野球解説者(2001年はデイリースポーツ野球評論家を兼任)を挟んで、2002年2003年オリックス・ブルーウェーブ一軍外野守備走塁コーチ(一塁ベースコーチ)を務め谷佳知の盗塁王をアシストした[2]2004年から2008年は広島二軍内野守備走塁コーチ兼「大野寮」の寮長、2009年からは現役時代1984年から2年間同僚で親交が深い監督真弓明信の下で[3]阪神一軍野手チーフコーチに就任し2011年限りで辞任[4]

2012年からは野球解説者・評論家に復帰し、Tigers-aiサンテレビジョン、デイリースポーツ中心に出演・執筆している。

詳細情報編集

年度別打撃成績編集

















































O
P
S
1972 広島 3 5 4 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 2 0 .000 .200 .000 .200
1973 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
1974 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
1975 2 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- ---- ---- ----
1976 52 11 10 3 2 0 1 0 4 1 2 2 0 0 1 0 0 3 0 .200 .273 .400 .673
1978 49 2 1 8 0 0 0 0 0 0 2 2 0 0 1 0 0 1 0 .000 .500 .000 .500
1979 97 21 20 12 3 1 0 0 4 0 4 4 1 0 0 0 0 6 0 .150 .150 .200 .350
1980 南海 49 97 80 13 20 0 0 0 20 5 7 3 11 1 5 0 0 10 1 .250 .294 .250 .544
1981 96 124 111 19 24 5 0 2 35 10 4 3 8 1 4 0 0 13 4 .216 .243 .315 .559
1982 78 15 13 8 1 0 0 0 1 0 4 4 1 0 1 0 0 4 0 .077 .143 .077 .220
1983 62 17 15 7 4 0 0 0 4 2 4 2 1 0 1 0 0 0 0 .267 .313 .267 .579
1984 阪神 27 6 3 4 0 0 0 0 0 1 0 1 1 0 2 0 0 1 0 .000 .400 .000 .400
通算:12年 518 298 257 74 54 6 1 2 68 19 27 21 23 2 15 0 1 40 5 .210 .256 .265 .521

記録編集

背番号編集

  • 46 (1972年 - 1973年)
  • 45 (1974年 - 1980年途中)
  • 32 (1980年途中 - 1983年)
  • 2 (1984年 - 1985年)
  • 70 (1986年 - 1989年)
  • 75 (1990年 - 1995年)
  • 86 (2002年 - 2003年)
  • 74 (2004年 - 2008年)
  • 82 (2009年 - 2011年)

関連情報編集

著書編集

脚注編集

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  1. ^ a b 「全国高等学校野球選手権大会70年史」朝日新聞社編 1989年
  2. ^ 阪神来季組閣に広島・岡コーチ招へいへ、デイリースポーツ2008年10月21日
  3. ^ 阪神来季組閣に広島・岡コーチ招へいへ、デイリースポーツ2008年10月21日
  4. ^ コーチの退団について - 2011年10月25日

関連項目編集