桐蔭学園中学校・高等学校

神奈川県横浜市に所在する私立の中学校・高等学校

桐蔭学園高等学校(とういんがくえんこうとうがっこう)は、神奈川県横浜市青葉区鉄町(くろがねちょう)に所在する私立高等学校。運営は学校法人桐蔭学園

桐蔭学園高等学校
Toingakuen highschool.jpg
A棟(旧:高等学校男子部1・2年校舎)
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人桐蔭学園
設立年月日 1964年(昭和39年)
創立者 柴田周吉
共学・別学 男女共学(2018年度以降[1]
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学科内専門コース プログレスコース
アドバンスコース
スタンダードコース
学期 3学期制(2018年度以降[2]
高校コード 14524G
所在地 225-8502

北緯35度34分0.5秒 東経139度31分16.9秒 / 北緯35.566806度 東経139.521361度 / 35.566806; 139.521361座標: 北緯35度34分0.5秒 東経139度31分16.9秒 / 北緯35.566806度 東経139.521361度 / 35.566806; 139.521361
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桐蔭学園中学校・高等学校の位置(神奈川県内)
桐蔭学園中学校・高等学校

マンモス校の一つで、高2まで男女併学の併設型中高一貫校であったが、2018年度から高等学校は共学となり、2019年度から中学校は募集を停止し、桐蔭学園中等教育学校に一本化する。

概要編集

1964年(昭和39年)4月、学校法人桐蔭学園設立と同時に桐蔭学園高等学校(普通科)創設。「公教育ではできない、私立ならではの教育」を目指して設立された。「能力別授業」(学力別授業、現:習熟度別)を実施[3]、生徒が進学したい大学に入れる学校を目指した[4]。また、クラブ活動を奨励し、1971年(昭和46年)には、高校野球において夏の甲子園で初出場・初優勝の快挙を成し遂げた。

かつては1学年が1600人のマンモス校[5]、クラス・コース編成を細分化、生徒の進路希望に合わせた授業を展開し、進学実績は急上昇、ピークの1992年(平成4年)では東大合格者114人、京大合格者16人を輩出している。かつては神奈川御三家[6]にも数えられていた。

量こそ質の経営方針は、2000年代に入り、進学実績が激減という形で現れ(2017年の東大合格者は2人、京大合格者は0人[7])、1998年から制度化された中等教育学校を機と見て、2001年桐蔭学園中等教育学校を分離・併設した。これにより、中規模以下の教育で難関大の受験に特化する編成ができた。だが、同一施設内に所在し、校歌も同じで、設備・グランドなども「従来校」と共用、中等6年時には高校女子部の理数コースとの合同の授業も行われ、入試時・在籍時の従来校での成績優秀者は「中等」へ編入可させるなど、事実上は「従来校」との連携が行われていた。

マンモス校で、最寄り駅からのバスが不便、また男女共学でないことから、受験生・保護者から敬遠されたとみる受験関係者も多く[8]、これらを打開するため、2018年度には桐蔭学園高校を男女併学から男女共学にし、理数科を廃止しコース別編成にした[9]2019年度から桐蔭学園中学校の募集を停止(在学生が卒業まで中学校は残るが、2021年度に廃校)、桐蔭学園小学部の卒業生は桐蔭中等教育学校に進学することにした。よって、桐蔭学園高校は高校からのみの募集となる[10]

定員はかつての1学年1600人から漸減されているが、2019年度の高等学校入学者数は774人となっている。

編成編集

2018年度より共学となりコース制へと変更した[1]

  • プログレスコース:東大・京大・医学部進学を目標とする。
  • アドバンスコース:難関国公立大学進学を目標とする。
  • スタンダードコース:難関私立大学進学を目標とする。

キャンパス編集

キャンパスは36万km2と広大であり、勉学・スポーツ・情操教育のためのものとなる施設を含め、様々なものがある。丹下健三らによる設計である。

  • キャンパス中央には、1,700席以上を誇る芸術ホール「桐蔭学園シンフォニーホール(旧称:鵜川メモリアルホール)」がある。ここは音楽、演劇、映画、講演など各種の催事に対応できる多目的ホールで、学園内で生徒たちが様々な芸術・文化に直に接することができる。
  • 桐蔭学園シンフォニーホールでは、過去にN響ウィーン少年合唱団等の演奏会などが開催されていた。
  • 食堂は校舎ごとに設置されている。2018年度より男女共学に伴い昼食時の食堂の利用も男女共用になった。
  • 自宅外生の受け入れも行っており、鉄町の学園敷地内と学園の近隣数ヶ所に学生寮を有している。

カリキュラム編集

  • 2018年度より3学期制となる[2]
  • 定期試験の成績により習熟度別授業クラス(レッスンルームと呼ぶ)の入れ替えが科目ごとに行われる。ホームルームは3年間同じである。
  • 定期考査においては、「到達度方式」と呼ばれる方式を採用している。60点未満だと補習、課題提出、追試験の対象となる。

進学実績編集

運動部実績編集

運動部においては野球部、サッカー部、ラグビー部、柔道部、剣道部などが全国的な活躍をしている。

1971年昭和46年)、硬式野球部が甲子園に初出場、初優勝という快挙を成し遂げ、創立間もないが一躍全国に知られることとなった。

サッカー部、野球部、ラグビー部、柔道部、剣道部、テニス部などが全国優勝している。

象徴編集

建学の精神・校訓編集

建学の精神
  • 社会連帯を基調とした、義務を実行する自由人たれ。
  • 学問に徹し、求学の精神の持ち主たれ。
  • 道義の精神を高揚し、誇り高き人格者たれ。
  • 国を愛し、民族を愛する国民たれ。
  • 自然を愛し、平和を愛する国際人たれ。
校訓
  • すべてのことに「まこと」をつくそう。
  • 最後までやり抜く「強い意志」を養おう。

校風編集

マンモス校のほとんど全ての例にもれず、校則はそれなりに厳しい[4]。髪の毛が耳にかかってはいけない。

校章編集

桐蔭学園の校章は、「五三の桐」である。桐には瑞鳥・鳳凰が宿るとされ、鳳凰が千里万里を天翔る前に、その力を養うのが桐樹の蔭である。これは、歴代理事長の母校である、旧制東京高等師範学校東京教育大学を経た、現在の筑波大学)に因んだ校章となっている。

学園歌編集

学園内のそれぞれの学校の校歌は学園歌と呼称し1970年に制定された。

制服編集

制服は開校当時、男子部は金ボタン5個の学ラン、女子部はブレザーと棒ネクタイ(1988年春の選抜高校野球出場当時)だったが、現在は男子部・女子部共にブレザー、男子部はネクタイ、女子部はリボンに改訂され、2015年度から制服もモデルチェンジされた。2018年度からはバッグメーカーanelloとコラボしたスクールバッグを展開。

学園祭編集

2017年までは男女別であったが、2018年より、男子部中高・中等で用いられていた、鵬翔祭(ほうしょうさい)を用いる。

  • 中等教育学校ともにこの名称を用いている。
  • 1976年、高校男子12期生の生徒を中心に学園祭開催の要望が出され、学校側は「日常生活の反映」、「独創性の発揮」、「全員参加」の3原則に沿って開催することを要請した[11]。生徒たち自身からの要請により文化祭の開催が実現するというきわめてまれな経緯により、生徒らはこの3原則をもと文化祭の計画を立て、翌1977年に第1回が開催された[11]。中学は1990年、中等は2001年から開催されている[11]
    • 改革の末、2010年(第34回鵬翔祭)より模擬店企画が主に高校2年普通科で復活した。
鸞鳳祭(らんほうさい)
  • 女子部の学園祭は「鸞鳳祭」と呼ばれていた。
  • 女子の高校、中学ともにこの名称を用いている。別名R祭ともいわれる。
  • 当初は男子部の校舎を間借りして行っていたが、1985年に女子部の校舎が完成したときに第1回が開催された[11]

沿革編集

  • 1964年昭和39年)4月 - 学校法人桐蔭学園設立。桐蔭学園高等学校(普通科)開設[12]
  • 1966年(昭和41年)4月 - 桐蔭学園中学校開設(男子のみ)。
  • 1971年(昭和46年)4月 - 桐蔭学園高等学校に理数科を開設。
  • 1981年(昭和56年)4月 - 桐蔭学園中学校・高等学校に女子部を開設(高等学校女子部は普通科のみ)[13]、食堂増設[14]
  • 1985年(昭和60年) - 女子部の校舎が完成[11]。女子部の鸞鳳祭が始まる[11]
  • 1992年平成4年)4月 - ドイツ桐蔭学園(中等部・高等部)開校。
  • 1997年(平成9年) - 新校舎竣工、男子部にも食堂増設。
  • 2001年(平成13年)4月 - 桐蔭学園中等教育学校開設(男子4クラスを分離した)。
  • 2012年(平成24年)4月 - ドイツ桐蔭学園(中等部・高等部)閉校。
  • 2018年(平成30年)4月 - 高等学校が男女共学化。普通科にプログレス、アドバンス、スタンダードの3コース制を導入する

部活動編集

  • 硬式野球部
    高等学校に1966年設置。昭和46年夏の甲子園1971年)に初出場で初優勝を成す。以来、甲子園出場は春6回、夏6回を数える。
  • サッカー部
    全国屈指の名門でヴェルディ川崎(総監督)などで指揮を執った李国秀が長らく監督を務めていたことでも知られる。李監督の下1989年に全国選手権大会初出場を果たした。戦績の最高は全国優勝(2011年夏の全国高等学校総合体育大会)。多数のプロ選手を輩出。W杯、五輪にも戸田和幸森岡隆三らを送り込んだ。中学は2008年全国中学校サッカー大会で優勝を果たした。水嶋ヒロも同校サッカー部出身であり冬の選手権にも出場している。2015年3月に李監督が復帰するも、2017年度に分裂騒動が発生し、李に見放される形となった3年生主体のBチームによる全国高校サッカーへの久々の出場が話題となった[15]。結局、2018年3月に監督交代が報じられ、李は監督を退任した。
  • ラグビー部
    全国高等学校ラグビーフットボール大会には17回出場し、2010年度の第90回大会で初優勝(東福岡高校との引き分けによる両校優勝)。2019年度の第99回大会決勝戦で御所実業高校と対戦し23-14(前半3-14)で勝利し9年ぶり2回目(単独では、7回目の決勝進出で初)の優勝となった。また、2017年の第18回全国高等学校選抜ラグビーフットボール大会でも初優勝しており、2019年までに3連覇を達成した。中学は全国大会5位と東日本優勝がこれまでの最高成績。
  • 陸上部
    全国大会出場、全国高校総体2006年大阪・4×100Mリレー優勝、2007年佐賀・4×100Mリレー優勝(2連覇)など。
  • 剣道部
    全国大会出場、最高は全国優勝。
  • 柔道部
    2005年・2017年全国高校選手権優勝、2005年金鷲旗高校柔道大会優勝、最高は2006年全国高校総体団体戦で優勝。五輪選手輩出。
  • 少林寺拳法部
    全国大会出場、最高は全国4位。関東大会優勝。
  • 水泳部
    五輪選手(高校在学時)輩出。
  • テニス部
    全国大会出場、最高は全国優勝。
  • ダンス部
    中学校・高等学校女子部に設置。「全国中学校・高等学校ダンスコンクール」3位入賞(中学校部門では2006年、高校部門では2003年)、「全日本高校・大学ダンスフェスティバル(神戸)」創作コンクール部門NHK賞受賞(準優勝)(1997年・2006年・2008年)、などの成績を残す。
  • 囲碁部
    全国高校囲碁選手権大会に連続出場。個人戦全国大会出場、最高は全国1位。団体戦全国大会出場、最高は全国1位。
  • 将棋部
    個人戦全国大会出場、最高は全国3位。団体戦全国大会出場、最高は全国3位。
  • 鉄道研究部
    全国大会入賞
  • 吹奏楽部
    2017年に第23回東関東吹奏楽コンクールB編成で金賞を受賞。その翌年にも金賞を受賞した。

このように部活動における生徒の活躍が目覚ましい。

事件・事故

2007年11月28日午前3時頃、柔道部所属の1年生男子部員が飲酒で酔った状態で「金を出せ」と路上で女性が所持していた鞄を奪い、被害女性の首を掴み10分程度住宅街を連れ回していた所、青葉署員が強盗容疑の現行犯で逮捕。取り調べに対し男子生徒は「寮で上級生と飲酒していた」と供述[16]

2015年8月14日、柔道部所属の1年生男子部員(当時16歳)が部活動中に倒れ、コーチの通報で緊急搬送。翌々日熱中症による多臓器不全で搬送先病院で死亡[17]

交通編集

  • 東急田園都市線市が尾駅よりバス「桐蔭学園前」行き10分、終点下車
  • 東急田園都市線青葉台駅よりバス「桐蔭学園前」行き10分、終点下車
  • 東急田園都市線あざみ野駅よりバス「すすき野団地」行き・「虹が丘営業所」行き・「新百合ヶ丘駅」行き10分、「もみの木台」下車徒歩15分
  • 東急田園都市線たまプラーザ駅よりバス「すすき野団地」行き20分、「もみの木台」下車徒歩15分
  • 小田急線新百合ヶ丘駅よりバス「あざみ野駅」行き・「あざみ野ガーデンズ」行き25分、「もみの木台」下車徒歩15分
  • 小田急線柿生駅よりバス「桐蔭学園」行き・「市が尾駅」行き15分、終点または「桐蔭学園入口」下車徒歩3分
  • JR横浜線中山駅よりバス「桐蔭学園前」行き45分、終点下車

著名な出身者編集

政治・経済編集

スポーツ編集

野球編集

プロ野球編集

※名前の後ろに球団名明記の選手は現役

アマチュア野球・指導者編集

サッカー編集

柔道編集

ラグビー編集

その他編集

マスコミ編集

アナウンサー編集

男性編集
女性編集

芸能編集

俳優編集

男性編集
女性編集

タレント・モデル・お笑い など編集

音楽編集

学術編集

医療編集

文系・芸術編集

理系・その他編集

文化編集

その他編集

脚注編集

  1. ^ a b » 【重要】中学校・高等学校_中等教育学校の再編成について(2017.4.10発表) | 桐蔭タイムライン
  2. ^ a b » 2018年度以降の3学期制への移行について | 桐蔭タイムライン
  3. ^ 鵜川昇著「鍛える、伸ばす、育てる 桐蔭学園式全員エリート教育」プレジデント社、1994年
  4. ^ a b 『2000年 価値ある学校(ラッキースクール)を探そう 首都圏男子校+共学校』旺文社、1999年7月26日。ISBN 4-01-008952-0
  5. ^ 1学年31クラスは、日本最大級である「東大合格者盛衰史」60年間のランキングを分析する、光文社、2009年9月20日
  6. ^ 神奈川御三家
    「中学受験白書」、ダイヤモンド社、2010年4月、p.5
    「中学受験 パーフェクトガイド」、読売新聞社、2009年10月、pp.16-21、p.87
    「中高一貫校の実力」、読売新聞社、2010年9月、p.39
  7. ^ 2017有名大学合格者数、サンデー毎日、2017年4月3日
  8. ^ 「東大合格者盛衰史」60年間のランキングを分析する、小林哲夫、2009年9月20日、光文社
  9. ^ 桐蔭学園が共学化へ 改革の3つのポイント 情報新報
  10. ^ » 【重要】中学校・高等学校/中等教育学校の再編成について(2017.4.10発表) | 桐蔭タイムライン
  11. ^ a b c d e f 桐蔭学園報第16号(2010年9月)より
  12. ^ 男子校として。当時の制服は学ラン
  13. ^ 中学高校は高校2年までは男子部と女子部に分かれており、高校3年では男子部と女子部が合同で志望コース別授業を受講するといった「男女併学」を2017年度まで採用していた。
  14. ^ 女子部のみ
  15. ^ 分裂、逆境乗り越えた桐蔭学園「23人でやれる限界感じた」森山2発も実らず - ゲキサカ2018年1月3日配信記事
  16. ^ 部員逮捕で年内の活動自粛/桐蔭学園高柔道部 神奈川新聞社 2007年11月29日
  17. ^ 柔道部活中に熱中症、死亡 桐蔭学園高1男子 日刊スポーツ 2015年8月20日
  18. ^ Amano”. 2014年1月4日閲覧。
  19. ^ “略歴”. 吉原真里ウェブサイト. http://www.mariyoshihara.com/bio-j.html 2015年11月13日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集