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12代 式守 錦太夫(しきもり きんだゆう、本名:押田 裕光(おしだ ひろみつ)、1973年4月29日 - )は、大相撲幕内行司である。血液型A型

12代式守錦太夫
12th Shikimori Kindayu
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基礎情報
行司名 式守裕光
→ 4代式守慎之助
→ 12代式守錦太夫
本名 押田 裕光
生年月日 (1973-04-29) 1973年4月29日(46歳)
出身 千葉県柏市
所属部屋 二所ノ関松ヶ根 → 二所ノ関
データ
現在の階級 幕内格行司
最高位 幕内格行司
初土俵 1989年3月場所
幕内格 2014年1月場所
趣味 プロレス観戦
備考
2015年11月18日現在

人物編集

千葉県柏市出身。現在は二所ノ関部屋所属で、同部屋の元関脇麒麟児(19代北陣親方)は義理の叔父にあたる。

中学校時代にスカウトを受け、中学卒業後の1989年(平成元年)3月場所で初土俵。1996年1月場所で旧二所ノ関部屋の名跡である式守慎之助(4代)を襲名。2006年3月場所で十両格に昇進した。

2013年1月場所後に二所ノ関部屋は所属力士が全員引退して消滅したため、松ヶ根部屋に移籍[1]

2014年1月場所で幕内格に昇進すると同時に、先代(11代)立行司昇進で空き名跡となっていた式守錦太夫(12代)を襲名した。同年12月1日に松ヶ根親方が12代二所ノ関を襲名したことに伴って、所属部屋が二所ノ関部屋に戻った。

なお、式守慎之助から式守錦太夫を襲名する流れは、二所ノ関部屋の兄弟子にあたる29代木村庄之助や、10代式守錦太夫と同じである。

本場所中は、土俵上の裁きだけでなく、場内アナウンスを務めている姿が目撃される。

2014年5月場所6日目、この日は東の幕内土俵入りで先導を務めるはずだったが、付け人の情報伝達ミスで錦太夫は当番であることを知らず、土俵入りに遅刻するハプニングを起こした。結局、土俵入りの先導は直前に西の土俵入りを担当した木村恵之助が代理を務めることになった[2]

趣味はプロレス観戦。

略歴編集

脚注編集

  1. ^ 二所ノ関部屋、完全に消滅…日本相撲協会が閉鎖を発表 スポニチアネックス 2013年1月29日(2013年12月25日閲覧)
  2. ^ 行司一時不在で幕内土俵入りが中断 日刊スポーツ 2014年5月16日

外部リンク編集