早来駅

北海道勇払郡安平町にある北海道旅客鉄道の駅

早来駅(はやきたえき)は、北海道胆振総合振興局勇払郡安平町早来大町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線[1]事務管理コードは▲130328[2]

早来駅
駅舎(2017年7月)
はやきた
Hayakita
遠浅 (5.4 km)
(5.7 km) 安平
地図
所在地 北海道勇払郡安平町早来大町
北緯42度45分55.8秒 東経141度48分50.92秒 / 北緯42.765500度 東経141.8141444度 / 42.765500; 141.8141444座標: 北緯42度45分55.8秒 東経141度48分50.92秒 / 北緯42.765500度 東経141.8141444度 / 42.765500; 141.8141444
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 室蘭本線
キロ程 158.3 km(長万部起点)
電報略号 ハヤ
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
開業年月日 1894年明治27年)8月1日[1]
備考 簡易委託駅
テンプレートを表示
早来駅
はやきた
Hayakita
(3.1 km) 中土場
所属事業者 早来鉄道
所属路線 早来鉄道線
キロ程 0.0 km(早来起点)
開業年月日 1922年大正11年)1月18日
廃止年月日 1951年(昭和26年)3月27日
テンプレートを表示

かつては早来鉄道の分岐駅で、現在もあつまバスとしてバス運行がされる同区間との接続駅である。

歴史 編集

 
1975年の早来駅と周囲約750m範囲。左下が苫小牧方面。中線を挟んだ相対式ホーム2面2線で、駅舎横の岩見沢側に設置されたストックヤードへ引込み線が若干斜めに引き込まれ、折り返し東にある木工場前へ伸びる。苫小牧側にも貨物ホームと引込み線を有している。このストックヤードへは明治から大正にかけて三井物産の馬鉄森林軌道が南東側にある山林から敷かれて木材を運び入れ、室蘭線の名物と言われた程山積みされた。軌道はヤードに設けられた停留所から近くを流れる沢沿いに標高70m程度の峠を越えて厚真まで伸びていた。後に地元有志の手で設立された早来軌道に引き継がれて、幌内や厚真との間で木材の他に人や物資の輸送を行なった。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成

駅名の由来 編集

所在地名(旧町名)より。由来については諸説ある。

アイヌ語説 編集

現在の早来市街を流れる、アイヌ語で「チペㇱナイ(ci-pes-nay)」(我ら・下る・川)という川(現:トキサラマップ川)沿いが、現在の早来から厚真への道の中では比較的急坂のない道であり、別名として「サㇰルペㇱペ(sak-rupespe)」(夏・越える沢道)、あるいは「サㇰル(sak-ru)」(夏・道)と呼ばれていたものに字を当て「早来(さっくる)」と読ませたものが、「はやきた」となったとされる[11][12][13][14]

このほか「ハイキト(hai-ki-to)」(イラクサ・〔のある〕沼)より、とする説があるが[13][11]、「うなずけない(『北海道駅名の起源』)[11]」「そのような地名の名づけ方はない(更科源蔵[13]」としている。

和名説 編集

真偽は不明であるが、室蘭と岩見沢から建設工事が進められていた鉄道工事に、それぞれ2人の技師が携わっており、ある日一方が追分から、一方が苫小牧から前程を調査するために歩き、当地で偶然にも落ち合ったことに感激して、それぞれの進捗の早かりしことを願って名付けた地名である、とする逸話が伝わっている[13]

また、当地に入植した草分けとなった人物の一人である矢部留太郎は、次のように語っている[13]

わしがここへ来たころは、早来という地名はなかった。このへんのことを安平山と呼んでいた。停車場ができてから、早来といい出されるようになった。 — 矢部留太郎、『早来町史 本編』(1973) p.281

駅構造 編集

相対式ホーム2面2線を有する複線区間の地上駅。互いのホームは1番線ホーム北側と2番線ホーム北側を結んだ跨線橋で連絡している[15]。跨線橋はコの字型である[15]。線路南東側の駅舎側ホームが上り1番線、対向側ホームが下り2番線となっている[15]。そのほか1993年(平成5年度)3月時点では、1番線の長万部方から分岐し駅舎南側のホーム切欠き部分の貨物ホームへの貨物側線を1線、2番線の長万部方から長万部方面へ戻る形で分岐する行き止まりの短い側線を1線有していた[15]。また、1983年(昭和58年)4月時点では、貨物列車の待避に使用された上下共用の中線を1線有していた[16]

追分駅管理の簡易委託駅となっている。駅舎は構内の東側(岩見沢方面に向かって右手側)に位置し1番線ホーム中央部分に接している[15]。現駅舎1989年(平成元年)築で、「安平町物産館(旧:早来町物産館)」との合築である[6][17]

のりば 編集

番線 路線 方向 行先
1 室蘭本線 上り 苫小牧糸井方面
2 下り 追分岩見沢方面

利用状況 編集

乗車人員の推移は以下のとおり。年間の値のみ判明している年については、当該年度の日数で除した値を括弧書きで1日平均欄に示す。乗降人員のみが判明している場合は、1/2した値を括弧書きで記した。また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。

年度 乗車人員 出典 備考
年間 1日平均 JR調査
1896年(明治29年) 5,752 (15.6) [18]
1897年(明治30年) 7,923 (21.7)
1898年(明治31年) 6,893 (18.9)
1899年(明治32年) 9,776 (26.7)
1902年(明治35年) 12,114 (33.2)
1903年(明治36年) 14,779 (40.4)
1934年(昭和09年) 58,655 (160.7)
1981年(昭和56年) (197.0) [16] 1日乗降人員:394
1992年(平成04年) (194.0) [15] 1日乗降人員:388
2016年(平成28年) 143.6 [JR北 1]
2017年(平成29年) 133.0 [JR北 2]
2018年(平成30年) 120.0 [JR北 3]
2019年(令和元年) 106.2 [JR北 4]
2020年(令和02年) 96.4 [JR北 5]
2021年(令和03年) 79.8 [JR北 6]
2022年(令和04年) 78.8 [JR北 7]

駅周辺 編集

安平町の役場が置かれる早来の市街に位置する。

その他 編集

  • 金山線(後の富内線)は北海道炭礦鉄道の敷設願いが当時の政府に却下されて以来、早来町有志によって誘致請願が頻繁に出されていた。大正3年には請願が功を奏して政府採択となったが、同時期に室蘭の有力者楢崎平太郎を代表とする15名からも請願が出され、大正7年に楢崎側に敷設免許が下り、北海道鑛業鐵道(後の北海道鉄道 (2代))を設立した。当初計画では早来駅を起点としていたが、実際の敷設段階で急遽沼ノ端駅へ変更された。このため早来町住民による反対運動が起こるなど、建設を巡って一時騒然とした。

隣の駅 編集

北海道旅客鉄道(JR北海道)
室蘭本線
遠浅駅 - 早来駅 - 安平駅

かつて存在した路線 編集

早来鉄道
早来鉄道線(廃止)
早来駅 - 中土場駅

脚注 編集

注釈 編集

出典 編集

  1. ^ a b c d e f g 石野哲(編)『停車場変遷大事典 国鉄・JR編 Ⅱ』JTB、1998年、855頁。ISBN 978-4-533-02980-6 
  2. ^ 日本国有鉄道営業局総務課 編『停車場一覧 昭和41年3月現在』日本国有鉄道、1966年、225頁。doi:10.11501/1873236https://doi.org/10.11501/18732362022年12月10日閲覧 
  3. ^ a b c 早来町史 昭和48年3月発行。
  4. ^ 追分町史 昭和61年8月発行。
  5. ^ 早来町史編集委員会 編『早来町史 本編』早来町、1973年、1284頁。doi:10.11501/9490618https://doi.org/10.11501/94906182022年10月3日閲覧 
  6. ^ a b c d 早来町史編集委員会 編『早来町史 続刊 〔本編〕』早来町、1998年、1601-1603頁。doi:10.11501/9490966https://doi.org/10.11501/94909662022年10月3日閲覧 
  7. ^ “札鉄 室蘭、千歳、胆振の3線区 営業近代化スタート”. 交通新聞 (交通協力会): p. 1. (1980年5月18日) 
  8. ^ “「通報」●函館本線蘭越駅ほか29駅の駅員無配置について(旅客局)”. 鉄道公報 (日本国有鉄道総裁室文書課): p. 4. (1984年3月31日) 
  9. ^ “地域の活性化に“甦える駅””. 交通新聞 (交通新聞社): p. 2. (1989年8月17日) 
  10. ^ 「JR年表」『JR気動車客車編成表 90年版』ジェー・アール・アール、1990年8月1日、168頁。ISBN 4-88283-111-2 
  11. ^ a b c 『北海道 駅名の起源』(第1版)日本国有鉄道北海道総局、札幌市、1973年3月25日、74頁。ASIN B000J9RBUY 
  12. ^ 山田秀三『北海道の地名』(2版)草風館、浦安市〈アイヌ語地名の研究 山田秀三著作集 別巻〉、2018年11月30日、377頁。ISBN 978-4-88323-114-0 
  13. ^ a b c d e 早来町史編集委員会 編『早来町史 本編』早来町、1973年、280-281頁。doi:10.11501/9490618https://doi.org/10.11501/94906182022年10月3日閲覧 
  14. ^ アイヌ語地名リスト ノブト~ヒラキ P101-110”. アイヌ語地名リスト. 北海道 環境生活部 アイヌ政策推進室 (2007年). 2021年4月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月12日閲覧。
  15. ^ a b c d e f 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)90ページより。
  16. ^ a b 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)85ページより。
  17. ^ 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社2008年8月発行)117ページより。
  18. ^ 早来町史編集委員会 編『早来町史 本編』早来町、1973年、1290-1291頁。doi:10.11501/9490618https://doi.org/10.11501/94906182022年10月3日閲覧 

JR北海道 編集

  1. ^ 駅別乗車人員(2016)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 8 (2017年12月8日). 2018年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月18日閲覧。
  2. ^ 室蘭線(沼ノ端・岩見沢間)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2018年7月2日). 2018年8月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年8月18日閲覧。
  3. ^ 室蘭線(沼ノ端・岩見沢間)” (PDF). 線区データ(当社単独では維持することが困難な線区)(地域交通を持続的に維持するために). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2019年10月18日). 2019年10月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年10月18日閲覧。
  4. ^ 室蘭線(沼ノ端・岩見沢間)” (PDF). 地域交通を持続的に維持するために > 輸送密度200人以上2,000人未満の線区(「黄色」8線区). 北海道旅客鉄道. p. 3 (2020年10月30日). 2020年11月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年11月4日閲覧。
  5. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年8月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年8月14日閲覧。
  6. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2022年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月3日閲覧。
  7. ^ 駅別乗車人員 特定日調査(平日)に基づく”. 北海道旅客鉄道. 2023年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年11月10日閲覧。

関連項目 編集

外部リンク 編集