月菴宗光(月庵宗光、げつあん そうこう/げったん そうこう、正中3年4月8日1326年5月10日) - 元中6年/康応元年3月23日1389年4月19日))は、室町時代臨済宗大應派

経歴編集

挿話編集

兵庫県朝来市の大明寺の境内に球形の石がある。元は寺の北西字丸石の、溪水が石を繞って流れる地に在った。月菴は黒川に入るや日夜この石上に趺坐した。よって坐禅石という。後年、黒川ダムへの水没を免れるため大明寺に運ばれた。土地の伝承によれば、黒川周辺の村々ではしばしば狼の被害にあい困っていた。ある日、座禅する月菴の傍に老いた狼が寄って来て、口中の棘となった魚の骨を抜いてくれという。月菴はこれを抜いてやった。恩に思ったか狼は稲穂を和尚に供え、この稲穂を種籾に米を作ったところ、黒川郷は豊作に恵まれたという。黒川の米で餅を作り供養する行事は、「とげぬき御供」として今も行われている。

眼目編集

  • 「即心是仏」で,「後世ノ成仏ヲ希望」したり「有相ノ仏」を求めることを戒しめ,「我心スナハチ仏ナリト信スル」ことにより、この身ながら仏になる(仏である)と教えた。
  • 世阿弥の能楽論を代表する『花鏡』に、この法語から月菴の偶示が引用されており、その偈というのは,「生死去来 棚頭傀儡 一線断時 落々磊々」というもので、『花鏡』の「万能一心を縮ぐ」の項に引用している。その意味は棚の上の操り人形は糸が切れると一切がだめになってしまう。物まねを旨とする芸能も操りなので、どうにかこれを繋いで芸を生かすには演者の心が大切であるというのが世阿弥が月菴の法語から得たところの意味である。

法嗣・法孫編集

関連リンク編集