遠山荘(遠山庄)(とおやましょう)とは、平安時代安土桃山時代にかけて美濃国恵那郡に存在した荘園

概要編集

遠山とは古くは美濃信濃三河遠江にまたがる山岳地域の総称で、とくに美濃国恵那郡のことを指した。遠山荘は吾妻鏡文治元年の条に記載がある。

範囲編集

規模編集

美濃国恵那郡の大部分の南北約50~60km、東西約25~30km

起源編集

平安時代中期

領主編集

  • 当初は摂関家領(後に近衛家領)。
  • 元暦2年(1185年)5月1日に源義仲の娘の菊姫が美濃国遠山荘の一村を賜るとある。(吾妻鏡)
  • 文治元年(1185年)に源頼朝の重臣の加藤景廉が功績により拝領。(美濃国諸旧記)
  • 建久6年(1196年)に源頼朝の重臣の加藤景廉が功績により拝領。(遠山譜)

「美濃国恵那郡遠山庄事 右為勲功之賞遠山加藤次景廉所充行也者 早令領知可被専所務之状如件 建久六乙卯年三月三日頼朝判」

  • その後、長男が遠山景朝と称し遠山氏の初代となり、子孫が遠山荘内に分かれて繁栄した。

関連項目編集