朝香千賀子(あさか ちかこ、1921年大正10年)5月3日 - 1952年昭和27年)12月6日)は、日本旧皇族。元華族朝香宮鳩彦王の第一王子・孚彦王の妃。父は伯爵藤堂高紹。母は伯爵真田幸民の娘・信子。皇籍離脱前の名は、孚彦王妃千賀子(たかひこおうひ ちかこ)。

孚彦王妃 千賀子
Prince Takahiko and Princess Chikako.jpg
孚彦王と千賀子妃
続柄 藤堂高紹第五女子

身位 王妃皇籍離脱
敬称 殿下皇籍離脱
出生 1921年5月3日
日本の旗 日本東京府東京市本所区
(現:東京都墨田区両国)藤堂伯爵邸
死去 (1952-12-06) 1952年12月6日(31歳没)
日本の旗 日本・東京都
配偶者 孚彦王
子女 冨久子女王
誠彦王
美仍子女王
父親 藤堂高紹
母親 真田信子
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略歴編集

朝香宮鳩彦王の長男・孚彦王と結婚し、冨久子女王、誠彦王、美仍子女王の1男2女をもうける。1947年(昭和22年)10月14日に皇籍離脱し、以後は朝香千賀子と名乗る。晩年は結核に倒れ、1950年(昭和25年)に自らの結核の快癒を願ってカルメル会に入りカトリック信者となったが、1952年(昭和27年)に31歳で逝去した。

栄典編集

血縁編集

脚注編集

  1. ^ 『官報』第3587号、「叙任及辞令」1938年12月17日。p.555
  2. ^ 『官報』第4438号・付録「辞令二」1941年10月23日。
  3. ^ あさか・ともひこ。東京藝術大学音楽学部チェロを専攻した後、CBSソニーに勤務。東京都庭園美術館館長特別顧問を務める。
  4. ^ 『官報』第5667号、「宮内省告示」1945年12月1日。8頁