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東岡山駅

日本の岡山県岡山市中区にある西日本旅客鉄道の駅

東岡山駅(ひがしおかやまえき)は、岡山県岡山市中区土田にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)のである。

東岡山駅*
Higashi-Okayama Station, ekisha.jpg
駅舎
ひがしおかやま
Higashi-Okayama
所在地 岡山市中区土田112-1**
所属事業者 西日本旅客鉄道(JR西日本)
電報略号 ヒオ
駅構造 地上駅
ホーム 3面4線
乗車人員
-統計年度-
3,859人/日(降車客含まず)
-2017年-
開業年月日 1891年明治24年)3月18日
乗入路線 2 路線
所属路線 S 山陽本線
キロ程 136.1km(神戸起点)
上道 (3.4km)
(2.8km) 高島
所属路線 N 赤穂線
キロ程 57.4km(相生起点)
播州赤穂から46.9km
大多羅 (3.3km)
(-km) (高島)***
備考 直営駅管理駅
みどりの窓口
* 改称経歴
- 1906年 長岡駅→西大寺駅
- 1961年 西大寺駅→東岡山駅
** 正式な所在地。東側は岡山市東区宍甘、西側は岡山市中区長岡にそれぞれまたがる。
*** 全列車が岡山駅まで乗り入れ。
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敷地のうち、1番のりばの東側約6分の1程度は岡山市東区宍甘、2・3・4番のりばの西側約4分の1程度は岡山市中区長岡にそれぞれまたがっている。

利用可能な鉄道路線編集

山陽本線所属線[1]とし、赤穂線を加えた2路線が乗り入れる。赤穂線は当駅が線路名称上の終着駅ではあるが、現在はすべての赤穂線列車が山陽本線経由で岡山駅以西へと直通する。しかし、岡山駅改良工事の関係で、一時期当駅止まりおよび当駅で山陽本線・赤穂線への分割・併合を行う列車があった。

歴史編集

  • 1891年明治24年)3月18日 - 山陽鉄道 三石駅 - 岡山駅間の開通と同時に、長岡駅として開業。旅客・貨物の取扱を開始。
  • 1902年(明治35年)12月18日 - 公衆電報取扱開始。(官報1902年12月13日号より)
  • 1906年(明治39年)
  • 1909年(明治42年)10月12日 - 線路名称制定。山陽本線の所属となる。
  • 1950年昭和25年)10月1日 - 財田村が町制施行して財田町となり、所在地表示が岡山県上道郡財田町土田(敷地の一部は岡山県上道郡財田町長岡および岡山県上道郡古都村宍甘)になる。
  • 1953年(昭和28年)2月1日 - 西大寺市成立に伴い、所在地表示が岡山県上道郡財田町土田(敷地の一部は岡山県上道郡財田町長岡および岡山県西大寺市宍甘)になる。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 財田町が岡山市に編入され、所在地表示が岡山県岡山市土田(敷地の一部は岡山県岡山市長岡および岡山県西大寺市宍甘)になる。
  • 1961年(昭和36年)3月20日 - 東岡山駅に改称。
  • 1962年(昭和37年)9月1日 - 赤穂線 当駅 - 伊部駅間が開通し全通。当駅に乗り入れ。
  • 1969年(昭和44年)2月18日 - 西大寺市が岡山市に編入され、所在地表示が岡山県岡山市土田(敷地の一部は岡山県岡山市長岡および岡山県岡山市西大寺宍甘)になる。
  • 1972年(昭和47年)7月20日 - 住所地番変更により、所在地表示が岡山県岡山市土田(敷地の一部は岡山県岡山市長岡および岡山県岡山市宍甘)になる。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 - 貨物の取扱を廃止。駅から西へ1kmほどの線路沿いに位置する住友セメント(現:住友大阪セメント)東岡山サービスステーションへ専用線が続き、セメントの入荷を行っていた。
  • 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる。
  • 1997年(平成9年)11月2日 - 午後9時25分ごろ、駅前の県道東岡山御津線を直進北上していた男性会社員運転の乗用車がそのまま正面の駅舎に突っ込み、建物の一部を破壊して事務室内で止まった。当時室内では駅員2人が業務にあたっていたが、けが人はなかった[3]2006年の岡山市道東岡山駅前線開通にともなう駅前整備で駅舎前の路盤がかさ上げされ、県道とは段差が設けられた。
  • 2007年平成19年)
  • 2009年(平成21年)4月1日 - 岡山市が政令指定都市に移行し、所在地表示が岡山市中区土田(敷地の一部は岡山市中区長岡および岡山市東区宍甘)になる。
  • 2016年(平成28年)4月24日 - CTC化に伴い南北改札口とホームに設置されたLED式発車標の使用を開始。

駅構造編集

 
ホーム

相対式ホーム島式ホームの複合型3面4線のホームを持つ地上駅で、各ホームは跨線橋で連絡している。南北双方に改札口があるが、駅員が常駐しているのは南口駅舎。北口は時間帯によって無人となる。待合室がある。

当駅は駅長が配置された直営駅であり、管理駅として、山陽本線の三石駅 - 西川原駅間各駅と赤穂線寒河駅 - 大多羅駅間各駅(つまり、西川原駅以東の岡山支社管内のすべての駅)を管轄している。和気駅西大寺駅瀬戸駅は地区駅として位置付けられている。北口は、以前はジェイアール西日本岡山メンテック(現:JR西日本岡山メンテック)に委託していたが、2007年の自動改札機導入直前に、同様に委託していた尾道駅北口とともに直営化された。

2007年(平成19年)6月に自動改札機が設置され、その後ICOCA利用可能駅となった(相互利用可能ICカードはICOCAの項を参照)。ただし、北口の自動改札機は簡易式のものとなっている。

2004年(平成16年)2月に改修が行われ、車椅子対応のトイレが新設された。同時に各ホームにエレベーターを設置し、北口にはスロープが新設された。

のりば編集

のりば 路線 方向 行先 備考
1 S 山陽本線[4] 下り 岡山倉敷三原方面 N 赤穂線播州赤穂方面からの列車
2 S 山陽本線姫路方面からの列車
3 N 赤穂線 上り 西大寺長船播州赤穂方面
4 S 山陽本線 上り 和気相生姫路方面

現在は奇数番線に赤穂線西大寺・長船・播州赤穂方面へ(から)の列車、偶数番線に山陽線和気・相生・姫路方面へ(から)の列車が発着する。

岡山駅改良工事の関係で当駅で分割併合を行っていた一部の上り列車では、この原則が崩れたことがあった(山陽本線で3番線・赤穂線で4番線に停車)。そのため、3・4番のりばの駅名標は駅名表示を2016年3月に新ラインカラー入りに更新するまで「じょうとう/おおだら」と表示されていた。また、3番のりばは3方向すべての入線・出発に対応しているほか、1番のりばは相生方面からの入線および播州赤穂方面への出発にも対応している。実際、2011年に2番のりばに故障車が停車中、相生方面からの電車が1番のりばに入線している。

通過列車(貨物列車など)は下りは2番のりば、上りは4番のりばを通過する。

利用状況編集

1日の平均乗車人員は以下の通りである[5]

乗車人員推移
年度 1日平均人数
1999 3,367
2000 3,310
2001 3,162
2002 3,092
2003 3,077
2004 2,979
2005 2,907
2006 2,902
2007 3,005
2008 3,111
2009 3,036
2010 3,107
2011 3,148
2012 3,178
2013 3,376
2014 3,396
2015 3,637
2016 3,754
2017 3,859

駅周辺編集

駅周辺は岡山市中心部から7kmほど離れたベッドタウンである。駅南側にロータリー、バス乗り場とタクシー乗り場が整備されており、有料駐車場と有料駐輪場を完備している。駅南側より国道250号に接続。駅北側に山陽新幹線が並行しており、北口へはこの高架をくぐる。

かつては駅南側に西大寺鉄道長岡(後の財田)駅があり、赤穂線開業までは西大寺方面への乗換駅として機能していた。この駅は1962年(昭和37年)の赤穂線開業に伴う西大寺鉄道の廃止後も線路を撤去しただけで長くそのまま放置されていたが、1980年代に整地の上で駐車場と駐輪場が設けられている。

1990年代まで駅西側の踏切は有人であったが、現在は無人化されている。

駅南口側編集

駅北口側編集

バス路線編集

その他編集

隣の駅編集

西日本旅客鉄道
S 山陽本線
上道駅 - 東岡山駅 - 高島駅
N 赤穂線(東岡山駅 - 岡山駅間は山陽本線)
大多羅駅 - 東岡山駅 - 高島駅

脚注・出典編集

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  1. ^ 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』JTB 1998年
  2. ^ 「停車場改称」『官報』1905年12月16日(国立国会図書館デジタルコレクション)
  3. ^ 「駅事務所に乗用車突っ込む、けがなし JR東岡山/岡山」『朝日新聞』岡山地方版1997年11月4日付、朝日新聞大阪本社
  4. ^ 1番のりばは以前は「赤穂線」と案内していたが、路線記号導入時に「山陽線」に統一した。
  5. ^ 岡山県統計年報”. 岡山県. 2019年3月24日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集