メインメニューを開く

横須賀ストーリー」(よこすかストーリー)は、1976年6月にリリースされた山口百恵の13枚目のシングルである。

横須賀ストーリー
山口百恵シングル
初出アルバム『横須賀ストーリー
B面 GAME IS OVER
リリース
ジャンル アイドル歌謡曲
レーベル CBSソニー
作詞・作曲 作詞:阿木燿子
作曲:宇崎竜童
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1976年度年間8位(オリコン)
  • 山口百恵 シングル 年表
    愛に走って/赤い運命
    (1976年)
    横須賀ストーリー
    1976年
    パールカラーにゆれて
    (1976年)
    収録アルバム横須賀ストーリー
    GAME IS OVER
    (2)
    横須賀ストーリー
    (3)
    自転車の上の彼
    (4)
    テンプレートを表示

    解説編集

    • 山口は「青い果実」や「ひと夏の経験」など、当曲以降ついて回った“早熟な少女”という自分の歌手イメージに違和感を抱き、この頃は歌手活動への熱意が薄れ始めていた[1]。そんな折、「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」を前年ヒットさせた阿木燿子作詞)・宇崎竜童作曲)のコンビを自ら指名して生まれたのがこの「横須賀ストーリー」である。この新機軸は大当たりした。
    • これっきり これっきり もう これっきりですか…」という印象的なフレーズと共に、曲もナンバーワン・ヒットとなり、山口は“自分の意志を持ち、潔く今を生きる女性”という新しい山口百恵像へのリセットを成功させた[1]。これが後の「イミテイション・ゴールド」「プレイバックPart2」「絶体絶命」「しなやかに歌って」「ロックンロール・ウィドウ」など、同じスタンスに立った曲のヒットにつながり、その点で「横須賀ストーリー」は山口の歌手キャリアの大きな転換点となる作品になった[1]
    • 本作の直前に阿木・宇崎コンビからアルバム『17才のテーマ』でいくつか初めて楽曲提供を受けていたが、「横須賀ストーリー」のみがアルバム曲から外されシングルに回された、という経緯がある。この作品以降、同コンビによるシングルは12作品リリースされた。
    • 累計売上は81万枚[2]を記録。オリコンでは百恵の最大ヒットシングルとなった(累計では『いい日旅立ち』が本作の売上を上回っている[2])。
    • 1976年末の「第27回NHK紅白歌合戦」に3年連続3回目の出場となり、紅組のトップバッターとして登場した(百恵の紅白歌合戦・トップバッター担当は1974年の『ひと夏の経験』以来2年ぶり2回目)。
    • 1977年に事務所の後輩の荒木由美子がファーストアルバム『ヴァージン・ロード/渚でクロス』でカバーしている。
    • 1980年代後半にコニカ(当時)のレンズ付きフィルム、「撮りっきりコニカ」のCMで替え歌が使われていたことがあった。
    • 1997年には宇崎竜童のセルフカバーシングル「絶体絶命」のカップリング曲として収録された。そうる透の編曲により、原曲よりもハードな仕上がりになっている。
    • 2005年にはRAG FAIRによって、トリビュート・アルバム山口百恵トリビュート Thank You For…part2』でカバーされた。また、2012年には渡辺真知子によって『山口百恵トリビュート・セレクション』でカバーされる。2019年には長男の三浦祐太朗がカバーした。
    • 曲の舞台が横須賀であることにちなみ、2008年12月18日から、京浜急行電鉄本線横須賀中央駅接近メロディとして使用されている。編曲は塩塚博が手掛けた。
    • 漫画ドラえもんのキャラクターである剛田武(ジャイアン)が自宅でリサイタルを開いた際、この曲を熱唱していたことがあった。(サビの一部分がセリフとしてこの曲が掲載されている)14巻「念録マイク」にて。
    • この楽曲のブレイクを機に山口は、楽曲を提供した宇崎・阿木夫妻から大きな影響を受けるようになり、他人が敷いたレールを歩むのではなく、「自分の世界観を世に問いたい」という自我を抑えきれなくなった、という記者の証言もある。そのため山口は、一時ホリプロからの独立も考えていたという[3]

    収録曲編集

    全作詞: 阿木燿子、全作曲: 宇崎竜童
    #タイトル作詞作曲・編曲編曲時間
    1.「横須賀ストーリー」阿木燿子宇崎竜童萩田光雄
    2.「GAME IS OVER」阿木燿子宇崎竜童船山基紀
    合計時間:

    品番編集

    関連シングル編集

    関連作品編集

    脚注編集

    [ヘルプ]
    1. ^ a b c 堤昌司「21世紀に残したい名盤」『オリコン・ウィーク The Ichiban』2000/1/17号、オリコン、 49頁。
    2. ^ a b 紙面復刻: 1995年7月15日 (この道 500人の証言187・山口百恵その3)、nikkansports.com、2010年3月30日6時55分。
    3. ^ 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.94.

    関連項目編集

    外部リンク編集