野口 五郎(のぐち ごろう、1956年2月23日 - )は、日本歌手俳優である。本名、佐藤 靖(さとう やすし)。岐阜県美濃市出身。オフィス・ジー所属。 新御三家の一人として、1970年代の日本を代表する男性アイドルである。血液型A型。妻はタレント三井ゆり。子供は一女一男。実兄は作曲家佐藤寛

野口 五郎
出生名 佐藤 靖
生誕 (1956-02-23) 1956年2月23日(62歳)
出身地 日本の旗 日本岐阜県
学歴 堀越高等学校 卒業
ジャンル 歌謡曲
J-POP
職業 歌手
俳優
活動期間 1971年 -
レーベル avex io
事務所 NPミュージック・プロモーション(デビュー時〜1986年6月)
オフィス・ジー(1986年7月〜現在)[1]
公式サイト GORO-NET

目次

来歴編集

岐阜県美濃市に生まれる。曽祖父人形浄瑠璃太夫、両親はアマチュア楽団「青空楽団」の歌手同士[2]。本来、家族会議で「直樹」と命名するつもりだったが、父親が家族に許可を得ずに「靖」という名前で出生届を出したという。

1966年10月、フジテレビの『日清ちびっこのどじまん』で荒木一郎の「今夜は踊ろう」を歌い優勝[3]中部日本放送の『どんぐり音楽会』に出演し、ザ・ワイルド・ワンズの「青空のある限り」を歌い1位となる[4]

『ちびっこのどじまん』をきっかけに本格的に歌手を目指すことを決意。自ら“ソウルソング”という美空ひばりの『リンゴ追分』の作曲家・米山正夫の門下生になりたく、約2年間、米山が係わるオーディションに何度も出場。ついに声が掛かって[2]中学2年生の時、プロを目指し実母とともに上京[3]、東京・浅草の伯父の経営する印刷工場の一室に下宿し[2]美濃市立美濃中学校から台東区立台東中学校に転校[5]ポリドール児玉英毅が設立したNPミュージック・プロモーションの第一号タレントとして所属し[6]堀越高等学校に進学する[5]

1971年5月1日、当初は演歌歌手としてシングル曲「博多みれん」でデビュー。キャッチフレーズは「青い木の芽の、はだざわり」で売り出した[7]、が、同曲のセールスは全く振るわなかった。しかし2曲目の「青いリンゴ」からポップス歌手に転向してスマッシュ・ヒット[3]、若い女性ファンの人気を獲得。

1972年12月31日第23回NHK紅白歌合戦において当時としては最年少(16歳10か月)となる初出場歌手に抜擢されて、「めぐり逢う青春」を歌う。

1973年4月9日、「オレンジの雨」がオリコン週間チャートで初のベストテン入り。続く「君が美しすぎて」は第3位にランクされ、第24回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。西城秀樹郷ひろみと共に新御三家と呼ばれて、一躍トップアイドルの仲間入りを果たす。

1974年11月25日、「甘い生活」で初のオリコン週間チャートの第1位を獲得[3]。最大のヒット曲となり、第25回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。この作品で筒美京平第16回日本レコード大賞・作曲賞を受賞。

1975年2月10日、実兄 (佐藤寛)作曲による「私鉄沿線」が有線放送をきっかけに大ヒットし、「甘い生活」から2作品連続してオリコン週間チャートの第1位を獲得する。また年末の第8回日本有線大賞・グランプリ、第17回日本レコード大賞・歌唱賞、第6回日本歌謡大賞・放送音楽賞など、多くの音楽賞を受賞し第26回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。さらに第3回FNS歌謡祭(1975年上半期)では「哀しみの終るとき」で最優秀歌唱賞を受賞。『再会』で映画初主演。

1975年4月4日 - 1983年3月、日本テレビ系のバラエティー番組カックラキン大放送!!』にメイン・タレントとしてレギュラー出演、視聴者にコミカルな面をアピールして広く一般大衆の人気を獲得した。

1976年、「きらめき」が第2回日本テレビ音楽祭・グランプリ、第5回東京音楽祭・ゴールデンスター賞を受賞。「針葉樹」では第18回日本レコード大賞・歌唱賞、第7回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、第27回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。発売前の「むさし野詩人」で第9回日本有線大賞・有線功労賞を受賞。4月29日、日本テレビ系で単独のバラエティー番組『輝け!五郎・マペット ゲバゲバ90分!』が放送される。

1977年、「風の駅[8]で第8回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞、第28回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。映画『季節風』で主役を演じ、同名タイトルの主題歌「季節風」を歌う。

1978年、「グッド・ラック」で第9回日本歌謡大賞・放送音楽賞、第20回日本レコード大賞・金賞を受賞し、第29回NHK紅白歌合戦も同曲で出場。

1979年、「青春の一冊」で5年連続となる第10回日本歌謡大賞・放送音楽賞を受賞し、第30回NHK紅白歌合戦にも同曲で出場。

1980年12月31日、第31回NHK紅白歌合戦に「コーラス・ライン」で出場。

1981年12月31日、第32回NHK紅白歌合戦に「裏切り小僧」で10年連続10回目の出場を果たす。

1983年、連続ドラマ『誰かが私を愛してる』にヒロイン多岐川裕美の相手役として出演。その主題歌「19:00の街」が「グッド・ラック」以来久々の15万枚を超えるヒットとなる。第12回東京音楽祭・世界大会でフリオ・イグレシアス賞を受賞。同年末の第34回NHK紅白歌合戦にも、同曲で2年ぶり11回目のカムバック出場を果たした(野口自身2014年現在、最後の紅白出演)。

1985年4月 - 1987年9月、再び日本テレビ系のバラエティー番組『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』にレギュラー出演。

1995年、初のNHK大河ドラマ八代将軍吉宗』に徳川頼職役で出演。2006年には『功名が辻』にも出演。

1999年、刑事ドラマ『ケイゾク』に出演、早乙女仁役を演じる。

2002年NHK連続テレビ小説さくら』で、ヒロイン・さくら先生 (演:高野志穂) の赴任先となる中学校の英語担当教師を演じる。

私生活では長年独身を通していたが、2001年三井ゆり北マリアナ諸島ロタ島で挙式[9]。なお結婚披露宴は徳光和夫が司会を務め、その模様が日本テレビにより全国に中継放送された。2002年6月5日、2780グラムの第一子となる女児が誕生。2004年5月2日、2994グラムの第二子となる男児が誕生。

2005年、音楽プロデューサーとして音楽映像配信サイト『音コレ』 (2006年7月20日、『Gプロデュース』と改名) を立ち上げ、ものまね、インディーズ、オリジナル楽曲をプロデュース。根本はるみ網野泰寛などもプロデュースしている。NTTドコモKDDI auSoftBankの公式サイトにおいても、「音コレものまねMIX」「うれセン!」として着うたフル着うた、着モーションなどを配信。

2007年10月16日、飛騨・美濃観光大使を委嘱。

2008年9月21日、北マリアナ諸島の観光親善大使に夫妻で任命。

2010年5月1日、デビュー40周年を迎える。近年は、六本木[STB139スイートベイジル]におけるライブがゴールデンウィークの恒例になっていた。最終公演2014年5月22日。

2015年4月13日、新御三家の盟友、西城秀樹が自ら「ヒデキ還暦!」と題した満60歳の記念ライブに、野口がゲストとしてバースデーケーキを運びながら登場し、熱い抱擁を交わした[10]

人物・エピソード編集

歌手として編集

日清ちびっこのどじまん』の司会者、大村崑の「黄金の人差し指」がなかったら今の自分はないとも話している。大村の「出たい人!」の呼びかけに周りが一斉に手を挙げる中で野口も精一杯手を伸ばし、指されてステージに出て行った。後に「実際は自分の周りが指されていたが、体が自然と前へ出て行った」と回顧している[2]。小学生の頃には、すでに成人並みのビブラートが掛けられるようになっていた。ちびっこのど自慢大会にいくつも参加する中で、幼い頃ライバルとして一目置いていたのが現在の天童よしみであるという[11]

芸名は飛騨山脈野口五郎岳に由来するもので、名付け親はデビュー時に所属していたポリドール・レコードのディレクター[12]。現在では歌手・野口五郎の知名度が高く、山の名前が歌手にちなんで付けられたと誤解している人もいるという。なお、黒部五郎岳にちなんだ「黒部五郎」も芸名の候補となっていた。野口五郎とどちらかを選ぶように言われ「山の名前を芸名にするなら高い山のほうがいい」と考えて、黒部五郎岳 (2840m) よりも高い野口五郎岳 (2924m) にちなんだ野口五郎を選んだという[2]。当初は「水城哲也」という芸名でデビュー予定であった[13]

ギタリストとして編集

子どもの頃はプロ野球選手を目指していたが脚を傷めて諦め、以来、ギターに打ち込むようになったという (『中一時代』グラビアより)。「(脚の) 故障がなかったら"歌手・野口五郎"は存在しなかったかも」と述懐している。歌手よりギタリストとしての活動歴の方が長い。中学生のときからキャバレーなどで演奏する「ハコバン」に在籍して腕を磨き、当時の「エレキギターコンテスト」にも多数出演していた[5]

音楽的には60年代後半から70年代前半のものを好むが、ギタリストとしては、その時代以外のものにも関心を示し、ヴァン・ヘイレンスティーヴ・ヴァイの来日公演の観客席で目撃されている。1982年1993年2014年にはインスト・アルバムを発表し、ギタリストとしても優れた音楽センスを披露した。フジテレビの深夜番組『寺内ヘンドリックス』にも、度々、アナウンサーにギターを指導する講師等として出演していた[14]。2014年10月にはギターメーカーPRS(Paul Reed Smith)主催のイベント「EXPERIENCE PRS in JAPAN 2014」(於:ディファ有明)に出演。ライブステージにてアルバム「Playin' It All」から「雪の華」「ありがとう」「異邦人」「ミ・アモーレ」を演奏した。

自身のアルバムにラリー・カールトン等の著名ギタリストが参加したことがある。またサンタナのヒットシングル「Smooth」を、「愛がメラメラ」として日本語詞を付けてカバーした際には、カルロス・サンタナとの面会も果たしている。2005年には、ヘヴィメタル専門番組『ヘビメタさん』に出演。元メガデスマーティ・フリードマンと競演する。 東京都に本社と工房を置くギターメーカー「Combat Guitars」から、野口五郎モデルのギターが発売されていた (現在は製造販売終了)。

ベーシストとしても活動しており、主に演歌のレコーディングにスタジオ・ミュージシャンの立場で数多く参加している。

タレントとして編集

カックラキン大放送!!』では、当時のアイドルとしては珍しい捨て身のギャグが定番だった[15]。バラエティ番組では、ダジャレ好きなタレントとして、歌手活動とは違った魅力を見せている[16]。自ら「ぼくも野口五郎というタレントを作るスタッフの一人なんですよ」と話している。しかし『カックラキン』は最初は歌番組だと思って引き受けたが[17]、初回の収録が終わった後にプロデューサーに「コント番組はあんまりやりたくないんで、辞めさせて下さい」と降板を申し入れが、プロデューサーから「分かった。降りるのはいいが、その代わり(これからの芸能活動が)どうなるか分かってるな」と言われ、芸能界を干されると思っておののいた野口はその場で「喜んでやらせてもらいます」と答えたという。後に「やったら楽しかった」と振り返っている[18]

なお、かつて「短足」という噂や伝説が広まったことがある。これは野口がロンドンブーツを、日本で流行するかなり前から履いていたことで、これを見た人が「短足を隠すためだからに違いない」と思い込んだことからだったという[16]

火曜ワイドスペシャルで放送された芸能人野球大会に投手として出場したことがあり、その時の背番号は560番だった。 野口をものまねしたコロッケに対して、怒るどころか、むしろ軽妙にトークをする懐の深さを見せた[19][20]2006年、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』に出演し、コミカルな一面を披露している。

音楽編集

シングル編集

# 発売日 タイトル 作詞 作曲 編曲
1970年代
1 1971年
5月1日
博多みれん 鳳司哲夫
大日方俊子
荒井英一 竹村次郎
2 1971年
8月1日
青いリンゴ 橋本淳 筒美京平 高田弘
3 1971年
12月10日
好きなんだけど 橋本淳 筒美京平 高田弘
4 1972年
4月1日
悲しみの日曜日 橋本淳 筒美京平 高田弘
5 1972年
6月1日
青い日曜日 大日方俊子 馬飼野俊一
6 1972年
9月1日
めぐり逢う青春 大日方俊子 馬飼野俊一
7 1972年
12月15日
雨に消えた恋 千家和也 筒美京平
8 1973年
3月21日
オレンジの雨 吉田栄子
大日方俊子
筒美京平 高田弘
9 1973年
7月1日
君が美しすぎて 千家和也 馬飼野俊一
10 1973年
10月21日
愛さずにいられない 阿久悠 馬飼野俊一
11 1974年
2月5日
こころの叫び 阿久悠 筒美京平
12 1974年
4月25日
告白 千家和也 馬飼野俊一
13 1974年
7月21日
愛ふたたび 山上路夫 佐藤寛 馬飼野俊一
14 1974年
10月20日
甘い生活 山上路夫 筒美京平
15 1975年
1月21日
私鉄沿線 山上路夫 佐藤寛 筒美京平
16 1975年
4月21日
哀しみの終るとき 山上路夫 筒美京平
17 1975年
7月10日
夕立ちのあとで 山上路夫 筒美京平
18 1975年
10月21日
美しい愛のかけら 山上路夫 佐藤寛 東海林修
19 1976年
2月10日
女友達 山上路夫 佐藤寛 クニ河内
20 1976年
6月10日
きらめき 山上路夫 筒美京平
21 1976年
9月10日
針葉樹 麻生香太郎 筒美京平
22 1977年
1月15日
むさし野詩人 松本隆 佐藤寛 筒美京平
23 1977年
4月25日
沈黙 松本隆 筒美京平
24 1977年
7月21日
季節風 有馬三恵子 筒美京平
25 1977年
10月25日
風の駅 喜多條忠 筒美京平
26 1978年
2月21日
愛よ甦れ 藤公之介 平尾昌晃 船山基紀
27 1978年
5月10日
泣き上手 岡田冨美子 佐藤寛 クニ河内
28 1978年
9月1日
グッド・ラック 山川啓介 筒美京平 高田弘
29 1978年
12月25日
送春曲 阿久悠 筒美京平
30 1979年
4月21日
真夏の夜の夢 阿久悠 筒美京平
31 1979年
7月10日
女になって出直せよ 阿久悠 筒美京平 船山基紀
32 1979年
9月15日
青春の一冊 伊藤アキラ 佐藤寛 萩田光雄
1980年代
33 1980年
2月16日
愛の証明 なかにし礼 佐藤寛 井上鑑
34 1980年
5月1日
コーラス・ライン 麻生香太郎 東海林修
35 1980年
6月5日
さすらい気分 山上路夫 筒美京平 大村雅朗
36 1980年
9月21日
愁雷 三浦徳子 山中涼平
37 1981年
2月5日
序曲・愛 伊藤アキラ 三木たかし 船山基紀
38 1981年
4月25日
氷をゆらす人 浜辺芳光
伊藤アキラ
三木たかし 船山基紀
39 1981年
8月21日
裏切り小僧 伊藤アキラ 宇崎竜童 新井英治
40 1981年
12月25日
ダイヤル177 伊藤アキラ 山中涼平
41 1982年
5月25日
ふるえて眠れ 水木れいじ 浜圭介 船山基紀
42 1982年
8月1日
水木れいじ 浜圭介 船山基紀
43 1983年
1月25日
19:00の街 伊藤薫 筒美京平 川村栄二
44 1983年
5月25日
過ぎ去れば夢は優しい 売野雅勇 筒美京平 川村栄二
45 1983年
10月10日
今夜はつれづれ 三浦徳子 宇崎竜童 後藤次利
46 1984年
2月25日
停車場 高森悦郎 川村栄二
47 1984年
5月1日
一人が好きですか 小椋佳 筒美京平 若草恵
48 1984年
9月25日
花遊戯 小椋佳 松井忠重
49 1985年
3月25日
別れのエチュード 荒木とよひさ 芹澤廣明 若草恵
50 1986年
2月23日
サ・ヨ・ナ・ラ 松本一起 佐藤健 佐藤準
51 1986年
12月21日
涙のチケット 三浦徳子 P.D.Wijn 佐藤寛
52 1987年
12月25日
少し抱かれて 荒木とよひさ 筒美京平 川村栄二
53 1988年
7月24日
さらば友よ
-最後の握手-[21]
荒木とよひさ 都倉俊一 桜庭伸幸
54 1988年
10月26日
スマイルアゲイン 泉冴子 Keith Brown 佐藤寛
1990年代
55 1990年
4月25日
流沙れて 伊藤薫 川村栄二
56 1991年
12月4日
想い出のメリークリスマス 渡辺なつみ 佐藤寛
57 1996年
4月25日
さよならは、誰のため 水木かおる 佐藤寛 白石幸一郎
2000年代
58 2000年
4月5日
愛がメラメラ
〜Smooth〜[22]
山田ひろし I.Shur
R.Thomas
船山基紀
59 2002年
10月23日
私鉄沿線02 山上路夫 佐藤寛 野口五郎
aqua.t
60 2003年
9月26日
Sweet Rain 松尾潔 筒美京平 和田昌哉
2010年代
61 2012年
5月2日
僕をまだ愛せるなら 松井五郎 森正明 鳥山雄司
62 2014年
1月1日
でも好きだよ 松井五郎 森正明 都啓一
63 2015年
7月29日
再会タイムマシン 秋元康 筒美京平 佐橋佳幸

アルバム編集

オリジナル・アルバム編集

  1. 青いリンゴが好きなんだけど/ 野口五郎ファースト・アルバム (1972年2月1日)
  2. 青春の旅路 新しい汽車 (1972年10月10日)
  3. GORO IN ROCK / 野口五郎ロックの世界 (1973年7月21日)
  4. GORO! LOVE IN LONDON / 愛ふたたび (1974年8月21日)
  5. 風に舞う花びら / 野口五郎演歌の世界 (1975年1月21日)
  6. GORO! LOVE STREET IN LONDON / 雨のガラス窓 (1975年8月1日)
  7. GORO&HIROSHI / 通りすぎたものたち (1976年3月10日) - 実兄の佐藤寛との「兄弟アルバム」
  8. GORO IN LOSANGELES U.S.A. / 北回帰線 (1976年7月21日)
  9. GORO&HIROSHI 2 / ときにはラリー・カールトンのように (1976年12月21日) - 実兄の佐藤寛との「兄弟アルバム」
  10. GORO IN NEWYORK / 異邦人 (1977年9月10日)
  11. 飛翔 / GORO&HIROSHI 3 〜 移りゆく季節の中で 〜 (1978年3月15日) - 実兄の佐藤寛との「兄弟アルバム」
  12. L.A. EXPRESS ロサンゼルス通信 (1978年8月4日)
  13. 南十字星 (1979年5月10日)
  14. ロサンゼルス盤 ラスト・ジョーク (1979年7月21日)
  15. 樹海 Ballade (1980年2月1日)
  16. スマイル (1980年12月23日)
  17. ON THE CORNER (1981年10月10日)
  18. パレード (1982年6月1日)
  19. 過ぎ去れば夢は優しい (1983年6月25日)
  20. 琥珀 (1984年7月10日)
  21. ALL OF ME (1989年10月4日)
  22. 名画座 〜 20周年記念アルバム 〜 (1991年5月10日)
  23. Dear・・・(1991年11月27日)
  24. せつないほどONLY YOU (1992年5月27日)
  25. Prize Years , Prize Songs 〜五郎と生きた昭和の歌たち〜 (2010年8月4日) - 昭和歌謡のカバー・アルバム 演奏:三原綱木 とザ・ニューブリード
  26. 風輪(2017年2月22日)

ギター・インストゥルメンタル・アルバム編集

  1. FIRST TAKE (1982年11月25日)
  2. 1013hpa 〜 ANOTHER WAVE 〜 (1993年3月17日)
  3. Playin' It All -My Fingers Sing J-Female Melodies-(2014年11月19日) - 日本人女性ボーカリストのヒット曲を曲ごとに異なったギターでカバーした。

ライブ・アルバム編集

  1. GORO ON STAGE / 日本縦断コンサート (1972年6月25日)
  2. GORO ON STAGE 2 / 野口五郎故郷に帰る (1973年3月15日)
  3. '74 GORO IN KOKUSAI / こころの叫び (1974年4月10日)
  4. GORO IN SUNPLAZA / 甘い生活 (1975年2月21日)
  5. GORO ON STAGE / ひとりぼっちの栄光 (1975年10月10日)
  6. GORO IN NISSEI THEATRE / 日生劇場特別リサイタル (1977年6月15日)
  7. GORO IN NISSEI THEATRE / '78日生劇場特別リサイタル (1978年12月10日)
  8. HOT SUMMER LIVE '79 熱い夏を撃て! (1979年10月1日)
  9. 10th ANNIVERSARY U.S.A. STUDIO CONNECTION (1980年5月1日)
  10. 特別コンサート・ライブ / 第1楽章 春ing (1981年6月5日)
  11. '83スプリングコンサートライブ / ちょっとその気でSPRING (1983年5月1日)
  12. A♭に愛をのせて -収録:1984年11月3日東京・中野サンプラザ- (1984年12月10日)

ベスト・アルバム編集

  1. 野口五郎パーフェクト20 (1972年11月5日) 2LP
  2. 野口五郎パーフェクト20 (1973年11月10日) 2LP
  3. 野口五郎パーフェクト (1974年11月10日) 2LP
  4. 野口五郎5年のあゆみ (1976年5月21日) 3LP+EP
  5. ゴールデン・ヒット・アルバム 〜博多みれんからむさし野詩人まで〜 (1977年3月10日) 2LP
  6. GORO THE BEST / 泣き上手 (1978年6月10日)
  7. GORO IN U.S.A. PAST 4YEAR STEPS (1980年3月21日)
  8. 10周年記念 / 歌そして愛 (1980年11月5日) 6LP
  9. 青春の一冊 (1980年12月1日)
  10. トップスター ベスト&ベスト (1981年12月) 2LP
  11. 舞 (1982年 9月1日)
  12. 野口五郎 BEST ALBUM (1983年6月1日)
  13. 野口五郎 増刊号 (1983年12月25日)
  14. 野口五郎SELECT/15周年記念アルバム (1986年3月21日)
  15. GORO THE BEST '88 (1988年2月5日)
  16. FAVORITES 14 (1988年11月6日)
  17. A Side collection (1989年12月6日)
  18. A Side collection 2 (1990年1月24日)
  19. B Side Collection (1990年9月27日)
  20. The Songs 〜 BRAND NEW TRACKS 〜 (1995年4月28日) - セルフ・カバー・アルバム
  21. GORO THE BEST '96 (1996年4月25日)
  22. FACE / GORO A SIDE STORY (1997年4月25日) 4CD
  23. 野口五郎/ 筒美京平ウルトラ・ベスト・トラックス (1998年2月18日) 2CD
  24. GORO BOX / 30th ANNIVERSARY (2000年12月20日)
  25. SUPER VALUE 野口五郎 (2001年12月19日)
  26. GOLDEN☆BEST 野口五郎 (2003年11月26日)
  27. 野口五郎 エッセンシャル・ベスト (2007年8月22日)
  28. Light Mellow 野口五郎 (2014年8月6日)

サウンドトラック編集

  1. 季節風 オリジナルサウンドトラック盤 (1977年12月21日)
  2. 青春諸君・夏! オリジナル・サウンドトラック (1980年7月1日)

その他のアルバム編集

  1. 野口五郎 オリジナルカラオケ集 (1978年6月21日)
  2. GORO SPECIAL BAND (1979年6月21日) バック・バンドによるアルバム。野口五郎は作曲と演奏のみの参加。

出演編集

テレビ番組編集

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1972年(昭和47年)/第23回 めぐり逢う青春 10/23 南沙織
1973年(昭和48年)/第24回 2 君が美しすぎて 03/22 森昌子
1974年(昭和49年)/第25回 3 甘い生活 08/25 南沙織 (2)
1975年(昭和50年)/第26回 4 私鉄沿線 16/24 由紀さおり
1976年(昭和51年)/第27回 5 針葉樹 01/24 山口百恵 トップバッター
1977年(昭和52年)/第28回 6 風の駅 06/24 岩崎宏美
1978年(昭和53年)/第29回 7 グッド・ラック 04/24 研ナオコ
1979年(昭和54年)/第30回 8 青春の一冊 05/23 桜田淳子
1980年(昭和55年)/第31回 9 コーラス・ライン 03/23 石野真子
1981年(昭和56年)/第32回 10 裏切り小僧 17/22 石川さゆり
1983年(昭和58年)/第34回 11 19:00の街 02/21 柏原芳恵

(注意点)

  • 対戦相手の歌手名の( )内の数字は、その歌手との対戦回数。
  • 曲名の後の(○回目)は、紅白で披露された回数を表す。
  • 出演順は「(出演順) / (出場者数)」で表す。

ドラマ編集

バラエティ編集

ほか多数

映画編集

舞台編集

ラジオ編集

CM編集

書籍編集

  • 野口五郎 哀しみの終るときに (立風書房 1975年)
  • 五郎へのらぶ・ぽえむ (ルック社 1975年)※TBSラジオの番組『あなたとゴローのラブ・タイム』に寄せられた投書を特集した書籍で、野口自身が選考に係わっている。
  • 芸能人はなぜ老けない (ぶんか社 1999年)

関連項目編集

脚注編集

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  1. ^ http://www.goro-net.com/goro/story/1986/s610701.html
  2. ^ a b c d e 週刊現代 2016年3月26日・4月2日号 p.92 - 94「私の地図」
  3. ^ a b c d “もういちど流行歌 1975年2月の曲 私鉄沿線(野口五郎)日々の生活に浸透したタイトル”. 朝日新聞 be on Saturday: p. 2. (2017年2月4日) 
  4. ^ 「野口五郎 哀しみの終るときに」p.87
  5. ^ a b c 「野口五郎 哀しみの終るときに」p.225 - 226「年譜」
  6. ^ 第30回 児玉 英毅 氏”. Musicman-NET (2002年9月10日). 2018年5月20日閲覧。
  7. ^ デビュー当時のキャッチフレーズが「かわいらしい演歌のホープ」と言われていたが、これは週刊誌が勝手につけたものでレコード会社が付けたキャッチフレーズは「青い木の芽の、はだざわり」(※昭和46年6月4日発行 日刊レコード特信に博多みれんのキャッチフレーズとして記載されている。)
  8. ^ 1978年1月19日に放映開始されたTBS「ザ・ベストテン」の第1回放送時、獲得ポイント5436点の10位だったが、栄えある第1曲目として歌われた楽曲でもある(角川インタラクティブ・メディア「別冊ザテレビジョン ザ・ベストテン 〜蘇る! 80'sポップスHITヒストリー〜」2004年12月、ISBN 978-4-0489-4453-3 (p.46)参照)。
  9. ^ 同じく新御三家の西城も同年に結婚している。
  10. ^ デイリースポーツ 4月14日(火)配信
  11. ^ 2015年10月23日放送 ファミリーヒストリー 野口五郎〜歌にかけた家族の絆〜”. ワイヤーアクション (2015年10月23日). 2017年3月14日閲覧。
  12. ^ 「野口五郎 哀しみの終るときに」p.96
  13. ^ 「野口五郎 哀しみの終るときに」p.98
  14. ^ 生徒役:近藤サト 課題曲:Sunshine Of Your Love
  15. ^ 週刊現代 2014年3月1日号 p.150 - 153「『カックラキン大放送!!』を語ろう」
  16. ^ a b 週刊宝石 2000年8月17日号 p.54 - 56」
  17. ^ この話が来た時には「当時はとにかく多忙で、分刻みのスケジュールで動いていて目の前の仕事をこなすのに必死だった時だったから、話が来ても何も感じなかった」と話している(週刊現代 2014年3月1日号 p.150 - 153「『カックラキン大放送!!』を語ろう」より)。
  18. ^ 野口五郎 芸能界「干す」と脅された過去…番組降板申し入れで”. デイリースポーツ (2017年3月11日). 2017年3月14日閲覧。
  19. ^ ただし、ものまね番組でコロッケが本人の前で「鼻をほじる野口五郎の倍速モノマネ」というネタを披露した際にはさすがに怒ったという。以来コロッケは野口に対して全く頭が上がらず毎年お歳暮(ただし野口曰く「お粗末というか、どうでもいいような」もの )を贈っているほか、共演するたびに委縮しており野口がこれに対してさらに悪乗りして余計に追い込むという顛末を楽しんでいる様子がみられる。
  20. ^ 2015年2月4日放送「水トク!」”. ワイヤーアクション (2015年2月4日). 2017年3月14日閲覧。
  21. ^ 益田喜頓とのデュエット。
  22. ^ GORO名義。サンタナの「スムース」のカバー。

外部リンク編集