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浦辺登(うらべ のぼる、1956年12月12日 - )は、日本の作家、文芸評論家、書評家。

浦辺 登
(うらべ のぼる)
Writer Noboru Urabe.jpg
浦辺登、2011年
ペンネーム 浦辺登
誕生 (1956-12-12) 1956年12月12日(62歳)
福岡県筑紫野市
職業 作家文芸評論
国籍 日本の旗 日本
最終学歴 福岡大学人文学部ドイツ語学科
ジャンル 小説、文芸評論
代表作 『東京の片隅からみた近代日本』
Portal.svg ウィキポータル 文学
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略歴編集

福岡県筑紫野市生まれ。東福岡高等学校卒業。福岡大学ドイツ語学科在学中から雑誌への投稿を行なうが、卒業後もサラリーマン生活の傍ら投稿を続ける。近年はインターネットサイトの書評投稿に注力しているが、オンライン書店ビーケーワンでは「書評の鉄人」の称号を得る。「九州ラーメン研究会」のメンバーとして首都圏のラーメン文化を研究中。地元福岡で学習会を主宰しながら、多方面で講演を行っている。

2017年6月から読売新聞福岡県版に「維新秘話福岡」を連載中。

2018年、NHK「維新の傑物たち」に黒田長溥、加藤司書、真木和泉に出演。

2014年、神奈川県川崎市宮前区から福岡県へ転居。福岡市西区在住。

交友関係編集

ノンフィクション作家の澤宮優とは、出版社が同じ弦書房だったことから、澤宮の著書『昭和の仕事』を献本され交流が始まった。 また、澤宮から新聞書評(熊本日日新聞)の紹介があり、以後、澤宮氏の新刊に注目している。

毎年、10月18日に東京・全生庵谷中霊園で行われる来島恒喜の慰霊祭で田中健之の知己を得る。国民の反対を押し切って持論の不平等条約改正を推し進める大隈重信を襲撃したのが来島恒喜。敗戦後、GHQによって封殺された玄洋社黒龍会の精神を守ることが日本の再生につながるとの共通の理念から田中と結びつく。以後、相互に、アジアの救済、安定のための情報交換を行っている。

現在研究中の対象編集

玄洋社黒龍会の研究を通して杉山茂丸(明治大正のフィクサー、頭山満の盟友)の曾孫である杉山満丸と意気投合。その後、杉山満丸の誘いを受け「夢野久作と杉山三代研究会」発起人に名を連ねる。研究会(会長は三輪宗弘・九州大学教授)は毎年3月上旬に筑紫野市で開催され、全国から夢野久作杉山茂丸杉山龍丸の研究者が集う。「中国革命の故郷・福岡」から、孫文、黄興らを支えた人々を研究中。

著作編集

  • 太宰府天満宮定遠館[1]弦書房、2009年 日清戦争での清国北洋艦隊「定遠」の部材で建てられた館
  • 『霊園から見た近代日本[2]弦書房、2011年 青山霊園谷中霊園泉岳寺木母寺の墓地から見る近代日本の姿
  • 『東京の片隅からみた近代日本[3]弦書房、2012年 鉄道、戦争、事件、スポーツなどから日本の近代化の過程を検証
  • 『アジア独立と東京五輪[4]弦書房、2013年 1964年東京オリンピック成功の背景に横たわる国際問題とは
  • 『玄洋社とは何者か』弦書房、2017年 戦後長く封印されてきた玄洋社の真実に迫る

脚注編集