海田 悠(かいだ ゆう、1947年 - )は、日本写真家大阪府出身。

経歴 編集

幼い頃は病弱で入退院を繰り返しており、一人遊びが得意な少年だった。人間観察が好きで、道を行き交う大人達の顔をよく眺めていた。23歳の頃、妻に旅行での写真を見せたところ、写真の才能があると言われ写真家を志す。実家の商売を手伝いながら、写真を独学で学ぶ。

26歳のときに東京綜合写真専門学校に入学。その後、友人と写真スタジオを設立。広告に必要なライティングを徹底的に研究し、独自の世界を創り上げていく。1985年、息子の誕生を機に独立。海田悠写真事務所を設立し、広告業界の仕事に身を置く。1970年にテレビで見た、ある経営者の引き締まった顔、眼光の鋭い眼差しを見て、どうしたらあのような顔になるのかと関心を抱き、いつか戦後経済を支えてきた経営者を撮影したいと思うようになる。

ある縁で伍堂輝雄(当時、東京シティエアターミナル相談役)と出会い、15年間抱いてきた経営者に対する撮影の思いを告げると、経営者22名への紹介状を書いてもらうことができた。その際、伍堂より「紹介状は書くけれども、彼らが君のカメラの前に立ってくれるかどうかは、君の情熱しかないよ」と言われる。その言葉が今でも海田の原動力となっている。そして、安藤百福稲盛和夫平岩外四本田宗一郎盛田昭夫など、戦後の日本を支え、創り上げ、国際社会に貢献してきた経営者130名の肖像写真を4年半かけて撮影。1993年に戦後日本の歩んできた道を捉えようとする写真展『経営者の肖像』を開催。同時に写真集を出版。

その後、経営者に加え、役者や画家、バレリーナといった芸術家や政治家など、あらゆるジャンルで活躍する人々を撮影している[1]

略歴 編集

著書 編集

  • 1993年 『経営者の肖像』 講談社
  • 2000年 『表現者の肖像』 アートデイズ
  • 2001年 『輝いている 31Femmes』 アートデイズ
  • 2001年 『猿之助 夢見る姿』 中央公論新社
  • 2001年 『ふだん着の政治家』 中央公論新社
  • 2003年 『新・経営者の肖像』 中央公論新社
  • 2005年 『Festa2003』 財団法人日本舞台芸術振興会
  • 2006年 『家族的経営の教え』 アートデイズ
  • 2007年 『時代を創る起業家たち』 アートデイズ
  • 2010年 『産業人魂』 文藝春秋
  • 2013年 『企業家は生きる』 アートデイズ
  • 2013年 『松下真々庵』(非売品) パナソニック株式会社

[3]

脚注 編集

  1. ^ 第27回「私の哲学」海田 悠氏 株式会社インターリテラシー
  2. ^ プロフィール 海田悠オフィシャルウェブサイト
  3. ^ 海田悠写真集リスト 海田悠オフィシャルウェブサイト

外部リンク 編集