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海軍兵学校 (アメリカ合衆国)

座標: 北緯38度58分59秒 西経76度29分06秒 / 北緯38.983度 西経76.485度 / 38.983; -76.485

正門
キャンパス
礼拝堂
卒業式での伝統である帽子投げ。2007年撮影。
1929年当時の制服(ハインライン

アメリカ合衆国の海軍兵学校United States Naval Academy )は、アメリカ海軍およびアメリカ海兵隊士官学校メリーランド州アナポリスにあり、地名より、アナポリスと通称される。アメリカ海軍作戦部長直轄。1845年同地にて設立される。

概要編集

1845年設立。アナポリスには1850年に移転してきている。海軍兵学校ができる以前はアメリカ陸軍の駐屯地であった。従来、海軍士官の養成は艦艇乗り組みの洋上勤務を通じて行われており、陸上に学校を設けて士官教育をするようになったのは、世界でも本校が最初である。南北戦争時には、一時ロードアイランド州ニューポートに移転したが、1865年にはアナポリスに戻っている(海軍大学校英語版は今もニューポートに本拠を置く)。

入学可能年齢は17歳から23歳までで、未婚者であること等の条件がある。設立当初は男性のみの学校であったが、1976年以降は女性の入校も認めている。兵学校の生徒(学生)はMidshipman(士官候補生)と呼ばれ、4年間の教育課程を経て卒業すると少尉に任官する。大半はアメリカ海軍または海兵隊で少なくとも5年間勤務するが、陸軍空軍沿岸警備隊に入隊することも可能。外国籍の者は母国の軍に入隊する。

海上自衛隊からは、一等海佐三等海佐が1名ずつ連絡官として派遣されており、教官として勤務している。逆にアメリカ海軍からも大尉が1名、広島県江田島海上自衛隊幹部候補生学校に派遣されており、同様に教官として勤務している。

主な卒業生編集

軍人編集

政治家編集

宇宙飛行士編集

学者編集

その他編集

日本人編集

日本人学生の受け入れは、1868年に日本人6人までの入学を許可する法案が米国議会の下院・上院を通過し、翌1869年より始まった。以下、中退者を含む入学者。

  • 横井佐平太(横井太平の兄) - 1869年入学、1871年中退
  • 松村淳蔵 - 1869年入学、1873年卒業
  • 華頂宮博経親王(変名・東隆彦) - 1872年入学、同年帰国
  • 国友次郎(のち海軍大佐) - 1872年入学
  • 有馬幹太郎(有馬新七の子) - 1874年入学
  • 南部英麿 - 1874年入学
  • 瓜生外吉 - 1877年入学、1881年卒業
  • 世良田亮(のち海軍少将) - 1877年入学
  • 井上良智 - 1877年入学
  • 湯地定監 - 1878年入学
  • ニレ・カゲカズ(もしくはカガカズ) - 1887年入学[1][2]
  • 高崎元彦(高崎正風長男) - 1891年入学
  • 田村丕顕 - 1896年入学、1900年卒業(日本人7人目の卒業生)
  • 北垣旭(北垣国道三男) - 1905年入学
  • 松方金次郎(松方正義十一男) - 1906年入学、同年没。
  • 北川敬三(前海上自衛隊幹部学校防衛戦略教育研究部戦略研究室長 1等海佐) - 1993年卒業(日本人8人目の卒業生)[3]

脚注編集

  1. ^ Annual register of the United States Naval Academy. Annapolis, MdU.S. Government Printing Office. 1889
  2. ^ Annual register of the United States Naval Academy. Annapolis, MdU.S. Government Printing Office.1891
  3. ^ アメリカ社会と戦争の歴史彩流社、訳者プロフィール

関連項目編集

外部リンク編集