災害関連死

災害による直接の被害ではないが、直接の死因と災害とに因果関係が認められるもの

災害関連死(さいがいかんれんし、英語: disaster-related death)とは、災害による直接の被害ではなく、避難途中[注 1]や避難後に死亡した者の死因について、災害との因果関係が認められるものである[1]

現在の日本においては、自然災害の被害に遭い、災害弔慰金の支給対象となる場合を指すことが多い。また、自然災害の種類は風水害雪害地震津波噴火など様々なものがあるが、震災にともなうものを特に「震災関連死」と呼ぶ[2]

概要 編集

直接死も含め、災害弔慰金の支給は法律に基づく条例によって行われ、申請された後に審査が必要な場合は、国ではなく各市区町村が設置する機関が行う。具体的には行政の担当者に医師弁護士などの専門家が参加した委員会が立ち上げられ、死亡診断書死体検案書の調査や家族・周辺住民などへの聞き取りなどを行い、持病の有無、治療ができる環境にあったか、被災者に何らかの落ち度は無かったかどうかなどを勘案し、因果関係について判断を下す[3]

死因としては心臓病脳血管障害肺炎などの呼吸不全が多いが[4][5][6]、他にも幅広い事例が災害関連死として認められている(具体例参照)。これは、弔慰金と名付けられてはいるものの、労災保険金などとは違い、実際は被災者救済を目的としているためである[7][8]。しかし、認定の審査やその結果についての課題も多い。

沿革 編集

災害関連死の概念は、1995年に発生した阪神・淡路大震災において生まれた。元々は病院関係者の間では「関連疾患」もしくは「関連疾病」と呼ばれていた[9]。当時の厚生省が「震災と相当な因果関係があると災害弔慰金判定委員会等において認定された死者」との認識を示したことにより、初めて公的に認められた[5][10]。行政上は「災害弔慰金の追加申請が認定された」という意味合いの「認定死」と呼ばれることもあったが[11]、統計上警察による検視を受けた「直接死」と区別するため、「関連死」という呼び方が定着した。

阪神・淡路大震災の審査では医学的な見地からの相関関係と因果関係が重視されたことが被災者にとって不利に働き、申請のうち半数程度しか認められなかった[2]2004年新潟県中越地震では、災害発生時のエコノミークラス症候群などについて医学会でも報告されるようになった[12]

2011年東日本大震災発生後、2012年復興庁は「災害関連死とは、(東日本大震災による)負傷の悪化などにより死亡し、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づき、当該災害弔慰金の支給対象となった者」と再定義した[13]。また、因果関係についても見直され、法学的な相当因果関係が認められればよいとされた[14][15]

しかし、実務的に「どういった場合に支給対象となるのか」という点についての、個別具体的な判断基準は依然として不明であるため、自治体や弁護士団体などは、国に新たな基準を設けるよう求めている。これに対して、国は「立法の精神では各自治体が柔軟に判断することが求められている」という立場で見解の相違があり、目立った進展は見られないのが現状である。

審査・認定 編集

原則的に自然災害によるものが災害関連死とされているが、東北地方太平洋沖地震にともない発生した福島第一原子力発電所事故からの避難途中または避難後に死亡した場合も、因果関係が認められれば関連死として扱われる場合がある[16]

長岡基準 編集

新潟県中越地震では、長岡市阪神・淡路大震災神戸市が作成した内規を参考に[17]、「地震から1週間以内の死亡は関連死で、1か月以内ならその可能性が高い。それ以降の場合は可能性は低く、6か月以降であれば関連死ではない」との認識を示した。また、厚生労働省もこれを「長岡基準」として追認し、東日本大震災発生時には他の自治体に「参考例」として紹介した[3][18]

しかし、復興庁が行った東日本大震災の関連死に関する調査では、震災発生後1か月以内が1,156人、1か月以上1年以内が1,480人、1年以上でも280人と、6か月を過ぎても関連死と認められるケースは少なくない[2]。これは関連死として認められた事案でおよそ半数を占める福島県では、福島第一原子力発電所事故の被災者が多かったため、長岡基準を重視しなかった結果だとされている[19][20]。実際に、審査委員会が開かれた申請のうち、福島県では申請件数全体の認定率が84%、認定された件数に占める6か月以降に申請されたものが38%であったことに対し、宮城県はそれぞれ75%と4%、岩手県が57%と12%となっており、特に6か月以上経過した後の認定率で顕著な差がみられる[19]

そのため、2014年日本弁護士連合会は「(長岡基準を参考にした市町村が)認定を極めて限定的に行っている」とし、国に向けて「時間の経過で一律に判断すべきではなく、自治体には再度制度について周知するとともに、あらゆる事例を公表し、新たな基準を策定すべき」とする宣言を発表した[21]

具体的な認定例 編集

  • 処方薬が摂取できなかったことによる持病の悪化
  • ストレスによる身体の異常
  • 不衛生な環境による体調の悪化
  • 栄養不足や食欲不振による衰弱死
  • 車中泊中の静脈血栓塞栓症(エコノミークラス症候群)
  • 将来を悲観した自殺[注 2]
  • 仮設住宅で孤独感にさいなまれ、過度の飲酒をしたことによる肝硬変
  • 災害復旧作業中の過労死
  • 地震による疲労が原因の事故死

審査に関する問題点 編集

申請・審査結果による遺族の経済格差および心理面 編集

自治体が把握していない被災者について、災害弔慰金の支給を受け関連死と認めてもらうためには、遺族側から申し立てる必要があるため、申請がないケースでも実際は関連死に相当するものがあったのではないかと指摘されている[5]。また、時間が経つほど災害との関連性を明らかにすることが難しくなり、認められる可能性が低くなる(#長岡基準も参照)[23]

関連死と認められれば弔慰金に加えて適齢の遺子がいる場合は奨学金が下りるほか、統計でも災害の死者数に含まれ[注 2]、慰霊式への出席ができ、慰霊碑が建てられる場合は名が刻まれる。これにより、遺族も「災害が原因で亡くなった」という一応の納得を得て踏ん切りがつくと想定される[24]。しかし、認定を却下された場合支援や権利が無く経済的に大きな格差が生まれるほか、「なぜ関連死として認められないのか、災害が本当に影響しなかったのか」と精神的に悩み苦しむ遺族もおり、行政不服審査法による不服申し立てでも解決せず、最終的に裁判となるケースもある[15][23][19]

県への審査事務委託 編集

市区町村は、大規模災害が発生して支給対象が多かったり人手が足らない場合、都道府県に審査事務を委託することもできる。しかし、実際に委託された時は市区町村が行った場合に比べ、一人当たりにかける時間が減っていたほか、地元の状況に詳しくない職員が対応に当たる可能性があり、「市区町村の自治事務として柔軟な対応が期待できる利点が無くなるのでは」として懸念されている[15][18]

審査と弔慰金支給額の公平性 編集

現在の法律では、「条例の定めるところにより(中略)災害弔慰金の支給を行うことができる」「死亡者一人当たり五百万円を超えない範囲内で死亡者のその世帯における生計維持の状況等を勘案して政令で定める額以内」として、各市区町村に審査と支給の額が任されているが[注 3]、現実的には審査のみが行われ、支給金は横並びでおもに生計を支える者が対象であれば500万円、それ以外なら半額の250万円となっている。そのため、「審査基準だけが異なるのは公平性から見て問題ではないか」という意見がある[19]

新潟県中越地震の際には「被災地全体による委員会を開くべき」という意見もあったが、国や県は「それには及ばない」と回答した[25]。また、東日本大震災発生時には、宮城県岩手県福島県が共同で国に対して「統一基準を出してほしい」と求めたが、国は「柔軟な対応が出来なくなるおそれがある」として国としての基準は発表しなかった。ただし、福島県は「原発事故という特殊な事情があったため、結果的にだが全国一律の基準がなくて良かった」ともしている[19]

統計 編集

主な災害(震災)における関連死


災害名 死者・行方不明者数 関連死の割合
( C/(A+B+C) )
統計日




(A)




(B)




(C)

1995年
01月17日
阪神・淡路大震災
兵庫県内分)
5,483 3 919 6,405 14.3 %
919 / 6,405
2005年12月22日[26][27][注 2]
2004年
10月23日
新潟県中越地震 16 0 52 68 76.5 %
52 / 68
2009年10月21日[4]
2007年
07月16日
新潟県中越沖地震 11 0 4 15 26.7 %
4 / 15
2009年7月16日[28]
2011年
03月11日
東日本大震災 15,899 2,525 3,775 22,199 17.0 %
3,775 / 22,199
2020年3月7日[29]
2021年3月9日[30]
2011年
03月12日
長野県北部地震 0 0 3 3 100.0 %
3 / 3
2012年10月1日[31]
2011年
09月0000
紀伊半島大水害
紀伊半島3県計)
66 16 6 88 6.8 %
6 / 88
2014年12月26日[32]
2014年
08月20日
広島土砂災害 74 0 3 77 3.9 %
3 / 77
2016年6月22日[33]
2016年
04月14日
熊本地震 50 0 218 273[注 4] 79.9 %
218 / 273
2018年10月12日[34]
2024年
01月01日
能登半島地震 205 確認中 10 215 4.7 %
10 / 215
2024年1月12日[35]
  • 「行方不明」とは、消防庁により「当該災害が原因で所在不明となり、かつ死亡の疑いのあるもの」と定義されている[36]
  • 「統計日」は、公的機関による統計日、または、報道機関による報道日。上下に分かれている場合は、上段が直接死および行方不明、下段が関連死。
  • 百分率では小数第二位を四捨五入
  • 兵庫県は直接死と関連死を分けて発表しているが、消防庁ほかは分けていないため、兵庫県内分のみ記載。阪神・淡路大震災の消防庁による被害確定(2006年5月19日)では、全国計で死者6,434名(関連死含む)、行方不明者3名[37]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ただし台風において避難途中で川に落ちて流された、という場合は関連死ではなく台風被害そのものに含まれる
  2. ^ a b c 阪神・淡路大震災の場合は、神戸市が弔慰金を支給した自殺17件について、政府は関連死に含めていない[22][7]
  3. ^ 支給金の負担割合は国庫が1/2、各都道府県・市区町村がそれぞれ1/4ずつ
  4. ^ 2016年6月の豪雨水害による死者5名を含む。

出典 編集

  1. ^ 災害関連死 サイガイカンレンシ - ウェイバックマシン(2016年4月24日アーカイブ分) - コトバンク
  2. ^ a b c 震災関連死 しんさいかんれんし - ウェイバックマシン(2016年4月6日アーカイブ分) - コトバンク
  3. ^ a b 支給判定の事例 - ウェイバックマシン(2014年11月24日アーカイブ分) - 厚生労働省
  4. ^ a b 平成16年(2004年)新潟県中越地震(確定報) - ウェイバックマシン(2016年4月22日アーカイブ分) - 消防庁
  5. ^ a b c 阪神・淡路大震災教訓情報資料集 - ウェイバックマシン(2016年4月24日アーカイブ分) - 内閣府
  6. ^ “震災10年 守れ いのちを 第1部 生と死の境(10)記憶”. 神戸新聞. (2004年4月29日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160424010742/http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/10/rensai/200404/0005479640.shtml 2016年4月24日閲覧。 
  7. ^ a b 災害関連死をめぐる問題 - ウェイバックマシン(2013年6月26日アーカイブ分) - SYNODOS
  8. ^ GH中越沖地震報告書 - ウェイバックマシン(2016年4月22日アーカイブ分) - 日本グループホーム学会
  9. ^ 上田耕蔵 (1997-01). 医療から見た阪神大震災まちづくりの始まり. 兵庫部落問題研究所. ISBN 4-89-202158-X 
  10. ^ 阪神・淡路大震災の死者にかかる調査について(平成17年12月22日記者発表) - ウェイバックマシン(2016年4月7日アーカイブ分) - 兵庫県
  11. ^ “震災10年 守れ いのちを 第1部 生と死の境(9)因果”. 神戸新聞. (2004年4月28日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160424011300/http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/10/rensai/200404/0005479641.shtml 2016年4月24日閲覧。 
  12. ^ 東北関東大震災における関連死 - ウェイバックマシン(2016年4月23日アーカイブ分) - 神戸協同病院
  13. ^ 「震災関連死」の定義が決定、死者数は3月末で1632人 - ウェイバックマシン(2013年6月3日アーカイブ分) - 日経メディカルオンライン
  14. ^ 仙台地方裁判所第2民事部判例 - ウェイバックマシン(2016年4月22日アーカイブ分)
  15. ^ a b c “災害関連死の認定の重要性〜3月13日の盛岡地裁判決を受けて〜 弁護士が見た復興”. 東北復興新聞. (2015年3月24日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160424062939/http://www.rise-tohoku.jp/?p=9824 2016年4月24日閲覧。 
  16. ^ 災害弔慰金の支給 - ウェイバックマシン(2014年10月14日アーカイブ分) - 福島県南相馬市
  17. ^ 平成25年3月28日付朝日新聞朝刊「津波・原発をふまえて認定を」より
  18. ^ a b 「震災関連死」認定に不公平招く? 半年たつと認められない「長岡基準」とは - ウェイバックマシン(2014年3月22日アーカイブ分) - 週刊朝日
  19. ^ a b c d e “【東日本大震災3年】震災関連死 認定に差”. 東京新聞. (2014年3月10日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160424024400/http://www.tokyo-np.co.jp/feature/tohokujisin/archive/threeyears/140311-12.html 2016年4月24日閲覧。 
  20. ^ “審査長期化 認定率も低下 原発関連死1232人に”. 東京新聞. (2015年3月10日). オリジナルの2015年9月27日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20150927013838/http://www.tokyo-np.co.jp/article/feature/nucerror/list/CK2015031002100003.html 2016年4月24日閲覧。 
  21. ^ 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故の被災者・被害者の基本的人権を回復し、脱原発の実現を目指す宣言 - ウェイバックマシン(2015年6月2日アーカイブ分) - 日本弁護士連合会
  22. ^ “震災10年 守れ いのちを 第1部 生と死の境(8)痕跡”. 神戸新聞. (2004年4月27日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160424011301/http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/10/rensai/200404/0005479642.shtml 2016年4月24日閲覧。 
  23. ^ a b “不認定「納得できぬ」 異議申し立ての遺族 年月たち立証限界 明確な基準、国と県に求める”. 福島民報. (2016年4月7日). オリジナルの2016年4月24日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160407040858/http://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2015/02/post_11560.html 2016年4月24日閲覧。 
  24. ^ “「おふくろ、認められたよ」 広島土砂災害で関連死認定”. 朝日新聞. (2015年8月17日). http://digital.asahi.com/articles/ASH886JTYH88PITB00N.html?_requesturl=articles%2FASH886JTYH88PITB00N.html&rm=538 2016年4月23日閲覧。 
  25. ^ 災害対応資料集 - ウェイバックマシン(2016年4月22日アーカイブ分) - 内閣府
  26. ^ 阪神・淡路大震災の死者にかかる調査について(平成17年12月22日記者発表)”. 兵庫県 (2008年1月28日). 2016年9月11日閲覧。
  27. ^ “母さん会いたいよ 失踪宣告「遺族」になりきれず”. 神戸新聞. (2014年1月16日). http://www.kobe-np.co.jp/rentoku/sinsai/19/201401/0006640271.shtml 2016年9月11日閲覧。 
  28. ^ 新潟県中越沖地震記録誌”. 新潟県 (2009-7-16日). 2016年9月11日閲覧。
  29. ^ =死者数1万5899人 震災9年、警察庁まとめ(日本経済新聞 2020年3月8日)
  30. ^ 東日本大震災から10年 「震災関連死」認定は3775人に”. 日本放送協会 (2021年3月9日). 2021年3月11日閲覧。
  31. ^ 長野県北部の地震による県内への影響について” (PDF). 長野県危機管理部 (2012年10月1日). 2016年9月11日閲覧。
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  34. ^ 熊本県熊本地方を震源とする地震に係る被害状況等について(内閣府)
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  36. ^ 災害報告取扱要領における人的被害の把握に係る運用の一部改正について(通知)” (PDF). 消防庁国民保護・防災部防災課 応急対策室長 (2013年3月29日). 2016年9月11日閲覧。
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参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集