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猫屋町(ねこやちょう)は、広島市中区町名。丁目は無い。住居表示実施済み[2]郵便番号は730-0852(広島中央郵便局管区)。

猫屋町
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Hiroshima Prefecture.svg 広島県
市町村 Flag of Hiroshima, Hiroshima.svg 広島市
中区
人口
(2018)[1]
 • 合計 937人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
730-0852
市外局番 082
ナンバープレート 広島

目次

歴史編集

天正開府の時、猫屋九郎右衛門兼鎮という豪商が屋敷を此の所に開いた[3]。よって町名となった[3]。猫屋は姓を加藤と称し、もとは府中松崎八幡宮の棚守であった[3]

人口編集

芸藩通志』によると、78戸、327人である[3]1925年末の現住戸数・現住人口は174・764[4]2018年6月末現在の世帯数・人口は587・937[1]

経済編集

産業編集

店・企業

地域編集

広島平和記念公園旧太田川をはさんで西対岸にあたる。

健康編集

医療機関
  • 正岡病院
  • やまね内科クリニック
  • 藤岡歯科医院
整体、マッサージ
  • 小河治療院
  • ねこの手はり灸整骨院

相談編集

  • 新井要税理士事務所
  • 柳原芳樹税理士事務所

施設編集

宗教
  • 明教寺(浄土真宗本願寺派)[5]
  • 教西寺(浄土真宗本願寺派)[5]
  • 教伝寺(浄土真宗本願寺派)[5]

出身・ゆかりのある人物編集

政治・経済編集

広島電機大学長・勝盛豊一の養父である。

医療編集

  • 今井亥三松(医師)[11]
石川県金沢市出身[11]1860年出生[11]1894年、広島市避病院医師を嘱託され、傍ら猫屋町で開業[11]
今川内科医院長[12]広島市医師会[13]群馬県人で、住所が猫屋町[12]

脚注編集

  1. ^ a b 広島市 人口,世帯数(町丁目別) 2018年8月8日閲覧。
  2. ^ 住居表示の実施区域と未実施区域 広島市 2018年8月8日閲覧。
  3. ^ a b c d 『広島市史 第4巻』200-201頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年5月9日閲覧。
  4. ^ 『広島市統計年表 大正14年(第21回)』31頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年5月12日閲覧。
  5. ^ a b c 『現行類聚両本願寺末派寺院明細録大全 下』260頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年7月17日閲覧。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l 『日本紳士録 第28版』広島1-34頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月23日閲覧。
  7. ^ a b c d e 『商工資産信用録 第33回 中国四国版』広島1-56頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月29日閲覧。
  8. ^ a b c 『日本紳士録 第44版』広島1-28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2017年9月25日閲覧。
  9. ^ a b c d e f g h i 『日本紳士録 第35版』広島1-28頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年10月3日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g h 『広島県紳士録 昭和8年版』1-101頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2016年7月29日閲覧。
  11. ^ a b c d 『広島県紳士名鑑』廣島市之部22頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2018年9月23日閲覧。
  12. ^ a b c 『大衆人事録 第二十三版 西日本編』い145頁。
  13. ^ a b 歴代会長一般社団法人 広島市医師会。2017年10月15日閲覧。

参考文献編集

  • 菅龍貫編『現行類聚両本願寺末派寺院明細録大全 下』共益義会、1892年。
  • 『広島県紳士名鑑』国民教育普及社、1917年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第28版』交詢社、1924年。
  • 広島市編『広島市史 第4巻』広島市、1922年-1925年。
  • 広島市編『広島市統計年表 大正14年(第21回)』広島市、1927年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第35版』交詢社、1931年。
  • 『商工資産信用録 第33回 中国四国版』商業興信所、1932年。
  • 『広島県紳士録 昭和8年版』西日本興信所、1933年。
  • 交詢社編『日本紳士録 第44版』交詢社、1940年。
  • 広瀬弘『大衆人事録 第二十三版 西日本編』帝国秘密探偵社、1963年。

関連項目編集