甲斐 祐之(かい ひろゆき、1978年7月17日 - )は、日本の男子元バレーボール選手で現指導者。宮崎県宮崎市出身。

甲斐 祐之
Hiroyuki KAI
日立リヴァーレ
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基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1978-07-17) 1978年7月17日(39歳)
出身地 宮崎県宮崎市
ラテン文字 Hiroyuki KAI
身長 190cm
体重 87kg
血液型 A型
選手情報
所属 日立リヴァーレ
愛称 カイ
役職 コーチ
ポジション WS
指高 245cm
利き手
スパイク 340cm
ブロック 320cm
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目次

来歴編集

母・脇田代喜美(旧姓)は世界選手権で銀メダルを獲得し、モントリオールオリンピックに出場した元ユニチカバスケットボール選手。父も弟もバレーボール選手。

宮崎市立高岡中学校入学後、母の影響もあり当初はバスケットをやるつもりだったが、バレー部の先生に誘われてバレーボールを始める[1]。中学3年時にさわやか杯宮城県選抜に選ばれている[1]。高校は地元バレーの強豪・宮崎県立宮崎工業高等学校へ進学、1年からレギュラーに抜擢され、全日本ユースやジュニアに選ばれている[1]

1997年、筑波大学へ進学[2]

2000年に新日鐵(現堺ブレイザーズ)に入部[2]。翌2001年にVリーグ新人賞受賞[2]。全日本では2001年のグラチャンでの活躍で定着、2002年の世界選手権に出場、2001年04年ワールドリーグに出場した。アテネ五輪予選にも出場するも、五輪本戦出場を果たせなかった。2005年に移籍を決意する[3]

2005年に旭化成に派遣社員として入社、旭化成スパーキッズへ契約選手として入団する[4]。同年には足首を手術している。しかし、2006年、旭化成は廃部となり移籍することになった[5]

翌2006年から豊田合成トレフェルサに所属[2]。2007年には全日本に復帰、07年ワールドリーグに出場した。その後2009年まで在籍した[6]

2009年からJTサンダーズに入部した[2]。在籍中、貴重なベテラン選手として活躍し、天皇杯黒鷲旗などの決勝進出に貢献した[7]。2014年、契約満了に伴い退団した[8]

2015年7月、女子Vプレミアリーグの日立リヴァーレは甲斐のコーチ就任を発表した[9]

球歴編集

  • 全日本代表 - 2001-2005年
    • 世界選手権 - 2002年
    • ワールドリーグ - 2001年、2004年、2007年
    • ワールドグランドチャンピオンズカップ - 2001年

所属チーム編集

脚注編集

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  1. ^ a b c 甲斐祐之/選手・スタッフ”. JTサンダーズ公式 (2009年6月27日). 2014年8月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e 甲斐(元日本代表)がJT入り バレー男子”. 中国新聞 (2009年6月27日). 2014年5月9日閲覧。
  3. ^ バレーボール:堺・甲斐祐之、30日付けで旭化成に移籍 - ウェイバックマシン(2005年4月28日アーカイブ分) - 毎日新聞(2005年4月27日)
  4. ^ Vリーグ男子の旭化成が廃部 - ウェイバックマシン(2007年8月25日アーカイブ分) - 中国新聞(2006年3月15日)
  5. ^ 旭化成株式会社からの甲斐祐之選手の退社について - ウェイバックマシン(2007年11月6日アーカイブ分) - 旭化成公式サイト(2007年11月6日)
  6. ^ 甲斐祐之 退団コメント - ウェイバックマシン(2012年1月18日アーカイブ分) - 豊田合成公式サイト(2009年6月1日)
  7. ^ 國近公太選手、神田聖馬選手、甲斐祐之選手、イゴール・オムルチェン選手、石橋健選手、大上正裕選手退部のお知らせ”. JTサンダーズ公式 (2014年5月8日). 2014年5月9日閲覧。
  8. ^ 【バレー】JTのイゴールら退部 主将の国近は現役引退”. 中国新聞 (2014年5月9日). 2014年5月9日閲覧。
  9. ^ 日立リヴァーレ. “2015年度「日立リヴァーレ」体制について”. 2015年7月17日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集