老壮会/老荘会(ろうそうかい)は、左派思想家と右派思想家が一堂に会した大正日本の思想団体。

概要編集

1918年(大正7年)10月9日の創立。事務所は牛込区(現、新宿区)南町1番地に置かれた。世話人は満川亀太郎がつとめた。

明治31年(1898年)頃から麻布飯倉片町に集い始めた権藤成卿飯塚納小沢打魚川崎紫山内田良平黒龍会主宰)、大江卓樽井藤吉山口弾正大井憲太郎小島文六三浦伴八兼松義整綱島正興ら『南葵文庫の会』の会員と会を母体として、左翼思想家、国家主義者、社会主義者、国粋主義者など、その職業、思想を問わず、一定の目的も定めずに在京の思想家が一堂に会したような会合であった。月に一度の開催で時局を論じた。

1921年(大正10年)頃まで続いたが、主に左翼派の脱会者が数多くなるに従いのちに分裂。急進的な右翼的な思想を持つ満川亀太郎・大川周明北一輝らは猶存社へ、高畠素之らは大衆社へとそれぞれの思想系統へと分岐した。ただし満川はソ連政府を承認すべきことを論じ(「何故に過激派を敵とする乎」)、大川はその見解に対し賛意を示す[1]など、右翼とはいうもののこの二人はいわゆる「反共」ではない。

参加者編集

参考文献編集

出典編集

  1. ^ 大塚健洋『大川周明と近代日本』木鐸社、1990年、147頁
  2. ^ 鈴木邦男のブログ 北一輝と大杉栄は老壮会でよく会っていた