自然吸気
自然吸気(しぜんきゅうき)とは、ターボチャージャーやスーパーチャージャーなどの過給機を使わず大気圧でシリンダー内に吸気する、エンジンの区別方法のひとつ。

NA[1](エヌエー:Natural Aspiration〈ナチュラル アスピレーション〉またはNormal Aspiration〈ノーマル アスピレーション〉)、無過給、ノンターボなどと呼ばれることもある。特に自動車においてこのように過給機を持たないエンジンのことを自然吸気エンジンと呼ぶ。本項ではこの自動車エンジンにおける自然吸気について述べる。
概要 編集
本来、自動車に限らずエンジンはすべて自然吸気であったので、過給機が自動車に普及し始めてから生まれた「自然吸気」という呼び名は、過給機付きエンジンの対立項としてのレトロニムである。
乗用車における自然吸気エンジンは、従来は低コストかつ低燃費故にパワーを求めない小中型クラスの乗用車では基本だったが、近年はダウンサイジングターボの流行で、同じ価格帯の競合車同士でも、それぞれのメーカーや開発責任者の考え方次第で全く異なる状態にある。
強いて傾向を挙げるなら
- 廉価重視のエントリーグレード
- ライトサイジングの思想を持つメーカーの小中型車(マツダ、トヨタなど)
- ハイブリッドシステムを搭載する乗用車(特にストロングハイブリッドに分類される車種)
- 軽さや官能性を重視して設計された、一部のスポーツカー/スーパーカー
- コストの安さを重視して設計されたレーシングカー
などが自然吸気エンジンを採用することが多い。
またオートバイはごく一部のハイエンドモデルを除き自然吸気が基本となっている。
一方でディーゼルエンジンは過給器との相性が抜群に優れている上に、昨今の厳しい排ガスや燃費、騒音などの法規制をクリアする上でも過給器が必須となるため、旧車や船舶用などの例外を除き自然吸気は絶滅している。つまり現行の中型以上の貨物商用トラック/バスに自然吸気エンジンは存在しない[2]。
本記事では但し書きがない限り、乗用車用ガソリンエンジンについての記述となる。
特性 編集
一般に言われる自然吸気エンジンの特性は、上においてそもそもの語の成り立ちが過給エンジンの対義語であったことに反映されているのと同様に、過給機のもたらす長所を得ていないこと、過給機の持つ短所を持っていないことにある。
ただし自然吸気エンジンと過給器付きエンジンを比較する場合、排気量を揃えるか、出力を揃えるかで長所と短所はまた大きく変わる。本記事では前者の、排気量が同じという前提で過給器の有無を比較した場合について述べる。後者についてはダウンサイジングコンセプトを参照。
- 構造が簡易である(コスト、整備性、重量、設計の自由度などで有利)
- 一般に同排気量の自然吸気エンジンは過給機付エンジンに比べ構造が単純かつ軽量である。これは過給機付きエンジンが、過給機を持つだけでなく、過給機を冷却/潤滑するためのオイルパイプラインを持ち、さらに排気系統と吸気系統を引き合わせるような構造を必要とすることによる。また、過給エンジンには自然吸気エンジン以上に膨大な圧力がかかるので、ブロックは頑丈であることが必要で、強度を上げた結果エンジン重量も増加するが、自然吸気エンジンにはそうした必要は薄い。さらにその分低コストに製造でき、スペースも節約できるメリットもある。
- 高圧縮比で総合的な燃費がよくなる
- 自然吸気エンジンは一部のシーンを除き、総合的には過給器付きより燃費がいい[3]。これはエンジン・補機類の軽さも一因だが、最大の理由は過給を行わないためである。過給器付きエンジンは高温によるノッキングを避けるために、低圧縮比であることを強いられ、相対的に高圧縮比にできる自然吸気のほうが燃焼効率がよくなる(一般に高圧縮比であったほうが燃焼効率は高くなる)[4]。
- 熱害が少ない
- 自然吸気エンジンは発熱量が過給エンジンより少なくて済む。過給エンジンは、同体積の燃焼室内で、燃料を圧縮空気で大量に燃やすことができるので、発熱量が多くなり、熱効率を低下させる。熱効率は基本的には低温と高温の温度差が広いほど良く(大きく)なるからである。
- 高回転型にしやすい
- 自然吸気エンジンは過給エンジンに比べると高回転型である。過給エンジンでは、吸気を強制的に行うことができる。しかし過給機は同時に、排気ガスを吸入空気の圧縮に使う際、排ガスの流速を奪ってしまう。このことは、燃焼済みガスの排気がうまく行われない、すなわち排気効率が下がった状態を生み出す。排気効率が下がれば、排気工程でシリンダが上昇する際に排ガスから受ける抵抗が上昇する。すなわち、エンジンの出力の一部がガスの排気のために消耗される。高回転時のピストンスピードの早い領域ではこの効果がより顕著になるので、過給機付きエンジンは高回転領域でトルクが下がる傾向にある。自然吸気ではこの性質がないので、高回転までもたつきなくトルクを発揮する。高回転型NAエンジンの代表格として著名なものにホンダ・B16A、ホンダ・F型エンジン#F20CF20Cや日産・VQ37VHR等がある。また熱エネルギーを再利用しない分音エネルギーとして外に放出されるため、特にレーシングカーでは自然吸気エンジン特有の高回転での甲高いエキゾーストノートが発生するが、これが観戦者に好まれることも多い。ただし極端な高回転型であることは、駆動損失を増やして燃費の悪化を招く点は注意が必要である。
- 比較的平坦で自然な出力特性を実現できる
- 自然吸気エンジンは出力分布が平坦である。過給エンジンでは、過給機の内部が回転して過給を始めた以降には膨大なトルクを発生する。従って、上記の高回転でのトルク低下と合わせ、トルクの分布は急峻な山をなすこととなる。これはしばしば「ドッカンターボ」と俗され、アクセルの加減のしづらさを表現する。自然吸気エンジンにはその特性はない。
- ドライバビリティに優れる
- 自然吸気エンジンはスロットル(アクセル)操作に対する出力応答に優れる。これは吸気に過給機が介在しないためである。過給機が介在すると、アクセルを踏み込んだときにその過給器の内部が回転するために一瞬の時間を要してしまう。過給機が慣性モーメントをもつということと同様である。この応答に優れる特性がもたらす長所は、運転のしやすさ・操縦性という意味で決して小さいものではない。前述の平坦なトルク特性と併せ、絶対的な出力として過給エンジンに一歩劣ることの多い自然吸気エンジンがスポーティカー、GTカーにおいて根強い支持を得ている一因といえる。
- 出力・トルクで劣る
- コストを費やしてでも過給器を付ける最大の理由である。もし過給器付き並に自然吸気エンジンで出力を発生させるためには、気筒数も排気量も増やしてエンジンを巨大化する必要がある。これの逆の発想が、本記事で何度も触れているダウンサイジングコンセプトである。
- 出力の調整方法が限定的である(主に競技で)
- 大気圧を利用してエンジン吸気を行う自然吸気は、高地では出力が大きく低下する。過給器付きエンジンも出力が低下するのは同じだが、チューニングを行える場合は過給圧を調整することで出力低下を大きく防ぐことが可能である[5]。また過給圧の操作が認められている競技の場合、予選用の一発勝負用に過給圧を上げて、決勝では下げるといったことも自然吸気エンジンにはできない。
改造 編集
自然吸気エンジンは、アクセルに対する反応が俊敏かつリニア(踏んだ量に比例して増える)である反面、同排気量の過給エンジンよりも非力である。したがって、より出力を上昇させるためにさまざまな工夫が考えられた。
出力上昇のための方法には、過給機追加とメカチューンとがある。過給機追加では過給エンジンの特性を持つようになる。単に出力を重視する場合はこれを選ぶ。同一モデルの車に過給機付きエンジンがある場合は、そのエンジンに載せ換えたり、アフターパーツとして過給機を追加[6]することがある。
1980年代に可変バルブ機構が登場したことで、回転域ごとにバルブの動きを最適化できるようになり、低回転域を犠牲にせずに高回転域まで回せるようになった[7]。しかしストリートチューンの世界においては、逆にこれを取っ払うこともある。
メカチューンは高価であり、1馬力1万円(1馬力を上昇させるために1万円の費用が掛かる)と言われることがある。手段も限定的であるが、自然吸気の特性を保存あるいは増強することができる。
脚注 編集
- ^ 記述の際には「N/A」あるいは「N.A.」と書かれることもある。
- ^ 大排気量自然吸気エンジンはナゼ消えた? 小排気量ターボが主流となったトラック用ディーゼルエンジンの進化の歴史を紐解く!!
- ^ 2023年時点のホンダ・N-ONEの場合、WLTCモード総合で自然吸気は23.0km/l、ターボは21.3kmとなっている
- ^ 「ターボの燃費はなぜ悪い」
- ^ 【】F1 Topic:標高2250メートルにある過酷なメキシコGPを4日間で対応するF1ドライバーたち
- ^ このような後付けによるものを、ターボチャージャーの場合は「ボルトオンターボ」または「ボルトオンターボチャージャー」、スーパーチャージャーの場合は「ボルトオンスーパーチャージャー」という。
- ^ 代表的な物にホンダのVTEC(i-VTEC)やトヨタのVVT-i(派生版のVVTL-i、およびDual VVT-i、VVT-iE、Dual VVT-iE含む)、日産のNEO VVL、三菱のMIVEC(派生版のMIVEC-MD含む)などがある。