長崎玉成短期大学
長崎県長崎市風頭町に本部を置いていた日本の私立大学
長崎玉成短期大学(ながさきぎょくせいたんきだいがく、英語: Nagasaki Gyokusei Junior College)は、長崎県長崎市風頭町1-33に本部を置いていた日本の私立大学である。1953年に設置され、2012年に廃止された。
長崎玉成短期大学 | |
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大学設置 | 1953年 |
創立 | 1892年 |
廃止 | 2012年 |
学校種別 | 私立 |
設置者 | 学校法人玉木学園 |
本部所在地 | 長崎県長崎市風頭町1-33 |
学部 |
服飾デザイン学科[1] 食物栄養学科[2] 幼児教育学科 |
概観 編集
大学全体 編集
1892年(明治25年)創立の「長崎女子裁縫学校」を起源とし、1953年(昭和28年)に学校法人玉木学園により「玉木女子短期大学」として設置された。もとは女子短大であったが、2007年(平成19年)度に改称し、男女共学を開始。2011年(平成23年)度に募集を停止し、2012年(平成24年)3月末に廃止された。校舎は改築され、系列校である長崎玉成高等学校及び附属中学部が使用している[3]。
建学の精神(校訓・理念・学是) 編集
- 長崎玉成短期大学における建学の精神「女性の精神的・経済的自立」となっていた。
教育および研究 編集
学風および特色 編集
- 長崎玉成短期大学の服飾デザイン学科ではファッションショーが行われていた。
沿革 編集
- 1892年(明治25年)- 玉木リツにより長崎女子裁縫学校が創設される。
- 1906年(明治39年)- 玉木女学校と改称。
- 1926年(大正15年)- 玉木職業女学校を設立。
- 1949年(昭和24年)- 玉木和洋裁学院が設置される。
- 1953年(昭和28年)- 玉木女子短期大学開学。被服科を設置。
- 1953年(昭和28年)- 食物科を増設。
- 1969年(昭和34年)- 被服科を「被服学科」(後の服飾デザイン学科)、食物科を「食物学科」に改称。
- 1975年(昭和50年)- 幼児教育学科を増設(学生数25[4])。
- 2005年(平成17年)4月1日 - 食物栄養学科を廃止[5]。男女共学化し「長崎玉成短期大学」に改称。
- 2010年(平成22年)4月1日 - 服飾デザイン学科を廃止[5]。
- 2011年(平成23年)4月1日 - 学生募集を停止。
- 2012年(平成24年)3月31日 - 廃止。
基礎データ 編集
所在地 編集
- 長崎県長崎市風頭町1-33
交通アクセス 編集
教育および研究 編集
組織 編集
学科 編集
- 幼児教育学科:「幼児教育」・「保育心理」の各コースからなる。
過去にあった学科 編集
専攻科 編集
- なし
別科 編集
- なし
取得資格について 編集
資格
学生生活 編集
学園祭 編集
- 長崎玉成短期大学の学園祭は「レモン祭」と呼ばれ毎年、おおむね11月に実施されていた。
大学関係者と組織 編集
大学関係者一覧 編集
大学関係者 編集
- 玉木ますみ:初代学長
- 横山哲夫:現学長
施設 編集
キャンパス 編集
- 同短大の初代学長でもあった玉木ますみに因んで「ますみ記念館」と称したホールがあった。
寮 編集
- 長崎玉成短期大学には「玉成会館」と称した女子学生寮があった。
対外関係 編集
系列校 編集
社会との関わり 編集
- 当短期大学の学生が「子育てフェスタ」なるイベントに参加していた。
卒業後の進路について 編集
就職について 編集
附属学校 編集
- 長崎玉成短期大学附属幼稚園 - 長崎玉成短期大学廃校後、長崎玉成幼稚園に改称。2016年3月に廃止
参考文献 編集
出典および脚注 編集
- ^ a b 学生募集は2008年度入学生まで。2010年4月1日付けで正式廃止。
- ^ a b 学生募集は2003年度入学生まで。2005年4月1日付けで正式廃止。
- ^ “学校法人玉木学園 学園沿革”. 2022年11月30日閲覧。
- ^ 昭和51年度版『全国学校総覧』55頁より。
- ^ a b 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』212頁より。
座標: 北緯32度44分28.8秒 東経129度53分21.3秒 / 北緯32.741333度 東経129.889250度