阿寺城(明照城 / あでらじょう / あてらじょう)は、岐阜県中津川市手賀野にあった日本の城)。

logo
阿寺城
岐阜県
Adera castle01.jpg
別名 明照城(あてらじょう)、阿照羅城、阿手羅城
斧戸城、中津川砦
城郭構造 山城
天守構造 不明
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 明照遠山氏
廃城年 天正2年(1574年
遺構 本曲輪、虎口
指定文化財 なし
位置 北緯35度27分52.65秒 東経137度30分15.22秒 / 北緯35.4646250度 東経137.5042278度 / 35.4646250; 137.5042278

概要編集

明照遠山氏の拠点となっていたが戦国時代遠山友忠飯羽間城から入城する。しかし苗木城を守っていた父遠山友勝が没したため、子の遠山友重に阿寺城を譲り苗木城に移った。天正2年(1574年)甲斐武田氏の命により木曽義昌の攻撃で友重は奮戦し討死を遂げた。阿寺城も陥落し復興することはなかった。なお恵那市上矢作町漆原にも阿寺砦があったので注意が必要である。

遺構編集

現在の本曲輪には御嶽神社が祀られている。それより市街地側に進んだところに二ノ曲輪、三ノ曲輪、虎口、また背後には保古山からの侵入を防ぐための三重堀切が見られる。

関連項目編集

外部リンク編集