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高岳(たかおか/たかだけ、生没年不詳)は、江戸時代後期の大奥女中(上臈御年寄)。江戸幕府11代将軍・徳川家斉の時代には大奥で筆頭老女を務めた。

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生涯編集

高岳は宝暦期には大奥の御年寄である松島局に続く実力者だったが、明和期になると大奥の筆頭老女として権勢をふるった[1]

明和2年(1765年[2]仙台藩主・伊達重村が自身の官位昇進を実現するために高岳を含めた松平武元老中筆頭)・田沼意次御側御用取次)・田沼意誠一橋徳川家家老)の4人に賄賂を贈った。このとき、高岳は重村に桜田御用屋敷内に自身の家を増築させた[3]

天明7年(1787年)に、松平定信老中に就任する際には、将軍・徳川家斉から意見を求められた高岳と御年寄・滝川は反対姿勢を取ったと御年寄・大崎によって伝えられている[4]。反対の理由としては、定信の実妹・種姫が10代将軍・徳川家治の養女となっているため、将軍家の縁者は幕政に参与するべきではないという考えであった[5]。定信の老中就任後、高岳は筆頭老女を退いた[6]

登場作品編集

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 藤田覚『田沼意次 御不審を蒙ること、身に覚えなし』〈ミネルヴァ書房2007年、p43〉
  2. ^ 『伊達家文書』
  3. ^ 関口すみ子『大江戸の姫さま: ペットからお輿入れまで』(角川選書2005年、p128)
  4. ^ 【 老中首座(2) 】”. 福島民友 (2008年9月17日). 2016年1月24日閲覧。
  5. ^ 山下昌也『実録 江戸の悪党』(学研新書2010年
  6. ^ 高澤憲治『松平定信政権と寬政改革』(清文堂出版、2008年、p288)