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鷲羽山駅(わしゅうざんえき)は、かつて岡山県倉敷市下津井田之浦二丁目に存在した下津井電鉄下津井電鉄線

鷲羽山駅
Washuzan Station-01.jpg
鷲羽山駅(1990年)
なお、改良工事前のホーム上屋は写真中央の木立の奥付近にあった
わしうざん*
WASHIUZAN
東下津井 (0.5km)
(0.9km) 琴海
所在地 岡山県倉敷市下津井田之浦二丁目
所属事業者 下津井電鉄
所属路線 下津井電鉄線
キロ程 2.5km(下津井起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1931年昭和6年)5月1日
廃止年月日 1991年平成3年)1月1日
備考 路線廃止に伴う駅廃止
* 駅名標の表記による
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鷲羽山の登山のための駅として開設された駅である。

瀬戸大橋開業後、下津井電鉄は瀬戸大橋を展望できることを宣伝し、観光路線への脱却をはかった。しかし、実際に瀬戸大橋を展望できるのはこの鷲羽山駅付近のみであり、鷲羽山駅 - 琴海駅にて瀬戸中央自動車道瀬戸大橋線をくぐる区間と、鷲羽山山頂から西側へ下った、県道393号線(鷲羽山スカイライン)沿いの区間だけであった。

モータリゼーションの進行による乗客の減少、および瀬戸大橋線により下津井電鉄のバス部門の主力路線である岡山 - 児島の乗客が減少し、鉄道線の赤字補填が困難となったため、1991年(平成3年)1月1日に下津井電鉄線と共に廃止された。

沿革編集

  • 1931年(昭和6年)5月1日 臨時駅として鷲羽山駅が開業する。
  • 1931年(昭和6年)7月10日 常設駅となる。
  • 1984年(昭和59年)10月1日 瀬戸中央自動車道・JR本四備讃線との交差部分となる、琴海 - 鷲羽山間のトンネル(延長134.8m)工事が着工する。同トンネルが下津井電鉄線として初のトンネルとなる。
  • 1985年(昭和60年) 琴海 - 鷲羽山間に建設中のトンネル工事のため、工事区間が仮線へ移動する。
  • 1987年(昭和62年)3月 瀬戸中央自動車道・JR本四備讃線との交差部分のトンネルが完成する。
  • 1988年(昭和63年)3月12日 鷲羽山駅構内の改良工事が完成する。
  • 1991年(平成3年)1月1日 児島駅 - 下津井駅間が廃止。同時に鷲羽山駅も廃止される。

概要編集

  • 廃止区間(児島駅 - 下津井駅)は、歩行者と自転車専用道「風の道」として整備されている。
  • 1988年(昭和63年)の改良工事でプラットホーム(1面1線)を東下津井駅方面に若干延長して、そこに廃車となった車輌(モハ110)の車体を利用した待合室が設けられた[1][2]が路線廃止後に撤去され、ホームのみが現存する。延長された部分は支柱を立てて上面に板を張った簡便な物だったが、自転車専用道として整備された際に路面と同じ高さに整えられ、元来のホームとはスロープでつながる形に改修されている。また、鷲羽山駅跡を記す駅名標を象った碑とベンチと公衆トイレがあり、東下津井駅寄りのかつて廃車体の待合室が置かれていた場所には展望台も整備されている。
  • それまでの駅は木造の待合室・駅員室(位置は東下津井駅寄りの端で現在公衆トイレが建っている所)とホーム上屋があり、ホームはレール方向に張られた柵で2つに仕切られ、その柵に改札口が設けられていた。柵で仕切られたホームの線路と逆の側はコンコース的な位置づけであり、待合室もこちら側に区切られていた。またホーム上屋には、大きな駅名標と利用客に対する注意案内書きが設置されていた[3][4][5]。この待合室・駅員室と上屋は上記の改良工事の際に撤去され、ホーム上の柵だけが残されていた。
  • 近くには下電バス鷲羽山線「下津井中学校入口」バス停がある。また、瀬戸中央自動車道の鷲羽山北BSも近い。

隣の駅編集

下津井電鉄
下津井電鉄線
東下津井駅 - 鷲羽山駅 - 琴海駅

関連項目編集

外部リンク編集