1966年のサンケイアトムズ

1966年のサンケイアトムズ(1966ねんのサンケイアトムズ)では、1966年のサンケイアトムズの動向をまとめる。

1966年のサンケイアトムズ
成績
セントラル・リーグ5位
52勝78敗5分 勝率.400[1]
本拠地
都市 東京都新宿区
球場
明治神宮野球場
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球団組織
オーナー 水野成夫
経営母体 産業経済新聞社
監督 飯田徳治
« 1965
1967 »

この年のサンケイアトムズは、飯田徳治監督の1年目のシーズンである。この年から、チーム名をサンケイアトムズに改称した。

概要編集

1965年のサンケイスワローズでふれたように日本国有鉄道に代わってフジテレビ産業経済新聞社を中心とするフジサンケイグループが新たに親会社となったが、チームは金田正一など中心選手の移籍が相次ぎ最下位で1965年のシーズンを終了。サンケイスワローズはチームのイメージアップを図るべく、新ニックネームを募集。漫画家・手塚治虫の『鉄腕アトム』からニックネームが「アトムズ」に変更され、またユニフォームも国鉄時代の紺色から青と赤(ヤクルトスワローズとなっても継承)に変更。新ユニフォームのデザインをファッションデザイナーの石津謙介が、新チームロゴ「atoms」をグラフィックデザイナーの亀倉雄策が手掛けた。石津・亀倉・手塚の三人がデザインした新ユニフォームは「日本一のユニフォーム」と言われたが、肝心のチーム成績は5月に5位に転落すると8月には最下位が定位置となりチームは大洋と同率の最下位(5位)でシーズンを終えた。対戦成績では優勝の巨人と3位阪神には11勝15敗、同率最下位の大洋には13勝13敗と健闘したが、中日には8勝18敗、4位広島には9勝17敗と大きく負け越したのが響いた。投手陣はチーム防御率が3.16とまずまずだったものの、打撃陣は貧打にあえぎチーム打率が.215、盗塁数も巨人の148個に対してサンケイは約100個少ない52個で、貧打と機動力不足では勝てなかった。

チーム成績編集

レギュラーシーズン編集

開幕オーダー
1 岡嶋博治
2 丸山完二
3 ジャクソン
4 豊田泰光
5 別部捷夫
6 徳武定祐
7 東条文博
8 根来広光
9 渋谷誠司
1966年セントラル・リーグ順位変動
順位 4月終了時 5月終了時 6月終了時 7月終了時 8月終了時 最終成績
1位 中日 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 -- 巨人 --
2位 広島 0.5 中日 1.0 中日 1.0 中日 4.5 中日 6.5 中日 13.0
3位 サンケイ 1.0 広島 2.0 広島 7.0 広島 15.0 広島 21.0 阪神 25.0
4位 巨人 1.5 阪神 6.0 阪神 13.0 阪神 20.5 阪神 26.5 広島 32.0
5位 阪神 3.5 サンケイ 8.0 サンケイ 14.5 サンケイ 26.0 大洋 30.0 大洋 37.0
6位 大洋 5.5 大洋 10.0 大洋 18.5 大洋 27.0 サンケイ 33.0 サンケイ
1966年セントラル・リーグ最終成績
順位 球団 勝率
優勝 読売ジャイアンツ 89 41 4 .685 -
2位 中日ドラゴンズ 76 54 2 .585 13.0
3位 阪神タイガース 64 66 5 .492 25.0
4位 広島カープ 57 73 6 .438 32.0
5位 大洋ホエールズ 52 78 0 .400 37.0
サンケイアトムズ 52 78 5 .400 37.0

オールスターゲーム1966編集

ファン投票 選出なし
監督推薦 矢ノ浦国満 石岡康三
  • 取り消し線は出場辞退

できごと編集

選手・スタッフ編集

[2]

表彰選手編集

リーグ・リーダー
受賞者なし
ベストナイン
選出なし

ドラフト編集

順位 選手名 守備 所属 結果
第1次ドラフト
1位 奥柿幸雄 内野手 静岡商業高 入団
2位 吉江喜一 投手 塚原高 入団
3位 岡田英雄 捕手 福山電波工業高 拒否・東海大学進学
4位 林田俊雄 内野手 三池工業高 拒否・東海大学進学
5位 山田勝晴 内野手 日本楽器 拒否
6位 田尻茂敏 投手 熊本第一工業高 入団
7位 木村修 内野手 日本熱学 拒否
8位 武上四郎 内野手 河合楽器 入団
9位 浅野啓司 投手 福山電波工業高 入団
10位 三橋孝一郎 外野手 高松商業高 拒否・専修大学進学
11位 八塚幸三 投手 愛媛・大島高 拒否・四国電力入社
第2次ドラフト
1位 加藤俊夫 捕手 日本軽金属 入団
2位 西田暢 内野手 早稲田大学 拒否・熊谷組入社
3位 後藤和昭 内野手 駒澤大学 拒否・日本軽金属入社
4位 近藤徹 内野手 法政大学 拒否・コロムビア入社
5位 神尾広一 内野手 相生高 拒否・青山学院大学進学

出典編集

  1. ^ 年度別成績 1966年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2017年7月31日閲覧。
  2. ^ ベースボールマガジン2002夏季号, ベースボールマガジン社, (2002), p. 147