ウルグベグサウルス

ウズベキスタンから産出した獣脚類のひとつ

ウルグベグサウルス学名Ulughbegsaurus)は、約9000万年前に後のウズベキスタンに生息していた獣脚類恐竜筑波大学北海道大学などの研究チームにより記載され、2021年に命名された。上顎骨から全長7.5 - 8メートル程度と推定されている。ティムルレンギアと同一の層から化石が産出したことから、カルカロドントサウルス類はティラノサウルス上科よりも高次の消費者として約9000万年前まで彼らと共存しており、頂点捕食者の生態的地位が後者に移り変わったのはそれ以降であると示唆されている。

ウルグベグサウルス
生息年代: 90 Ma
ウルグベグサウルスのホロタイプ標本と骨格図
地質時代
後期白亜紀チューロニアン
(約9000万年前)
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
下目 : テタヌラ下目 Tetanurae
: ウルグベグサウルス属 Ulughbegsaurus
学名
Ulughbegsaurus
Tanaka et al.2021
タイプ種
U. uzbekistanensis

発見と命名 編集

ウルグベグサウルスは、1970年代から1990年代の間に[1]ソビエト連邦の研究者により[2]中央アジアウズベキスタンザラクドゥク)に分布する上部白亜系ビセクティ層から上顎骨が発見された[3]

その後未同定のまま[4]、同国のタシュケントに位置するウズベキスタン共和国国家地質鉱物資源委員会付属国家地質博物館に保管・所蔵されていた[3]。そのことを知った筑波大学の田中康平らが現地に赴いて調査を行い、後述する形質に基づいて新属新種と判断した[4]

タイプ種に命名された学名は Ulughbegsaurus uzbekistanensis(ウルグベグサウルス・ウズベキスタネンシス)で、「ウズベキスタンのウルグ・ベグのトカゲ」という意味になる。なお、ウルグ・ベグは15世紀にウズベキスタン地域を支配していたティムール朝君主である[2][3]

特徴 編集

ウルグベグサウルスの化石は上顎骨の一部のみが保存されている。標本はホロタイプ UzSGM 11-01-02(左上顎骨)、CCMGE 600/12457(左上顎骨の枝の端)、ZIN PH 357/16(右上顎骨の後側端)の3つのみが知られている[5]

ホロタイプ 編集

保存されている上顎骨の前後の長さは24.2センチメートル、上下の高さは13.1センチメートルである。第1歯槽が損壊して上顎骨歯が露出しているため、前上顎骨との関節面は保存されていない[5]。本属の固有派生形質としては、前眼窩窓の稜線状の縁に沿ってコブが存在すること、外側面に縦方向の皺が存在すること、外側面の腹側縁に浅い楕円形の窪みが連続すること、歯板の背側縁に大型の孔が配列していることの計4つが挙げられる[3][4]。カルカロドントサウルス類としての分類は系統解析の結果に基づくものである[3]

獣脚類の上顎骨は体サイズの指標に用いることが可能である。第2歯槽から第8歯槽までの長さが23センチメートルと、比較的大型のアロサウルス上科の恐竜であるヤンチュアノサウルスの19.5センチメートルよりも長いことから、ウルグベグサウルスの全長は最低でも7メートルに達したと推定される。また、さらなる回帰分析により、全長は7.5 - 8メートル、体重は1トン以上と見積られている[5]。この推定が正しければウズベキスタンから産出した肉食恐竜としては最大の種となる[2][3]

その他の標本 編集

CCMGE 600/12457は、左上顎骨の枝の端である。ホロタイプ標本の保存部位と解剖学的に重複はしていないが、内外の幅が共に約23ミリメートルで共通している点と、歯板が歯間壁を強固に形成している点、前眼窩窓の縁に沿って一連の小さな結節がある点が共通しているため、同一個体の標本と考えられている。なお、この標本はかつてティラノサウルス上科の化石として記載され、その後ドロマエオサウルス科イテミルスの骨として再記載された経緯がある[5]

ZIN PH 357/16 は右上顎骨の後側端である。形状は CCMGE 600/12457 と類似しているため、前眼窩窓の縁は保存されていないが本属の可能性がある[5]

系統関係 編集

田中らはウルグベグサウルスの類縁関係を確定するため、2つの異なるデータセットを用いて2回の系統解析を行った。ウルグベグサウルスは、第一の解析ではネオヴェナトルなどと共にメガラプトル類で多分岐をなし、第二の解析では基盤的カルカロドントサウルス類の間で多分岐をなした[5]

樹形1: Hendrickx & Mateus のデータセット

アロサウルス上科

メトリアカントサウルス科英語版

アロサウルス科

Carcharodontosauria

カルカロドントサウルス科

ネオヴェナトル科

アエロステオン

アウストラロヴェナトル

キランタイサウルス

フクイラプトル

メガラプトル

ネオヴェナトル

ウルグベグサウルス

樹形2: Chokchaloemwong et al. のデータセット

アロサウルス上科

モノロフォサウルス

シンラプトル

アロサウルス

Carcharodontosauria

コンカヴェナトル

エオカルカリア

ネオヴェナトル

シャムラプトル英語版

ウルグベグサウルス

アクロカントサウルス

シャオチロン

カルカロドントサウルス亜科

2022年には、Sues et al., 2022がカルカロドントサウルス科としての位置付けに指摘を行った。Sues et al.はウルグベグサウルスをカルカロドントサウルス類として同定する根拠となる特徴はアーティファクトまたはドロマエオサウルス科と共通するものであるとして、ウルグベグサウルスの系統的位置は不確実であると指摘した[6]

古生物学 編集

ウルグベグサウルスの産出したウズベキスタンはアジア大陸の西部に位置する。カルカロドントサウルス類は西方からは北アメリカ大陸ヨーロッパ、東方からはアジア大陸東部から化石が産出しており、本属がカルカロドントサウルス類に属するとするならば、両地域の地理的ギャップを埋めることになる[3]

本属の化石が産出したビセクティ層からはティラノサウルス上科に属するティムルレンギアが報告されているが、当時のティラノサウルス上科の多くはティムルレンギアも含めて小型の属種であった[注 1]。また、同層からは獣脚類のウルバコドンイテミルスおよびリカルドエステシアも報告されているが、これらもウルグベグサウルスより遥かに小型である。体躯からウルグベグサウルスは他の捕食動物よりも高次の消費者であることが示唆されており、当時の頂点捕食者であったと考えられている[5]

本属の発見・記載により、本属とティムルレンギアはカルカロドントサウルス類とティラノサウルス上科の共存を示すアジア初の例となった。また、地球全域に範囲を広げてもこれは両群の共存の例として最も新しいものであり、既存の記録(約9600万 - 9400万年前)よりも約200万 - 600万年時代を下るものである。このため、カルカロドントサウルス類はウズベキスタンにおいて約9000万年前まで支配的であり、その後の化石の空白期を挟み、約8400万年前ごろからティラノサウルス上科が支配的になったことが示唆されている[3]

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ただし一部のプロケラトサウルス科を除く。例えばユウティラヌスはティムルレンギアよりも古い前期白亜紀アジアに生息していたティラノサウルス上科の恐竜であったが、全長は約9メートルに達する[7]

出典 編集

  1. ^ 新種の大型肉食恐竜化石 ウズベキスタンで発見 北大小林教授ら」『北海道新聞』、2021年9月8日。2021年9月8日閲覧。
  2. ^ a b c 小堀龍之「ウズベキスタンで新種の肉食恐竜化石 ティラノ登場前に繁栄か」『朝日新聞』、2021年9月7日。2021年9月8日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 筑波大学北海道大学ウズベキスタンで新種の大型肉食恐竜を発見 〜ティラノサウルスのなかまとの交代劇に新証拠〜』(プレスリリース)2021年9月6日https://www.tsukuba.ac.jp/journal/pdf/p202109080801.pdf2021年9月8日閲覧 
  4. ^ a b c ティラノサウルス繁栄前 新種の大型肉食恐竜か 筑波大など発表”. NHK (2021年9月7日). 2021年10月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年9月8日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g Tanaka K; Anvarov OU; Zelenitsky DK; Ahmedshaev AS; Kobayashi Y (2021). “A new carcharodontosaurian theropod dinosaur occupies apex predator niche in the early Late Cretaceous of Uzbekistan”. Royal Society Open Science 8 (9): Article ID 210923. doi:10.1098/rsos.210923. https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.210923.  
  6. ^ Hans-Dieter Sues; Alexander Averianov ; Brooks B. Britt (2022). “A giant dromaeosaurid theropod from the Upper Cretaceous (Turonian) Bissekty Formation of Uzbekistan and the status of Ulughbegsaurus uzbekistanensis” (english). Geological Magazine,. doi:10.1017/S0016756822000954. https://www.cambridge.org/core/journals/geological-magazine/article/abs/giant-dromaeosaurid-theropod-from-the-upper-cretaceous-turonian-bissekty-formation-of-uzbekistan-and-the-status-of-ulughbegsaurus-uzbekistanensis/4543ABAB1EC19C84405EDF66A5F53124 2022年12月23日閲覧。. 
  7. ^ 土屋健リアルサイズ古生物図鑑 中生代編』技術評論社、2019年8月3日、147頁。ISBN 978-4-297-10656-0