シスター・ロゼッタ・サープ

シスター・ロゼッタ・サープ英語: Sister Rosetta Thrarpe1915年3月20日[1]-1973年10月5日[1])はアメリカ歌手ソングライターギタリスト193040年代にかけてゴスペルと、ジャズブルースなど大衆音楽をかけ合わせた演奏で人気を博した。スピリチュアルな歌詞をリズミカルな伴奏にのせた演奏が特徴的で、宗教と世俗的な境界をまたいで演奏活動を続け、スピリチュアル音楽をメインストリームへと押し上げた。女性のギタリストが稀な時代に天才プレイヤーとして称賛を集め、そのスタイルはロックンロールの先駆けとして、リトル・リチャードジョニー・キャッシュチャック・ベリーエルビス・プレスリージェリー・リー・ルイスなど、ロックンロールを代表するアーティスト達にも大きな影響を与えた[2][3][4]。ゴスペル、リズム&ブルース、ロックンロールを通じて最初の偉大なスターであり、「ロックンロールの母」「ソウルシスターの元祖」と称される[5][6][7][8]

シスター・ロゼッタ・サープ
Sister Rosetta Tharpe
Sister Rosetta Tharpe performing at Cafe Zanzibar.jpg
シスター・ロゼッタ・サープのカフェ・ザンジバルでのパフォーマンス
基本情報
出生名 Rosetta Nubin または Rosether Atkins
生誕 1915年3月20日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・アーカンソー州
死没 (1973-10-05) 1973年10月5日(58歳没)
ジャンル ゴスペルジャズブルースロックンロールR&B
職業 ミュージシャン
担当楽器 ヴォーカル、ギター
活動期間 1919–1973
レーベル Decca など

ギター技巧における開拓者でもあり、いち早くエレクトリック・ギターを取り入れ、ヘビー・ディストーションなど画期的な技巧を披露。1964年5月7日に、マディ・ウォーターズらとのヨーロッパ・ツアーで行ったマンチェスターでのライブには、エリック・クラプトンジェフ・ベックキース・リチャーズなど後に伝説的なギタリストとなる人々が、その演奏を聴くために駆けつけている[9]

1944年ラッキー・ミリンダー英語版楽団とともにリリースした楽曲「ダウン・バイ・ザ・リバーサイド」は、2004年米国議会図書館全米録音資料登録簿英語版に登録されている[10]。同年に録音した「ストレンジ・シングス・ハプニング・エブリデイ英語版」は、1945年4月にビルボードのレイス・ミュージック(後にR&Bと改名)部門で2位に輝いた[5][11]。ゴスペル分野で初めてビルボードで上位ランクインしたアルバムとなり、サープの時代を先取りした演奏により最初のロックンロール・レコードとも言われている[3]2017年12月13日には、ロックンロール黎明期に大きく貢献した人物として『ロックンロールの殿堂』入りを果たす[12][13]2011年にはイギリスのBBCフォーが1時間のドキュメンタリー番組『シスター・ロゼッタ・サープ: ロックンロールの母(英語: Sister Rosetta Tharpe: The Godmother of Rock & Roll)』を制作[14]。同作は2013年にアメリカの公共放送サービス(PBS)でアメリカン・マスターズ・シリーズの一部として放映された[15]

幼少期と初期のキャリア編集

1915年3月20日アーカンソー州の町コットン・プラント英語版で、ロゼッタ・ヌビン(英語: Rosetta Nubin)として生まれる。父親のウィリス・アトキンス(英語: Willis Atkins)と母親のケイティ・ベル・ヌビン(英語: Katie Bell Nubin)はともに綿花労働者だった(研究者のボブ・イーグルとエリック・ルブランによるとサープの出生名はRosether Atkins またはAtkinsonとされ、母親の名前はKatie Harperとなっている)[16] 。父親についての情報は少ないが、歌手だったとされる。母親は歌手、マンドリン演奏者であり、教会の女子慈善奉仕団員として活動していた。母親のケイティが活動していたCOGIC英語版派は、黒人司祭チャールズ・ハリソン・メイソン英語版が創設した宗派で、賛美のために音楽的、ダンス的な表現をすることが奨励され、女性が歌い、指導することも認められていた。ケイティのサポートのもと、サープも4歳から歌ってギターを演奏し、天才と称賛された[5][17]

6歳の頃にはサープは母親とともに宣教のための旅に加わり演奏するようになる。歌い、ギターを奏でる彼女は奇跡と呼ばれ、説教やゴスペルの一部として演奏をし、アメリカ南部を旅した。[17]1920年代半ばにはシカゴに移住し、教会でコンサートをしたり、機会があれば国内を旅して教会で演奏した。黒人女性のギター奏者が少ない当時にあって、サープは輝かしい名声を手に入れた[18]1934年、19歳の時にCOGIC派の宣教師であり、彼女の巡業に伴っていたトーマス・サープ(英語: Thomas Thorpe)と結婚。婚姻関係は長く続かず1938年には夫と別れ、母親とともにニューヨークへ移住。その後、結婚を繰り返すも彼の姓をとり、シスター・ロゼッタ・サープの名で生涯演奏をした。[17]

黄金期のキャリア編集

1938年10月、レコード会社のデッカから、ラッキー・ミリンダー楽団の伴奏でサープは初のレコーディングをした[19]。デッカによる初のゴスペル曲として録音された4曲「ロック・ミー(英語: Rock Me)」「ザッツ・オール英語版」「マイ・マン・アンド・アイ(英語: My Man and I)」「ロンサム・ロード英語版」は瞬時にヒットとなり、サープの名声を確立し、商業的に成功した最初のゴスペル・アーティストとなった[17]。「ロック・ミー」はエルビス・プレスリーやリトル・リチャード、ジェリー・リー・ルイスなどロックンロールのスター達にも影響を与えている。ロックンロールという言葉を生み出したとされるアメリカの著名な批評家モーリー・オロデンカーはサープの「ロック・ミー」について「ロックンロールで、スピリチュアルな歌唱」とレコード評を記しており[20]、この時にロックンロールという言葉が初めて公式に使われたとする説もある。

1938年10月にはキャブ・キャロウェイとともにNYハーレムにあるコットン・クラブに出演。また同年12月にはカーネギーホールで開催されたジョン・ハモンド主催の『スピリチュアル・トゥ・スウィング』コンサートに出演し、さらなる名声を獲得した。

スピリチュアルな歌詞を大衆音楽的な演奏で表現する彼女のスタイルは敬虔な教会の信者達を驚かせ、時に激怒させ批判の的となる。ナイト・クラブでブルースやジャズのミュージシャン、肌もあらわなダンサーとともにゴスペルを演奏するのは前代未聞のことであり、一部のゴスペル、キリスト教コミュニティから敬遠されるようにもなった[17]。サープ自身は本格的なゴスペル演奏も望んでいたものの、ミリンダー楽団と7年にわたる契約をしていたため、大衆向けの演奏が優先された。一方でディキシー・ハミングバーズ英語版ジョーダネアーズ英語版などの男性ゴスペル・グループとも共演したり、ツアーを行っている[4]

サープが教会信者やゴスペル・コミュニティの怒りを買った背景には、元来ゴスペルはオルガン演奏のもと歌われるものであり、ギターという楽器が俗世的なものとして敵視されていたことなどもあげられる。当時はギターの技巧は男性らしさの象徴とされ、女性がギター演奏をすることに眉をひそめる人々も少なくなかった。サープはアポロ劇場でのギター・バトルをはじめさまざまなステージでまわりの男性ギタリストを圧倒する技巧を見せ、たびたび「男のような」演奏と皮肉まじりに称賛された[21]

1944年にデッカのハウス・ミュージシャンでありブギウギのピアニスト、サミー・プライス英語版と録音した「ストレンジ・シングス・ハプニング・エブリデイ英語版」では、類を見ないギター・テクニック、ウィットに富んだ歌詞やラップを思わせる歌唱法などロックンロールの原点となるような演奏を披露。このアルバムを最初のロックンロール・レコードとする人々もいる。サープは第2次世界大戦中も演奏を続け、戦意高揚のため国外の軍隊に配られたV-ディスク英語版にも彼女の楽曲は収録された。V-ディスクに収録されたゴスペル・アーティストはたったの2名で、サープはそのうちの一人であった[5]

1946年、マヘリア・ジャクソンがニューヨークで行ったコンサートでマリー・ナイト英語版の演奏に出会い、ナイトの才能を感じ取ったサープは2週間後には彼女をツアーに誘い出した。サープとナイトは数年にわたってゴスペル・ツアーを行い、「アップ・アバーブ・マイ・ヘッド英語版」「ゴスペル・トレイン」などのヒット曲も生み出した[22]。サープとナイトの間には恋愛関係があるとのゴシップも流され[23]、サープの自伝となる『エッセンシャル・バイオグラフィー シャウト・シスター・シャウト!(英語: Shout Sister Shout!)』の著者であり歴史家のガイル・ワルド英語版によると、マリー・ナイトとの関係は公然の秘密だったとされ、サープがクイアレズビアンまたはバイセクシュアル)であったことが指摘されている。

1949年に入ると彼らの人気は急速に衰えはじめる。マヘリア・ジャクソンがサープに代わって人気を博すようになり、一方でナイトはポップ・ミュージックでのソロ活動を望むようになった。この時期、ナイトは火事により子どもと母親を失うという悲劇に見舞われている[24]。同年サープはリッチモンドに構えた自邸の1周年を記念して、現在はアルトリア劇場英語版として知られる建物でコンサートを開催。このコンサートでバック・ボーカルとして採用したのが後にロゼッテズ(英語: The Rosettes)と改名するトワイライト・シンガーズ(英語: Twilight Singers)である。1951年には25000人もの参列者のもと、彼女のマネージャーだったラッセル・モリソン(英語: Russell Morrison)と結婚した。これは彼女の3度めの結婚となった。結婚式はワシントンのグリフィス・スタジアムで行われ、サープの演奏も披露された。

1956年にはゴスペル・グループのハーモナイジング・フォー英語版とアルバム『ゴスペル・トレイン英語版』を作る。1957年には英国のトロンボーン奏者クリス・バーバー英語版と1ヶ月に及ぶイギリス・ツアーを行った。1964年には、マディ・ウォーターズオーティス・スパンらとともにフォーク・ブルース&ゴスペル・キャラバン・ツアーの一環としてヨーロッパ・ツアーに参加。キャラバン・ツアーは、ニューポート・ジャズ・フェスティバルの創設者としても知られるジョージ・ウェインの後援を受け、プロデューサーのジョー・ボイド英語版によって運営されたツアーで[25]、マンチェスターにある廃駅のプラットフォームで開催されたコンサートでは雨の中、感電の危険をものともせずエレクトリック・ギターをとり、カズン・ジョー英語版のピアノ演奏とともにステージにあがり「ディドゥント・イット・レイン英語版」を演奏した[26]。その時の様子はイギリスのグラナダ・テレビ英語版によって全国放映され、「あのステージを見て、エレクトリック・ギターを手にしたイギリスの若者は多い」と後にボブ・ディランが語っている[27]

晩年と死編集

1970年に脳卒中となり、演奏の機会は著しく減った。その後、糖尿病との合併症により、片足を切断することとなった[28]1973年10月9日フィラデルフィアにて、予定されていたレコーディングの前夜に脳卒中の再発により死亡。フィラデルフィアのノースウッド墓地英語版に埋葬された[29][30]

音楽的影響編集

サープのギター演奏スタイルはメロディを主に展開するアーバン・ブルース、民族音楽、スウィングのビートを混ぜ合わせたもので、ロックンロールの先駆けとなった[17][31]

リトル・リチャードは、彼女のストンプし、シャウトするゴスペル・スタイルが子どもの頃のお気に入りだったと話している。1947年のメイコン・シティ・オーディトリアムで彼女の前座として演奏していたリトル・リチャードの歌を聴いたサープは自分のステージにリチャードを招きいれ共演している。これはリトル・リチャードにとって、教会以外で初めての公衆の前で演奏する機会となった。終演後サープはリチャーズに出演料を支払い、この経験がリチャーズがプロを志すきっかけになったという[32]

1940年代にエレクトリック・ギターを使って収録された「ザッツ・オール英語版」はチャック・ベリーエルビス・プレスリーに影響を与えたとされている[17]。サープを敬愛するチャック・ベリーは「自分は、キャリアを通じてずっと彼女の真似をしていただけ」と発言したことが伝えられている。エルビス・プレスリーと共演したジョーダネアーズ英語版のメンバーは「エルビスは彼女の大ファンだった。とくに類をみないギターのピッキングに魅了されていた」と話している[27]ジョニー・キャッシュは『ロックンロールの殿堂』入りをする際に、サープは子どもの頃の憧れだったと話している。キャッシュの娘であるロザンヌ・キャッシュ英語版は、ラリー・キングによるインタビューで「シスター・ロゼッタ・サープは父のお気に入りの歌手だった」と話している。

アレサ・フランクリンジェリー・リー・ルイス[3]アイザック・ヘイズはサープの歌唱法やギター演奏、ステージ・パフォーマンスから大きな影響を受けたと話している。ボブ・ディランは自身のラジオ番組で「シスター・ロゼッタ・サープは特別だった。歌い、ギターを弾く伝道師」と絶賛し、カントリー歌手のミランダ・ランバートは自身のコンサートのオープニングにサープの代表作となる「アップ・アバーブ・マイ・ヘッド英語版」の音楽クリップを使っている[27]。イギリスのジャズ、ブルース・シンガーのジョージ・メリー英語版もサープを高く評価しており、ティナ・ターナーは若い頃に影響を受けた人物として、マヘリア・ジャクソンとともにサープの名をあげている[33]カーペンターズのドラム・フィルにもサープの影響が見られ、ロックやブルース、ジャズの世界だけでなく、ミートローフニール・セダカカレン・カーペンターといったさまざまなジャンルのミュージシャンがサープのリズミカルでエネルギッシュな演奏にに影響を受けたとしている。

2018年には歌手のフランク・ターナーが「シスター・ロゼッタ」と題した楽曲を作曲、演奏し、サープがいかにロックンロールに貢献したかを伝えている。このシングル盤は2019年7月に発売されている[34]

受賞歴編集

1998年7月にはアメリカの郵便局がサープの偉業を称えて32セント記念切手を発行。[35]2007年にはブルースの殿堂入りを果たす。2008年には彼女の記念墓碑のための基金が立ち上げられ、ペンシルバニアでは1月11日はシスター・ロゼッタ・サープの日とされた[36]。墓石は同年のちに建てられ[37]フィラデルフィア近郊のヨークタウンにあるサープの生家にはサープの名を記した記念碑が設置されることとなった[37]

『シスター・ロゼッタ・サープ: ロックンロールの母(英語: Sister Rosetta Tharpe: The Godmother of Rock & Roll)』を制作[14]。同作は2013年にアメリカの公共放送サービス(PBS)でアメリカン・マスターズ・シリーズの一部として放映された[15][38]。同作はイギリスとアメリカで繰り返し放映され、2015年のサープ生誕100周年にも放映されている。2015年3月20日にはイギリスのガーディアン紙がリチャード・ウィリアム(英語: Richard Williams)によるサープ生誕100年の記念記事を掲載[39]2016年にはサープとマリー・ナイトの関係をもとにしたミュージカル『マリーとロゼッタ』がNYアトランティック・シアター・カンパニー英語版で上映されている。

2017年10月5日、サープは翌年のロックンロールの殿堂リストにノミネートされ、同年12月にロックンロール黎明期への貢献を称えて殿堂入りが決まった[40]

リトル・リチャードチャック・ベリー、またエルビス・プレスリーなどロックンロールを代表する才能に多大な影響を与えてきたにも関わらず、ロックンロールの殿堂入りが2017年まで認められなかったことをはじめ、サープの音楽や才能が過小評価されてきた背景には、黒人であり女性、そしてクイアであったことが少なからず関係しているとの指摘がある。

ディスコグラフィー編集

  • Gospel Songs (Decca, 1947)
  • Blessed Assurance (Decca, 1951)
  • Gospel Train (Mercury, 1956)
  • The Gospel Truth (Mercury, 1959)
  • Sister Rosetta Tharpe (MGM, 1960)
  • Spirituals in Rhythm (Promenade, 1960)
  • Sister on Tour (Verve, 1961)
  • The Gospel Truth (Verve, 1962)
  • Precious Memories (Savoy, 1968)
  • Gospel Keepsakes (MCA, 1983)
  • Live in 1960 (Southland, 1991)
  • Live at the Hot Club de France (BMG/Milan, 1991)

ほか、1961年までの演奏を収録したボックスセットがフランスのレーベル Frémeaux & Associés より発売されている。

ビルボードランキング編集

米国ビルボード、R&B部門

Year Single 順位
US
R&B
[11]
1945 "Strange Things Happening Every Day" 2
1948 "Precious Memories" 13
"Up Above My Head, I Hear Music in the Air" 6
1949 "Silent Night (Christmas Hymn)" 6


脚注編集

  1. ^ a b Pennsylvania Center for the Book”. pabook.libraries.psu.edu. 2020年9月27日閲覧。
  2. ^ Sister Rosetta Tharpe”. Rock & Roll Hall of Fame. 2019年8月11日閲覧。
  3. ^ a b c Sister Rosetta Tharpe got rock rolling long before Elvis”. PopMatters (2007年2月26日). 2019年8月11日閲覧。
  4. ^ a b The Godmother of Rock & Roll: Sister Rosetta Tharpe”. BBC Four (2011年5月24日). 2015年3月23日閲覧。
  5. ^ a b c d Sister Rosetta Tharpe”. AllMusic. 2019年8月11日閲覧。
  6. ^ Sister Rosetta Tharpe (1915–1973)”. Encyclopedia of Arkansas. 2019年8月11日閲覧。
  7. ^ Godmother of Rock and Roll | Sister Rosetta Tharpe”. PBS. 2019年8月11日閲覧。
  8. ^ Wald, Gayle. Shout, Sister, Shout! p. vii.
  9. ^ Muddy Waters and Sister Rosetta Tharpe's 'mind-blowing' station show”. BBC.com (2014年5月7日). 2017年12月8日閲覧。
  10. ^ Wald, Gayle. ““Down by the Riverside”-- Sister Rosetta Tharpe with Lucky Millinder and His Orchestra (1944)”. Library of Congress. 2020年12月9日閲覧。
  11. ^ a b Whitburn, Joel (2004). Top R&B/Hip-Hop Singles: 1942–2004. Record Research. p. 440 
  12. ^ Sister Rosetta Tharpe”. Rock & Roll Hall of Fame. 2020年12月9日閲覧。
  13. ^ Bon Jovi respond to Rock and Rock Hall of Fame induction and prospect of classic line-up reunion”. NME. 2020年12月9日閲覧。
  14. ^ a b The Godmother of Rock & Roll: Sister Rosetta Tharpe”. BBC Four. 2020年12月9日閲覧。
  15. ^ a b Sister Rosetta Tharpe | About the Film | American Masters”. PBS (2013年2月22日). 2020年12月9日閲覧。
  16. ^ Eagle, Bob; LeBlanc, Eric S.. Blues: A Regional Experience. Praeger. p. 158. ISBN 978-0313344237 
  17. ^ a b c d e f g Sister Rosetta Tharpe”. Biography.com (2015年). 2015年3月23日閲覧。
  18. ^ Welky, Ali; Keckhaver, Mike (2013). Encyclopedia of Arkansas Music. University of Arkansas Press. p. 202 
  19. ^ Wald, Gayle, Shout, Sister, Shout! p. 42.
  20. ^ Birnbaum, Larry (2013). Before Elvis: The Prehistory of Rock 'n' Roll. Rowman & Littlefield. pp. 20–. ISBN 978-0-8108-8638-4. https://books.google.com/books?id=yJes-jdk5kEC&pg=PA20 2019年8月10日閲覧。 
  21. ^ Wald, Gale (2007), Shout, Sister, Shout!, Beacon Press, pp. 151–55, ISBN 978-0-80700989-5 
  22. ^ Heim, Chris (2007). “Marie Knight: She's Got It!”. Dirty Linen (10): 25–28. 
  23. ^ Fisher, Jessica (2015年7月30日). “Sister Rosetta Tharpe”. Analog revolution. 2017年12月8日閲覧。
  24. ^ Grimes, William. “Marie Knight, Gospel Singer, Is Dead at 89”. NY times. 2017年12月8日閲覧。
  25. ^ Boyd, Joe (2007). White Bicycles: Making Music in the 1960s. Serpent's Tail. p. 36. ISBN 1-85242-910-0. https://archive.org/details/whitebicyclesmak00boyd/page/36 
  26. ^ Rowe, Mike (2007). Booklet in The American Folk Blues Festival: The British Tours 1963–1966 (DVD). Reeling in the Years Productions. Catalogue EAN: (US) 6-02517-20588-8.
  27. ^ a b c Hermes, Will (2017年12月13日). “Why Sister Rosetta Tharpe Belongs in the Rock and Roll Hall of Fame” (英語). Rolling Stone. 2020年9月27日閲覧。
  28. ^ McNeil, W. K. (2005). Encyclopedia of American Gospel Music. Psychology Press. p. 399. ISBN 978-0-415-94179-2. https://books.google.com/books?id=uqT-CJYcqskC&pg=PA399 2015年3月23日閲覧。 
  29. ^ Timeline: The Years of Sister Rosetta Tharpe | American Masters | PBS” (英語). American Masters (2012年12月28日). 2020年9月26日閲覧。
  30. ^ Eagle, Bob L.; LeBlanc, Eric S. (2013). Blues: A Regional Experience. ABC-CLIO. p. 158. https://books.google.com/books?id=6ZNfAQAAQBAJ&pg=PA158#v=onepage&q&f=false 2017年12月15日閲覧。 
  31. ^ Cosby, James A. (2016). Devil's Music Holy Rollers and Hillbillies: How America Gave Birth to Rock and Roll. Jefferson, NC: McFarland & Co., 2016. Print. 2, 7-8, 112-13, 117-19, 138, 179
  32. ^ White, Charles (2003). The Life and Times of Little Richard: The Authorised Biography. Omnibus Press. p. 17.
  33. ^ Bego, Mark (2013). Tina Turner: Break Every Rule. p. 18 
  34. ^ Skinner, Tom (2019年7月3日). “Frank Turner announces new album 'No Man's Land' with first single 'Sister Rosetta' – listen”. NME. 2019年7月5日閲覧。
  35. ^ 2012 Scott Specialized Catalogue of United States Stamps and Covers, no. 3219.
  36. ^ Pennsylvania Governor Rendell Proclaims Sister Rosetta Tharpe Day on January 11, 2008 to Honor the Gospel Music Legend”. webwire.com (2008年1月2日). 2015年3月23日閲覧。
  37. ^ a b Merz, Bob (2008年12月16日). “Sister Rosetta's Stone: Gospel Music Legend Memorialized after 35 Years”. shoutsistershout.net. 2015年3月23日閲覧。
  38. ^ American Masters (2013 season) – Sister Rosetta Tharpe: The Godmother of Rock & Roll”. WNET TV. 2013年2月24日閲覧。
  39. ^ Sister Rosetta Tharpe: the godmother of rock'n'roll”. The Guardian. 2015年3月21日閲覧。
  40. ^ Andy Greene (2017年12月13日). “Nina Simone, Bon Jovi, Dire Straits Lead Rock and Roll Hall of Fame 2018 Class”. Rolling Stone. 2017年12月13日閲覧。

参考文献編集

外部リンク編集