ブルース

音楽のジャンル

ブルースBlues、英語発音・[blú:z][1][注釈 1])は、米国深南部アフリカ系アメリカ人の間から発生した音楽の1ジャンルである。19世紀後半ごろに米国深南部で黒人霊歌フィールドハラー (農作業の際の叫び声)や、ワーク・ソング(労働歌)などから発展したものといわれている。ジャズが楽器による演奏が主体なのに対して、ギター伴奏に用いた歌が主役である[2]アコースティック・ギターの弾き語りを基本としたデルタ・ブルース[3]カントリー・ブルース[4]エレクトリック・ギターを使用したバンド形式に発展したシカゴ・ブルース[5]など多様に展開している。

ブルース
様式的起源 アフリカ系アメリカ人によるフォークミュージック
ゴスペル (音楽)
労働歌
スピリチュアル・ミュージック英語版
文化的起源 19世紀後半のアメリカ合衆国南部
使用楽器 ギターピアノハーモニカベースギタードラムサックスボーカルトランペットトロンボーン
派生ジャンル カントリー・ミュージックジャズR&Bソウル・ミュージックロックンロール
サブジャンル
ブギウギクラシック・フィメール・ブルースカントリー・ブルースデルタ・ブルースエレクトリック・ブルースファイフ・アンド・ドラム・ブルースジャンプ・ブルースピアノ・ブルース
融合ジャンル
ブルースロックジャズ・ブルースパンク・ブルースソウル・ブルース
地域的なスタイル
ブリティッシュ・ブルースカナディアン・ブルースシカゴ・ブルースデトロイト・ブルースイーストコースト・ブルースカンザスシティー・ブルースルイジアナ・ブルースメンフィス・ブルースニューオーリンズ・ブルースピードモント・ブルースセントルイス・ブルーススワンプ・ブルーステキサス・ブルースウェストコースト・ブルース
関連項目
音楽家一覧英語版音階英語版ジャグ・バンド起源英語版
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概要 編集

 
ベッシー・スミス 1936年2月
カール・ヴァン・ヴェクテン撮影

悲しみ・憂鬱の感情は英語では「ブルーblue)」の色でたとえられることに由来している。[6]ブルースは悲しみ・憂鬱の他に「恋の喜び、セクシャルな内容、時事問題、白人社会や人種差別への反発」など、喜怒哀楽、あらゆる感情を表現している。ジョン・リー・フッカーは「ブルース・メイクス・ミー・ハッピー」と語っていた。後にラップが「黒人のCNN」と呼ばれたことを、先取りした音楽との見方もできる。20世紀以降のポピュラー音楽に幅広く影響を与え、ジャズロックンロールのルーツのひとつとしても知られている。1900年代にも白人がブルースを楽譜化した例があり、また1912年のフィドル奏者ハート・ワンドによる「ダラス・ブルース」は、ブルースをコピーした楽譜が著作権保護された初期の例とされている[7][8]

ブルースは自由な音楽表現だが、ルールも多い。ブルースの基本的な構成として、12小節形式(ブルース形式)で綴られる場合が多い。12小節形式の基本はA・A・Bの形式をとる。つまり、4小節の同じ歌詞を2度繰り返し、最後の4小節で締めの歌詞を歌う。これがワンコーラスとなる。 ブルース形式(12小節形式)のコード進行

I I または IV I I
IV IV I I
V IV または V I I または V

これらのローマ数字は、コード度数を表している。これが例えばキーがC(ハ長調)だとすると以下の通りとなる。

C C または F C C
F F C C
G F または G C C または G

歌詞は、身近な出来事、感情を表現したものが多い。日常の幸せなことや憂鬱なこと(blues)を12小節に乗せて歌う。アメリカ南部の黒人は楽器を手に入れることもたいへんだった。初期のブルースやジャズの音楽家は、白人の捨てた楽器を拾って演奏したという逸話も残っている。初期のブルースはアコースティック・ギターの弾き語りによるものが多かった。

ブルースは基本、ブルー・ノート・スケールと呼ばれているスケール(音階)で演奏された。ブルー・ノート・スケールはメジャー・スケール(長音階)にブルー・ノートと呼ばれる短3度(移動ドレミの♭ミ)、短7度(移動ドレミの♭シ)を加えた音階である。当時の西洋学理上では短3度、短7度ともマイナー(短調)固有の音であり、通常はメジャー(長調)では使用されなかった。また、マイナー(短調)固有の音ではないが、短5度(移動ドレミの♭ソ)も準ブルー・ノートと呼ばれブルースでは多用されている。[9][10]
ブルースのシャッフルまたはウォーキング・ベース・ギターは、反復によりグルーヴを生み出す。ブルースの特徴であるシャッフルは、スウィング・ジャズ、ブギウギ、R&B、ソウル、ロックンロール、ロカビリーなどで使用された。また、ブラインド・ブレイクブラインド・ボーイ・フラーは、フィンガー・ピッキングの名手としても知られた[11]

歴史 編集

 
W.C.ハンディの"St. Louis Blues"の譜面 (1914)

19世紀後半ごろに米国深南部黒人霊歌、フィールドハラー(労働歌)などから発展したものと言われている[12]

1903年ミシシッピ州デルタ地帯を旅行中だった黒人中産階級のW・C・ハンディ英語版が、同州タトワイラーで黒人によるブルースの生演奏に遭遇した。この後、彼は楽曲を楽譜にして発表し、ブルースは世間に知られることになった。だが、ハンディはブルースを楽譜におこしただけであり、ブルースの父とすることには批判が多い。この年をブルースの生誕の年とする見方もあり、2003年はブルース生誕100年を記念してアメリカ合衆国議会により、「ブルースの年」と宣言された[13]

1920年メイミー・スミスがオーケー・レーベルに初レコーディング。これがブルースのレコーディングとしては初と言われている。彼女の"Crazy Blues"は、初年度75,000枚を売り上げるヒットを記録した[14]。また現在、知名度の高い戦前のブルース・シンガーはロバート・ジョンソン[15]だが、当時はチャーリー・パットンの方が、黒人の間での人気が高かった。

戦前のアメリカにおいて、ブルースは米国深南部からセントルイスシカゴニューヨークなどへ北上し、各地でスタイルを変えながら発展した。元々ギターの弾き語り中心であったが、都市部に展開するにつれ、ピアノとギターのデュオ形式、バンド形式など、より都会的な洗練された形式へと変わって行った。都市部で展開されたブルースのスタイルをシティ・ブルースという。代表的なミュージシャンは、リロイ・カーなど。しかし都会にあこがれる反面、故郷への想いが強く詩に影響を与えている歌が多い。[14]

シカゴでは、1950年ごろからエレクトリックのバンドによるブルースが登場した。デルタ・ブルースを基調とした泥臭いサウンドで、戦前のシティ・ブルースとは一線を画すものであった。このサウンドはシカゴ・ブルースと呼ばれるようになった。その代表格となるのが、マディ・ウォーターズである。ロックンロールの巨匠、チャック・ベリーもこの頃のブルースに大きく影響を受け、後のロックバンドにも受け継がれているといえる。[16]

1950年代前半にはメンフィスからデビューしていたB.B.キングモダン・ブルースを確立。 モダンブルースは、よりダウンホームなデルタ・ブルースシカゴ・ブルースより、テキサス・ブルース及びジャンプ・ブルース等に影響された管楽器を含む洗練されたバンド・サウンドを基調とし、エレキ・ギターによるダイナミックなチョーキングを核にしたスクイーズ・ギターとゴスペルの唱法を持ち込んだ歌を特徴とする[17]。 B.B.が切り開いたモダン・ブルースの影響はシカゴにも及び、当時のシカゴの若手ブルースマン達にも影響を与えた。 このモダン・ブルースに影響を受けたシカゴの若手ブルース・マン達(オーティス・ラッシュマジック・サムバディ・ガイ等)の音楽をモダン・シカゴ・ブルースと呼ぶ。[18]

1960年代には、イギリスにアメリカから多くのブルースのレコードが輸入され、同国でブルース・ロックのブームが起きた。その流れの中で、ローリング・ストーンズフリートウッド・マック、クリーム、アニマルズなど、ブルースに影響を受けたバンドが多く登場し、ブルース・ロックが隆盛となった[19]

代表的なブルース・アーティスト 編集

日本のブルース・シーン 編集

日本の歌謡曲の中には、楽譜がブルース形式でなくとも、タイトルに「ブルース」の付く曲が多く存在する(例:「別れのブルース」「昭和ブルース」など)が、メロディ編曲はアメリカの黒人由来のブルースとは異なる。

日本において本来の意味でのブルースの流行の端緒として、1960年代後半から1970年代前半にブルース・ブームが起こったとされる。1971年B.B.キングが初来日を果たす。1973年スリーピー・ジョン・エスティスの「スリーピー・ジョン・エスティスの伝説(The Legend of Sleepy John Estes)」がオリコン・チャートに食い込むヒットとなった。1974年、「第1回ブルース・フェスティバル」開催。同フェスティバルは第3回まで開催され、エスティスを始めロバート・ロックウッド・ジュニア&エイセズオーティス・ラッシュらの来日が実現した。

上記ブームを受け、京都、大阪を中心にウエスト・ロード・ブルース・バンド憂歌団ブレイクダウンなど、ブルース・バンドが登場。日本の独自のブルース・シーンが形成されていく。

日本のブルース・ミュージシャン 編集

ブルース関連書籍 編集

  • ポール・オリヴァー『ブルースの歴史』米口胡=増田悦佐訳、日暮泰文解説、土曜社、2020年
  • ポール・オリヴァー『ブルースと話し込む』日暮泰文訳、土曜社、2016年

ブルース関連映画 編集

脚注 編集

注釈 編集

  1. ^ ピーター・バラカンはブルースについては必ず、ブルー‘’と発音している。

出典 編集

  1. ^ ニュースクール英和辞典 p.124。研究社
  2. ^ https://allabout.co.jp/gm/gc/455201/all/
  3. ^ https://www.allmusic.com/style/delta-blues-ma0000002549
  4. ^ https://www.allmusic.com/subgenre/country-blues-ma0000002533
  5. ^ https://www.allmusic.com/style/chicago-blues-ma0000002504
  6. ^ ベルガミーニ(2000)p.55
  7. ^ Davis, Francis (1995). The History of the Blues. New York: Hyperion.
  8. ^ Partridge, Eric (2002). A Dictionary of Slang and Unconventional English. Routledge. ISBN 978-0-415-29189-7.
  9. ^ 『初心者のためのブルース・ギターハンドブック ISBN 4-401-14143-1/浦田泰宏著/シンコー・ミュージック』p.10,p.11
  10. ^ 『ポピュラー・音楽理論 ISBN 978-4-8456-1148-5/北川裕編著/リットーミュージック』 p.194,p.195
  11. ^ Blind Boy Fuller: His Life, Recording Sessions, and Welfare Records”. Jas Obrecht Music Archive. Jasobrecht.com. 2022年1月2日閲覧。
  12. ^ 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスのルーツ、黒人音楽を知りたい pp.24, 47
  13. ^ 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスのルーツ、黒人音楽を知りたい pp.46, 47
  14. ^ a b 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスのルーツ、黒人音楽を知りたい p.48
  15. ^ https://www.discogs.com/artist/272142-Robert-Johnson
  16. ^ 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスのルーツ、黒人音楽を知りたい pp.48, 49, 54
  17. ^ 『ブルース&ソウル・レコーズ No.34 /ブルース・インターアクションズ』 p.24
  18. ^ 『BLUES GUITAR BOOK /シンコー・ミュージック』 p.59
  19. ^ 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスのルーツ、黒人音楽を知りたい pp.78, 79
  20. ^ 「ブラック・ミュージック」ピーター・バラカン選、p.178、学習研究社
  21. ^ バラカン、p.169
  22. ^ 「ブラック・ミュージック」ピーター・バラカン選、p.161。学研
  23. ^ Koda, Cub. “Slim Harpo – Biography”. AllMusic. 2021年12月8日閲覧。

ビブリオグラフィ 編集

  • 『男の隠れ家』 2011年1月号 ロック&ポップスを産んだ黒人音楽の世界 GOSPEL BLUES SOUL JAZZ 朝日新聞出版 (株)グローバルプラネット pp.46-57:妹尾みえ, 78-79, 18-19, 20-23:ピーター・バラカン, 24-27:鈴木啓志, 58-63:大森一輝, 40-45:原田和典

関連項目 編集

外部リンク 編集