メインメニューを開く

チョウサン日本競走馬。おもな勝ち鞍に2007年毎日王冠がある。馬名は馬主・長山尚義の苗字に由来する。また、本馬の活躍後、馬主長山は冠名として「チョウサン」を使用している。

チョウサン
Chosan 20071125R1.jpg
2007年11月25日 東京競馬場
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2002年2月18日
死没 2008年11月19日(6歳没)
ダンスインザダーク
ステイヤング
母の父 サッカーボーイ
生国 日本の旗 日本北海道平取町
生産 坂東牧場
馬主 長山尚義
調教師 清水利章美浦
競走成績
生涯成績 25戦6勝
獲得賞金 1億6520万3000円
テンプレートを表示

競走戦績編集

デビューから3戦目で勝ち上がり、続く500万下の山桜賞も勝ち連勝する。5戦目で東京優駿(日本ダービー)のトライアル競走である青葉賞に出走。結果は4着で東京優駿の優先出走権を逃すも、このときの勝ち馬ダンツキッチョウと直線で叩き合いを演じ、十分に見せ場を作った。その後、白百合ステークス、ラジオたんぱ賞に出走するも、8着、12着と結果が出なかった。

その後は条件戦に10戦出走。3着以内を逃したのはわずかに2回と堅実な走りを見せ、2007年9月9日のニューマーケットカップを勝ち、再びオープン入りした。

そして、久々に重賞に挑んだ毎日王冠ダイワメジャーコンゴウリキシオーブライトトゥモローなどといった重賞勝ち馬が出走していたため、単勝では8番人気に過ぎなかったが、中団から直線で他の馬をまとめて差し切ってコースレコード1分44秒2で優勝。重賞初勝利となった。その後は第136回天皇賞(秋)に出走。しかし、道中最後方に位置し、直線では追い上げるものの、8着に敗れた。続く第27回ジャパンカップでは逃げの戦法をとり、直線半ばまでしぶとく粘ったものの6着に敗れた。その後第52回有馬記念に出走。ジャパンカップに続いて逃げたが13着に敗れた。

2008年中山記念から始動するが9着だった。その後、ダービー卿チャレンジトロフィーに出走するが15着、続く新潟記念でも14着と大敗し、前年に制した毎日王冠でも9着に敗れた。その後キャピタルステークス出走に向けて調整がされていたが、11月19日に坂路で追いきられた際に右前脚を骨折[1]予後不良の診断が下され安楽死の措置がとられた[1]

血統表編集

チョウサン血統サンデーサイレンス系 / Northern Dancer4×5×5=12.50%) (血統表の出典)

ダンスインザダーク
1993 鹿毛
父の父
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
父の母
*ダンシングキイ
Dancing Key
1983 鹿毛
Nijinsky II Northern Dancer
Flaming Page
Key Partner Key to the Mint
Native Partner

ステイヤング
1997 鹿毛
サッカーボーイ
1985 栃栗毛
*ディクタス Sanctus
Doronic
ダイナサッシュ *ノーザンテースト
*ロイヤルサッシュ
母の母
マイプロフィール
1992 黒鹿毛
*スリルショー Northern Baby
Splendid Girl
*ヴェイルドプロフェット Damascus
Julia B. F-No.5-h

全妹にプジュリ(2003年生、29戦3勝)、ヤングチョウサン(2008年生、6戦0勝)、全弟にミスターチョウサン(2006年、1戦0勝)、サンデーチョウサン(2007年生、14戦0勝(平地9戦0勝、障害5戦0勝))、エヌチョウサン(2009年生)がいる。

脚注編集

  1. ^ a b チョウサン安楽死…追い切りで骨折”. SANSPO.com. 2008年11月20日閲覧。

外部リンク編集