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マツリダゴッホ英語表記:Matsurida Gogh 香港表記:梵高藝展)は日本の元競走馬。おもな勝ち鞍は2007年有馬記念 (GI) 。馬名は冠名のマツリダ+画家ゴッホより。サンデーサイレンス産駒の最終世代であり、産駒最後のGI勝ち馬となっている。

マツリダゴッホ
Matsurida Gogh.jpg
2009年4月5日 阪神競馬場
欧字表記 Matsurida Gogh
香港表記 梵高藝展
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 2003年3月15日(16歳)
登録日 2005年7月7日
抹消日 2010年1月4日
サンデーサイレンス
ペイパーレイン
母の父 Bel Bolide
生国 日本の旗 日本北海道静内町
生産 岡田スタッド
馬主 高橋文枝
調教師 国枝栄美浦北
厩務員 藤井寿雄
競走成績
生涯成績 27戦10勝
内訳
13戦8勝(中山
13戦2勝(中山以外の中央競馬
1戦0勝(日本国外)
獲得賞金 6億5013万9000円
359万1400円(日本国外)
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戦績編集

2005年・2006年編集

2005年8月21日札幌競馬場新馬戦蛯名正義を鞍上にデビュー。2着に7馬身差をつけて勝利したことにより注目される。その勢いで札幌2歳ステークスに向かい、アドマイヤムーンに次ぐ2番人気に推されるが同馬の6着に敗れた。その後5か月の休養に入る。

明けて2006年、復帰戦となる3歳500万下条件戦を勝利すると、東京優駿(日本ダービー)への優先出走権を目指して青葉賞に向かったが、アドマイヤメインの4着と敗戦。東京優駿を諦めオープン特別の白百合ステークスに出走したが、ここでも7着に敗れた。3か月の休養を挟み、8月の札幌競馬で日高特別(1000万下)に出走し3勝目を挙げる。その後はセントライト記念に向かい3番人気に支持されるも第4コーナーで前の馬と接触し落馬競走中止。幸い大事には至らなかった。12月の中山競馬で、冬至ステークス(1600万下)をタイム差無しの2着の後、続くクリスマスカップ(1600万下)に勝利し、オープン入りを果たす。

2007年編集

 
第52回有馬記念、左から3頭目、2007年12月23日、中山競馬場

2007年アメリカジョッキークラブカップから始動。2番人気に支持され、1番人気のインティライミを直線で交わすと、2着に5馬身差をつける勝利で重賞初制覇を達成した。続く日経賞では1番人気に支持され、前走同様、直線で一旦は先頭に立ったものの伸びを欠きネヴァブションの3着に敗れた。

続いての天皇賞(春)では、先行するものの抜け出すことができず11着に敗れ、放牧に出された。放牧後は札幌記念[1]にて復帰。1番人気に推されたものの7着に敗れた。しかし、続くオールカマーでは、冬に制したアメリカジョッキークラブカップと同様に4コーナーで先頭争いに加わり、直線では粘るシルクネクサスを交わしてゴール。重賞2勝目を挙げ、中山巧者ぶりを見せた。10月3日に発表された重賞・オープン特別競走レーティングでは、112ポンドの評価を得た。続いて天皇賞(秋)に出走。しかし、レース本番では苦手な左回りや、他馬にぶつかる不利も響き15着に敗れた。

その後、第1希望で香港カップ、第2希望で香港ヴァーズに予備登録を行っていたが、馬インフルエンザの影響による検疫上の問題から香港への渡航を回避し、出走を見送った。そして得意の中山競馬場で開催される第52回有馬記念への出走を決めた。

有馬記念当日、レース前の人気は9番人気と低かった。稍重馬場となったレースではメイショウサムソンや、ウオッカなどの有力馬が後方に位置するスローペースの展開となり、先頭に立ったチョウサンをマークしながら、終始内側の経済コースを通り、最後の直線に出たところで抜け出した。真ん中から競り掛けるダイワスカーレットを1 1/4馬身差で振り切って初のGI制覇を飾り大波乱を演出した。

2008年編集

 
2008年4月27日 沙田競馬場

当初は2008年1月27日のアメリカジョッキークラブカップ(中山競馬場)から始動すると国枝師は明言したが、オーナーとの協議の結果、出走明言した翌日に出走回避を表明。3月29日にドバイで行われるドバイシーマクラシックか同日の日経賞から始動し、その後4月27日に香港で行われるクイーンエリザベス2世カップに転戦するという海外遠征を含めた出走プランがあることが明らかにされていた。

1月16日に発表された2007年度のワールド・サラブレッド・レースホース・ランキングでは、121ポンドで29位タイとなった。しかし、出走を明言していたドバイシーマクラシックには、1月31日に選出馬となったことが発表されたが、馬インフルエンザ問題に起因する出国前検疫で隔離中の調整が困難なことと、渡航便がシンガポール経由で輸送が長時間となることから馬への影響が懸念され、国枝師と高橋文枝オーナーによる話し合いの結果、遠征を見送ることになった。

その後、今年春の大目標を4月27日香港シャティン競馬場で施行されるクイーンエリザベス2世カップに定め、そのステップレースとして3月29日の日経賞に出走した。レースは前方四番手で逃げるシルクフェイマスを追走、最終第四コーナーでシルクフェイマスを捕らえて先頭に立つと、蛯名正義が手綱を持ったまま楽々と勝利した。

レース後、国枝師は「新潟競馬場検疫厩舎に入り、19日に香港へ出発する」と香港遠征を明言。更に「今年夏の欧州のGIレースに遠征するプランもある。秋の凱旋門賞へ挑戦させることも考えています」とマツリダゴッホの海外遠征計画を発表した[2]。そして4月1日に正式にクイーンエリザベス2世カップへの選出馬となり招待を受諾することが発表された。4月18日チャンピオンズマイルに出走する同じく国枝栄厩舎所属のマイネルシーガルと共に出国したが、台風1号が香港を直撃した影響による輸送機材の成田到着遅延から、当初より4時間23分遅れでの出国となった。通常ならば美浦トレーニングセンターからの出発なのだが、前述同様に馬インフルエンザに起因する検疫上の都合から、出国前検疫地である新潟競馬場から陸上輸送を経ての出発であった。さらに、香港到着後も台風の影響から上空待機となり、着陸も遅延となった。これらの悪条件もあってか馬体は大幅に減り万全でない状態で、4月27日のクイーンエリザベス2世カップに出走。積極的に直線で先頭に立ったが、猛追されて6着に終わった。この結果を受けて今後は国内の競走に専念することになり、凱旋門賞にも登録されなかった。出走には至らなかったが6月12日に第48回宝塚記念ファン投票の最終結果で5位となる3万9107票を獲得したことが発表されている。

約4ヶ月の休養を挟んで札幌記念に出走。4角手前で先頭に立つが、ゴール寸前でタスカータソルテに交わされてクビ差の2着だった。続いて9月28日のオールカマーに出走、59kgという斤量を背負ったレースであったが、直線で先頭に立つとムチを入れられることはなく、最後は蛯名が手綱を持ったままでゴールし、連覇を決めた。

秋の天皇賞は回避し、不得意な左回りが心配されたが11月30日ジャパンカップに出走。前半のスローペースに折り合いを欠き、最後の直線で一度は先頭に立つも、スクリーンヒーローの4着に敗れた。

連覇を狙った有馬記念は、中山で好成績を挙げていることなどからダイワスカーレットに次ぐ2番人気に支持を集めた。しかしレースでは外枠10番からの発走だったことも影響してか今まで通りの先行策をとることができず後方に控える形となってしまい、その上マークされていたスクリーンヒーローに外へ追い出される形で大外を回らされた挙句直線で失速、12着に大敗する結果となってしまった。

2009年編集

武豊騎手との新コンビで4月5日産経大阪杯から始動したが、中間に順調さを欠いたのが響いて7着に敗れた。その後金鯱賞から宝塚記念へのステップを予定していたが、金鯱賞当週の5月27日に行われた追い切り後に鼻出血を発症し、金鯱賞を回避[3]。宝塚記念も断念し、秋競馬まで全休することになった[3]

その後、8月23日の札幌記念にブエナビスタに次ぐ2番人気で出走。レースでは道中後方で待機し、4コーナーで進出するも失速し9着に敗れた。

続く9月27日のオールカマーに出走し、鞍上の横山典弘がスタートからハナを奪うとそのまま最後まで脚色が衰えることなくゴールイン。JRA史上5頭目の同一重賞3連覇を達成した。迎えた天皇賞(秋)では道中3番手でレースを進めるも直線で失速しブービーの17着と大敗した。

11月16日、調教師の国枝栄はマツリダゴッホが有馬記念を最後に現役を引退し、種牡馬入りすることを発表した[4]。繋養先はレックススタッド[5]

現役最後のレースとなった12月27日の有馬記念は向正面で仕掛け、4コーナーで一旦先頭に立つものの直線で失速し7着に終わり、有終の美を飾ることはできなかった。調教師の国枝はこの結果に対して、種牡馬入りの予定を撤回して現役続行することを希望したというが[6]、既に種付け相手となる牝馬が多数集まっていたことなどからオーナーサイドは予定通り引退させることを決め、2010年1月4日付で競走馬登録を抹消された[7]

競走成績編集

年月日 競馬場 競走名


オッズ
(人気)
着順 騎手
距離(馬場) タイム
(上り3F
着差 勝ち馬/(2着馬)
2005 8. 21 札幌 2歳新馬 13 5 7 4.1(3人) 1着 蛯名正義 54 芝1800m(良) 1:52.8 (34.8) -1.1 (サンファイバー)
10. 1 札幌 札幌2歳S GIII 13 7 11 3.6(2人) 6着 蛯名正義 55 芝1800m(良) 1:51.2 (36.3) 0.8 アドマイヤムーン
2006 3. 12 中山 3歳500万下 13 3 3 4.0(2人) 1着 岩田康誠 56 芝1800m(良) 1:50.1 (34.3) -0.1 (フェラーリファイブ)
4. 29 東京 青葉賞 GII 17 1 2 4.5(2人) 4着 蛯名正義 56 芝2400m(良) 2:26.4 (35.5) 1.1 アドマイヤメイン
5. 27 中京 白百合S OP 16 1 2 3.4(2人) 7着 岩田康誠 56 芝1800m(良) 1:48.0 (35.4) 0.4 エムエスワールド
8. 19 札幌 日高特別 13 6 9 2.9(1人) 1着 横山典弘 54 芝2000m(良) 2:01.4 (35.4) -0.2 (エレアシチー)
9. 17 中山 セントライト記念 GII 17 6 11 6.2(3人) 中止 蛯名正義 56 芝2200m(良) 競走中止 トーセンシャナオー
12. 10 中山 冬至S 12 7 9 2.3(1人) 2着 横山典弘 55 芝2000m(良) 2:00.2 (35.4) 0.0 フェイトトリックス
12. 23 中山 クリスマスC 14 5 8 2.7(1人) 1着 横山典弘 56 芝1800m(良) 1:46.9 (35.4) -0.1 (ニホンピロキース)
2007 1. 21 中山 AJCC JpnII 10 5 5 3.2(2人) 1着 横山典弘 56 芝2200m(良) 2:12.8 (35.3) -0.8 (インテレット)
3. 24 中山 日経賞 GII 14 4 5 2.4(1人) 3着 横山典弘 57 芝2500m(良) 2:32.0 (35.9) 0.2 ネヴァブション
4. 29 京都 天皇賞(春) GI 16 1 1 9.6(5人) 11着 横山典弘 58 芝3200m(良) 3:15.1 (35.6) 1.0 メイショウサムソン
9. 2 札幌 札幌記念 JpnII 16 7 13 4.2(1人) 7着 安藤勝己 57 芝2000m(良) 2:00.6 (34.9) 0.5 フサイチパンドラ
9. 23 中山 オールカマー GII 16 3 6 2.3(1人) 1着 蛯名正義 58 芝2200m(良) 2:12.5 (34.8) -0.1 (シルクネクサス)
10. 28 東京 天皇賞(秋) GI 16 8 16 32.4(8人) 15着 蛯名正義 58 芝2000m(稍) 2:00.1 (35.8) 1.7 メイショウサムソン
12. 23 中山 有馬記念 GI 15 2 3 52.3(9人) 1着 蛯名正義 57 芝2500m(稍) 2:33.6 (36.3) -0.2 ダイワスカーレット
2008 3. 29 中山 日経賞 GII 13 6 9 2.3(1人) 1着 蛯名正義 59 芝2500m(良) 2:32.7 (34.6) -0.5 トウショウナイト
4. 27 沙田 QE2世C GI 11 6 2 不明 6着 蛯名正義 57 芝2000m(良) 2:01.4 Archipenko
8. 24 札幌 札幌記念 JpnII 11 4 4 2.3(1人) 2着 蛯名正義 57 芝2000m(良) 1:58.6 (34.9) 0.0 タスカータソルテ
9. 28 中山 オールカマー GII 14 7 11 1.4(1人) 1着 蛯名正義 59 芝2200m(良) 2:12.0 (34.6) -0.3 キングストレイル
11. 30 東京 ジャパンC GI 17 7 13 8.0(5人) 4着 蛯名正義 57 芝2400m(良) 2:25.7 (34.4) 0.2 スクリーンヒーロー
12. 28 中山 有馬記念 GI 14 6 10 4.4(2人) 12着 蛯名正義 57 芝2500m(良) 2:33.1 (37.5) 1.6 ダイワスカーレット
2009 4. 5 阪神 産経大阪杯 GII 12 1 1 6.2(2人) 7着 武豊 58 芝2000m(良) 2:00.4 (35.0) 0.7 ドリームジャーニー
8. 23 札幌 札幌記念 GII 16 7 14 6.9(2人) 9着 横山典弘 57 芝2000m(良) 2:01.3 (35.6) 0.6 ヤマニンキングリー
9. 27 中山 オールカマー GII 15 8 15 4.6(3人) 1着 横山典弘 58 芝2200m(良) 2:11.4 (34.1) -0.3 (ドリームジャーニー)
11. 1 東京 天皇賞(秋) GI 18 7 13 33.2(8人) 17着 蛯名正義 58 芝2200m(良) 1:58.9 (35.3) 1.7 カンパニー
12. 27 中山 有馬記念 GI 16 4 7 9.4(3人) 7着 蛯名正義 57 芝2500m(良) 2:31.9 (37.6) 1.9 ドリームジャーニー

中山競馬場との相性編集

経歴のとおり、重賞勝ち(アメリカジョッキークラブカップ、オールカマー3回、有馬記念、日経賞)はすべて中山競馬場で挙げているほどの中山巧者で、全体でも13戦8勝と高い勝率を誇り、負けたレースも2着1回3着1回、と競走中止となったセントライト記念と5、6歳時の有馬記念を除けばすべて馬券に絡んでいる。その反面、中山競馬場以外では札幌競馬場での2勝があるのみで、特に東京競馬場のような左回りのレースでは不本意な結果(最高で2008年ジャパンカップの4着)となることが多かった。有馬記念勝利後、国枝は「練習すれば左回りも大丈夫」と苦手な左回りの克服に自信を見せたが、最後に冗談のように「他のGIも中山競馬場でやるよう、JRAにお願いしますかね」と答える一幕があった[8]

種牡馬時代編集

初年度は日高管内に繋養された新種牡馬では最多となる128頭との種付けを行い、翌2011年1月24日、生まれ故郷の岡田スタッドにて初産駒の牝馬(母ジョースマイル、母父ホワイトマズル)が誕生した。産駒のデビューは2013年[9]。2013年6月8日、東京競馬場で行われたメイクデビューで1番人気に推されたマイネルギャルソンが優勝し産駒の初勝利を飾った。2014年にウインマーレライがラジオNIKKEI賞を制し、産駒によるJRA重賞初制覇。

主な産駒編集

馬主編集

本馬の馬主岩手県にある高橋重機有限会社で副社長を務める高橋文枝[10](たかはし ふみえ)。中央競馬のほかには岩手競馬に所有馬を置いている[10]。中央競馬における勝負服は桃、黒縦縞、黒袖桃一本輪。冠名は夫の名前に由来する「ハッピー」[10](1999年産以前の馬)、夫の嗜好に由来する「マツリダ」[10](2000年産以降の馬)を使用している。

血統表編集

マツリダゴッホ血統 (血統表の出典)[§ 1]
父系 サンデーサイレンス系ヘイロー系
[§ 2]

*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1986
青鹿毛
父の父
Halo 1969
黒鹿毛
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Cosmah Cosmic Bomb
Almahmoud
父の母
Wishing Well 1975
鹿毛 
Understanding Promised Land
Pretty Ways
Mountain Flower Montparnasse
Edelweiss

*ペイパーレイン
Paper Rain 1991
栗毛
Bel Bolide 1985
栃栗毛
Bold Bidder Bold Ruler
High Bid
Lady Graustark Graustark
Inyala
母の母
*フローラルマジック
Floral Magic 1985
黒鹿毛
Affirmed Exclusive Native
Won't Tell You
Rare Lady Never Bend
Double Agent F-No.18
母系(F-No.) 18号族(FN:18) [§ 3]
5代内の近親交配 Nasrullah5×5 [§ 4]
出典
  1. ^ JBISサーチ マツリダゴッホ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  2. ^ netkeiba.com マツリダゴッホ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  3. ^ JBISサーチ マツリダゴッホ 5代血統表2017年8月29日閲覧。
  4. ^ JBISサーチ マツリダゴッホ 5代血統表2017年8月29日閲覧。

血統背景編集

注釈・出典編集

  1. ^ 馬インフルエンザの影響でレース開催が中止、9月2日に延期された。
  2. ^ マツリダ 有馬再現V! サンケイスポーツ 2008年3月30日閲覧
  3. ^ a b 【回避】ゴッホ鼻出血…金鯱賞も宝塚も“御破算””. スポニチ. 2009年5月29日閲覧。
  4. ^ 【有馬記念1週前】引退ラン!ゴッホ飾るぞ豪快デモ”. スポニチ (2009年12月17日). 2009年12月20日閲覧。
  5. ^ マツリダゴッホの「けい養先」決まる”. スポニチ (2009年12月18日). 2009年12月20日閲覧。
  6. ^ 競馬最強の法則』(KKベストセラーズ)2010年12月号・p.134
  7. ^ マツリダゴッホ号が競走馬登録抹消 - JRA・2010年1月4日
  8. ^ 毎日新聞12月24日記事より
  9. ^ 競走馬のふるさと案内所2月1日記事より
  10. ^ a b c d “グランプリ馬 馬主は県人 有馬記念・マツリダゴッホ優勝 八幡平市の高橋さん大感激 GI「信じられない」” (日本語). 岩手日報 (岩手日報社): p. 25. (2007年12月24日) 

外部リンク編集