ハイメ・ガビラン
ハイメ・ガビラン・マルティネス(Jaime Gavilán Martínez、 1985年5月12日 - )は、スペイン・バレンシア出身の元サッカー選手。ポジションはMF。
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名前 | ||||||
本名 |
ハイメ・ガビラン・マルティネス Jaime Gavilán Martínez | |||||
ラテン文字 | Jaime GAVILAN | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 | スペイン | |||||
生年月日 | 1985年5月12日(39歳) | |||||
出身地 | バレンシア | |||||
身長 | 179cm | |||||
体重 | 72kg | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | MF | |||||
利き足 | 左足 | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
2002-2004 | バレンシアB | 45 | (7) | |||
2004-2008 | バレンシア | 17 | (0) | |||
2004-2005 | → テネリフェ (loan) | 30 | (3) | |||
2005-2006 | → ヘタフェ (loan) | 32 | (4) | |||
2007-2008 | → ヘタフェ (loan) | 16 | (1) | |||
2008-2014 | ヘタフェ | 136 | (6) | |||
2014-2015 | レバンテ | 2 | (0) | |||
2015 | プラタニアス | 8 | (0) | |||
2015 | アトレティコ・デ・コルカタ | 16 | (0) | |||
2016-2017 | 水原 | 23 | (3) | |||
2017-2018 | チェンナイイン | 13 | (0) | |||
2018-2019 | アルコルコン | 8 | (0) | |||
2019-2021 | SSレジェス | 19 | (1) | |||
代表歴 | ||||||
2000-2001 | スペイン U-16 | 10 | (2) | |||
2001-2003 | スペイン U-17 | 21 | (10) | |||
2002-2004 | スペイン U-19 | 7 | (2) | |||
2003-2005 | スペイン U-20 | 13 | (0) | |||
2004-2006 | スペイン U-21 | 10 | (1) | |||
1. 国内リーグ戦に限る。2017年8月22日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
経歴
編集クラブ
編集バレンシアCF
編集地元のCSベニマクレトの下部組織に所属していたが、1995年、10歳の時にバレンシアCFの下部組織に入団し、1997年にインファンティルA、1998年にカデッテA、1999年にフベニールB、2000年にフベニールA、2001年にバレンシアCF・メスタージャと昇格していった。17歳11ヶ月だった2003年4月19日、レアル・バリャドリード戦(0-1)でトップチームデビューして12分間プレーした。その後2年ほどはセグンダ・ディビシオンB(3部)のバレンシアCF・メスタージャでプレーした。2004-05シーズンはセグンダ・ディビシオン(2部)のCDテネリフェに、2005-06シーズンはプリメーラ・ディビシオン(1部)のヘタフェCFにレンタル移籍し、2005-06シーズンはリーグ4位のアシスト[2]を記録して旋風を起こした。2006年夏にも他クラブへのヘタフェCFへのレンタル移籍を打診されたが、これを頑なに拒否してバレンシアCFに復帰すると、左サイドのポジションをビセンテ・ロドリゲスと争った。2006年10月28日のラシン・サンタンデール戦で右膝前十字靭帯を断裂し、6ヶ月もの間戦線離脱した[3]。2007-08シーズンは背番号を11に変更してシーズンに臨んだが、2007年11月にロナルド・クーマン監督が就任すると、ガビランは余剰戦力とみなされ、2008年1月から再びヘタフェCFにレンタル移籍した。2007-08シーズン後半戦は継続して試合に出場し、2008年3月16日のラシン・サンタンデール戦(2-1)で得点した。同シーズンのUEFAカップでは準々決勝に進出し、ガビランは出場した3試合すべてに先発した。2008年2月のUEFAカップ・AEKアテネFC戦で相手選手と競り合った際に顔から地面に落ち、意識を失うという出来事があった。
ヘタフェCF
編集2008年7月15日、ヘタフェCFに完全移籍して4年契約を結んだ[4]。2008-09シーズンはほぼ全試合に出場し、2009年4月12日のセビージャFC戦(1-0)では決勝点を決めた。2009-10シーズンはリーグ戦27試合に出場して無得点に終わったが、UEFAカップ出場権を獲得した。2011年3月6日、スポルティング・ヒホン戦(0-2)の前半終了間際に左膝前十字靭帯を負傷し、2010-11シーズンの残りを棒に振った[5]。
その後
編集2015年6月、FCプラタニアスからアトレティコ・デ・コルカタに加入した[7]。
2016年1月、スペイン国外で3クラブ目となる水原FCに加入した[8]。
2017年8月、チェンナイインFCに移籍した。
代表
編集2000年にU-16スペイン代表に招集されて以来、U-21年代までのすべての世代別スペイン代表に選出された。2001年にはUEFA U-16欧州選手権で優勝し、2002年にはFIFA U-17ワールドカップに出場した。2003年には背番号11を身に着けてFIFA U-20ワールドカップに出場し、全8試合に出場して準優勝に貢献した。2004年にはダビド・シルバ、ラウル・アルビオル、ロベルト・ソルダードなどとともにUEFA U-19欧州選手権に出場し、2得点を挙げて優勝に貢献した。2005年には再び背番号11を背負ってFIFA U-20ワールドカップに出場した。2006年と2007年にはUEFA U-21欧州選手権予選に出場したが、2大会連続で予選敗退に終わった。ヘタフェCFにレンタル移籍していた2006年にはスペインA代表に初選出されたが、試合には出場せず、2006 FIFAワールドカップのメンバーからも外れた。
タイトル
編集クラブ
編集- バレンシアCF
- コパ・デル・レイ 優勝 : 2007-2008
代表
編集- U-16スペイン代表
- UEFA U-16欧州選手権 優勝 : 2001
- U-19スペイン代表
- UEFA U-19欧州選手権 優勝 : 2004
- U-20スペイン代表
- FIFA U-20ワールドカップ 準優勝 : 2003
脚注
編集- ^ “가빌란”. K League. 2023年11月4日閲覧。
- ^ 「2005-06 DATE BOX LIGA ESPAÑOLA」『05-06 ヨーロッパ・リーグ パーフェクト決算号』、ベースボール・マガジン社、2006年、78頁
- ^ Valencia get bad news on Baraja UEFA.com、2007年3月8日
- ^ Getafe get Gavilán from Valencia UEFA.com、2008年7月17日
- ^ Se confirma la rotura del ligamento cruzado de Gavilán Marca、2011年3月8日
- ^ “Levante sign Jamie Gavilan on a one-year deal”. Inside Spanish Football (2014年6月17日). 2016年12月4日閲覧。
- ^ “Atletico de Kolkata confirm the signing of Tiri and Martinez”. Goal.com (2015年6月18日). 2016年12月4日閲覧。
- ^ “Jaime Gavilán jugará en el Suwon surcoreano”. Marca.com (2016年1月25日). 2016年12月4日閲覧。