マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー

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マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」(英語: Maxwell's Silver Hammer)は、ビートルズの楽曲。1969年9月に発売された11作目のイギリス盤公式オリジナル・アルバム『アビイ・ロード』のA面3曲目に収録された。名義はレノン=マッカートニーだが、ポール・マッカートニーによって書かれた楽曲[5]。マッカートニーの演奏によるモーグ・シンセサイザーの軽快な音と金槌の音が特徴だが、歌詞の内容はその軽快な曲調に反して、マックスウェル・エディスン[注釈 1]という医学生がジョウンという変わった女の子[注釈 2]を映画を見に行こうと誘っておいて銀の金槌で撲殺するという所からはじまり、自分が授業を妨害したことを咎めた女性教授と、自分の事件の裁判長も撲殺するという、ビートルズとしては非常に珍しい物騒なもの[2]。歌詞についてマッカートニーは、「人生の落とし穴を象徴する楽曲」と語っている[6][1]

マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
ビートルズ楽曲
収録アルバム アビイ・ロード
英語名 Maxwell's Silver Hammer
リリース 1969年9月26日 (1969-09-26)
録音
ジャンル
時間 3分27秒
レーベル アップル・レコード
作詞者 レノン=マッカートニー
作曲者 レノン=マッカートニー
プロデュース ジョージ・マーティン

アビイ・ロード 収録曲
サムシング
(A-2)
マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー
(A-3)
オー!ダーリン
(A-4)
ミュージックビデオ

本作は、1969年1月より行われたゲット・バック・セッションで1回目のリハーサルが行われ、同年7月から8月にかけてレコーディングが行われた。幾度となくレコーディングを重ねたことにより、ビートルズの他3人はこの楽曲について良く思っておらず、リンゴ・スターは「最悪なセッションだった」と後に語っている[7]

背景編集

1966年1月10日の夜、マッカートニーは車でリヴァプールへ向かう中で、BBCラジオの『ラジオ・タイムズ』を視聴し、アルフレッド・ジャリ作の演劇『寝取られユビュ』に興味を示した。この演劇についてマッカートニーは、「これまで生きてきたなかで、最も面白いラジオ演劇だった。僕にとってはあの時代を代表する重大な出来事のひとつ」と語っている[1]。その後、同じくジャリ作の戯曲『ユビュ王』を感激したマッカートニーは、前衛的な演劇に関心を持つこととなり[1]リンダ・マッカートニーは本作に登場する「パタフィジック」はこの戯曲からの影響としている[8]

1968年初頭、ビートルズのメンバーはインドのリシケーシュを訪れ、マハリシ・マヘーシュ・ヨーギーの瞑想修行に参加。この期間において、『ザ・ビートルズ』に収録された一部の楽曲を含む多数の楽曲の歌詞が書かれ、その中には本作の歌詞も含まれており[9]、本作の冒頭から「Let me take you out the pictures, Jo-o-o-oan(映画に連れて行ってあげるよ。ジョーオーオーウン)」までのくだりが、マッカートニーのノートに記されていた[1]。しかし、同年に行われた『ザ・ビートルズ』のセッション時は、時間の制約により本作は取り扱われなかった。翌年1月にゲット・バック・セッションの一環でトゥイッケナム・スタジオ英語版で行われたリハーサルで初めて採り上げられた。このリハーサル時には、コーラス部分の歌詞が加えられ、ヴァースにも歌詞が加えられていた[1]。その後3日にわたってアレンジの作業が行われた[1][注釈 3]

マッカートニーは、本作の主人公となるマックスウェルの人物像について「とてつもなく学究肌の男で、ストライプのネクタイにブレザーを着たお堅いタイプ」「戯曲を書くのと同じで、その人物について知らなくても、こっちで勝手に作ってしまえばいい」と語っている[1]

レコーディング編集

「マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー」のレコーディングは、1969年7月9日にEMIスタジオで開始されたが、ジョン・レノンは自動車事故で負傷していたため不参加となっており[1]、レノンによれば「僕が事故で伏せっているあいだに、他のメンバーはあの曲をほぼやり終えていた」とのこと[10]

同日にベーシック・トラックが録音され、トラック1にジョージ・ハリスンベース、トラック2にリンゴ・スタードラムス、トラック3にマッカートニーのピアノボーカルが収録された[1]。同日のレコーディングで初めて完奏したのはテイク5だったが[注釈 4]、この時点では3番のヴァースの歌詞が未完成であった[1]。その後、テイク12ではハリー・ニルソンを彷彿させるスキャットがフィーチャーされた[1][注釈 5]

最終テイクとなったテイク21が採用され、ギターのパートが加えられ、マッカートニーのリード・ボーカルは、3番のヴァースのみ歌詞が完成した後にオーバー・ダビングされた[1]。トラック6にコーラス部分で金床を金槌で叩く音とマッカートニーのアコースティック・ギターとコーラス部分のボーカル、追加のピアノのアルペッジョ、ハーモニー[注釈 6]、マッカートニーとハリスンのバッキング・ボーカル[注釈 7]、トラック7にオルガン、トラック8にリード・ボーカルが録音された[1]。なお、楽曲の最後に入っている「Silver hammer man(銀のハンマーの男)」というコーラスは、トラック6に高音部、トラック7に低音部、2つを組み合わせたものがトラック8に収録された[1]

7月10日にステレオ・ミックスが13種類作成されたが、後に楽器を加えることになったため破棄することとなった[1]。なお、1月のリハーサル時はロード・マネージャーのマル・エヴァンズが金床を叩いていたが、7月のレコーディング時は休暇中であったため不参加となっている[1]

8月6日にテイク21の8トラックのリダクション・ミックスを作成し、トラック6の要素がトラック7に録音された要素とひとまとめにされた[1]。その後、テイク27のトラック4から6にマッカートニーが3種類のモーグ・シンセサイザーのフレーズをオーバー・ダビングした[1][11]。当時エンジニアとして携わっていたアラン・パーソンズは、「この曲でのポールは、リボン・コントローラーを駆使して、あたかもヴァイオリンのように演奏していた。そのためにはいちいち音を探る必要があったんだけど、それが出来たのはポールの音楽的な才能の賜物だ」と語っている[1]

なお、1月のリハーサルに多く時間を取られたことが関係したこともあってか、マッカートニー以外の3人は本作に対して否定的に見ている[1]。レノンは「嫌いな曲。覚えているのはレコーディングのことだけ。ポールは僕たちに100万回も演奏させた。ポールはこの曲をシングルとして発表しようと、できる限りのことを尽くしたけど、結局ダメだった。もともと無理な話だったんだ」と、1980年のPLAYBOY誌のインタビューで語っている[12]。ハリスンは「この曲にはかなり時間を費やした」と語り[1]、スターもローリング・ストーン誌で、「最悪なセッションだった[7]」「何週間も延々と続いて、気がくるってしまうかと思った[1]」と語っている[注釈 8]

批評編集

Oz誌で作家のバリー・マイルズ英語版は、「ポールがアメリカン・ロックとイギリスのブラス・バンドの音楽を組み合わせた完璧な楽曲」と評している[13]

サンデー・タイムズデレク・ジュエル英語版は、アルバム『アビイ・ロード』について肯定的な評価をする一方、本作とスター作の「オクトパス・ガーデン」の2作が収録されていることを欠点とし[14]、音楽評論家のロバート・クリストガウは「マッカートニーの気まぐれ」と評価した[15]。また、音楽評論家のイアン・マクドナルド英語版は、幾度となくマッカートニーがレコーディングを重ねたことにより、メンバーに不満が募ったという観点から「ビートルズの解散の原因の一つ」としている[16]

レノンが「ポールのおばあちゃんソング」と評した一方[17]で、本作がシュールレアリスム的な要素を持っていることから、1969年にハリスンは「嫌いな人もいれば、大好きな人もいる。『マックスウェルズ・シルヴァー・ハンマー』は、すぐに覚えて口笛で吹ける曲のひとつだ。楽しい曲ではあるけど、少々悪趣味なところもある。なぜならマックスウェルは次々と人を殺し続けるからね」と語っている[1]

演奏編集

※出典[16][18][10][19]

収録アルバム編集

カバー・バージョン編集

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 「majoring in medicine」に押韻している。
  2. ^ 歌詞には化学実験が趣味と書かれている。
  3. ^ 1970年公開のドキュメンタリー映画『レット・イット・ビー』には、この時の模様が収録されている。
  4. ^ 1996年に発売された『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録された[1]
  5. ^ 2019年に発売された『アビイ・ロード (スーパー・デラックス・エディション)』のCD2の12曲目に収録された[1]
  6. ^ 「do,do,do,do」というフレーズ
  7. ^ 「Maxwell must go free(マックスウェルを解放せよ)」というフレーズ
  8. ^ ただし、7月から8月にかけて行われたレコーディングでは、他の収録曲よりも短い時間で完成している[1]
  9. ^ 2009年に発売された『アビイ・ロード』のリマスター盤の日本盤ライナーノーツには、「コーラスはジョンとジョージ」と記載されている。
  10. ^ ゲット・バック・セッション時のリハーサルでは、マル・エヴァンズが金槌で鉄床を叩いており、映画『レット・イット・ビー』でも確認できる。
  11. ^ 2019年に発売の『アビイ・ロード (スーパー・デラックス・エディション)』に記載のクレジットには、マーティンの名前は記載されていない[1]

出典編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac Abbey Road 2019, p. 7.
  2. ^ a b Mulligan 2010, p. 127.
  3. ^ Unterberger, Richie. Maxwell's Silver Hammer - The Beatles | Song Info - オールミュージック. 2020年8月26日閲覧。
  4. ^ Gould 2008, p. 578.
  5. ^ Sheff 2000, p. 202.
  6. ^ Miles 1997, p. 554.
  7. ^ a b Mendelsohn, John (1969年11月15日). “The Beatles Abbey Road”. Rolling Stone. 2018年11月1日閲覧。
  8. ^ McCartney, Linda (1992). Linda McCartney's Sixties: Portrait of an Era. Bullfinch Press. p. 153. ISBN 978-0821219591 
  9. ^ ハウレット, ケヴィン (2018年). 『ザ・ビートルズ (ホワイト・アルバム)〈スーパー・デラックス・エディション〉』のアルバム・ノーツ, p. 21. アップル・レコード.
  10. ^ a b Lewisohn 1988, p. 179.
  11. ^ Lewisohn 1988.
  12. ^ 『ジョン・レノンPlayboyインタビュー』集英社]、1981年、164頁。ASIN B000J80BKM
  13. ^ Miles, Barry (November 1969). “Abbey Road: The Beatles Come Together”. Oz.  Available at Rock's Backpages (subscription required).
  14. ^ Fricke, David (2003). “Abbey Road: Road to Nowhere”. Mojo Special Limited Edition: 1000 Days of Revolution (The Beatles' Final Years – Jan 1, 1968 to Sept 27, 1970). London: Emap 
  15. ^ Christgau, Robert (1974年). “Rock Theater”. The Village Voice (New York). http://www.robertchristgau.com/xg/music/rocktheater.php 2020年8月26日閲覧。 
  16. ^ a b MacDonald 2005, p. 357.
  17. ^ Emerick & Massey 2006, p. 281.
  18. ^ Babiuk 2002, p. 256.
  19. ^ Margotin, Philippe (2013). All the Songs: The Story Behind Every Beatles Release (Second Revised ed.). New York: Black Dog & Leventhal Publishers. ISBN 978-1-57912-952-1. https://books.google.com/?id=HRYaCgAAQBAJ&pg=PT699&dq=Margotin+Guesdon+All+the+Songs+Maxwell%27s+Silver+Hammer#v=onepage&q=Margotin%20Guesdon%20All%20the%20Songs%20Maxwell's%20Silver%20Hammer&f=false 
  20. ^ Item Display - RPM - Library and Archives Canada”. Collectionscanada.gc.ca. Library and Archives Canada (1972年10月21日). 2018年9月19日閲覧。

参考文献編集

外部リンク編集