メインメニューを開く
生のヤギ肉

ヤギ肉(ヤギにく)は、家畜ヤギである。

目次

用語編集

英語編集

英語で成獣のヤギの肉はchevon(シェボン)、若齢の肉はcapretto(カプリット)、cabrito、またはkidと呼ばれることが多い。英語の "goat" という単語はありふれているため、生産者や流通業者は、フランス語で山羊を表す chèvre(シェーブル) に羊肉のマトン(Mutton)の語尾を付けたchevonという語を好む。米国における市場研究でも、"goat meat" よりも "chevon" という語の方が、より消費者に受け入れられることが示唆されている[1][2]

スペイン語およびポルトガル語由来の "cabrito" という語は、特に若い乳飲みヤギを表すのに用いられる。インドパキスタンネパールスリランカバングラディシュ等のアジアの一部の国では、"mutton"という語で羊肉とヤギ肉の両方を表すことがあるが、この語は、イギリス、米国、オーストラリアやその他の英語圏では、ヒツジ成獣の肉を指す[3][4]

日本語編集

日本の在来種については、15世紀頃に東南アジアから持ち込まれた小型山羊が起源とされる。日本ザーネン種については明治以降に欧米より輸入された。16世紀末の琉球王国や九州では、既に家畜化されていたようである。また、シバヤギは、キリシタン部落と呼ばれた集落で飼われ、隠れキリシタンの貴重な食料源となっていたとされる。

しかし、本土ではヤギ肉を食べることは一般的ではなかったことから、猪肉鹿肉馬肉、および鶏肉に対する 「牡丹」、「紅葉」、「桜」、および「柏」のような異名はない。

日本の一部では、ヤギ肉をシェーブルミートと呼ぶ普及活動がある[2]

料理編集

 
子ヤギのロースト
 
沖縄料理の、ヤギ肉の刺身。フーチバ(ヨモギ)の葉を薬味に用いる

ヤギは、アフリカ、アジア、南/中央アメリカが主な生産地であり、また若干のヨーロッパ料理でも食材として使われている[5]。一方、北アフリカ、中東、インド、インドネシア、ネパール、パキスタン、メキシコカリブハイチ)等では、料理にヤギ肉を用いることで有名である[6]。メキシコのヌエボ・レオン州モンテレイでは、乳飲みヤギの肉Cabritoが非常によく食べられる[7]。これはイタリアでは、caprettoと呼ばれる。

ヤギ肉は、歴史的にはアメリカ、カナダ、北ヨーロッパの料理では一般的でなかったが、他の肉よりもヤギ肉を好むアジアやアフリカからの移民向け等[8]、ニッチな市場では人気が高まっている[9]。2011時点で、アメリカ合衆国内で屠殺されるヤギの数は、ここ30年、10年ごとに倍増し、毎年100万頭近くになっている[10]。過去、西洋におけるヤギ肉の流通はエスニック市場に留まっていたが、特にニューヨークサンフランシスコ等の都市では[6]、現在ではいくつかの高級レストランでも扱われている[5]テキサス州ブレイディーでは、1973年以来毎年、ヤギ肉バーベキューの世界選手権を行っている[11]

ヤギ肉は牛肉と比べ、香りが強く甘味は少ないが[10]ラムよりは若干甘い。シチューカレーグリル、バーベキュー、ミンチ缶詰フライソーセージ等、様々な調理法がある。ジャーキーにする場合もある。沖縄県では、薄くスライスして刺身でも食べられる。インドでは、ビリヤニをヤギ肉で作ると、豊かな味になる。インド系カリブ人の間ではヤギカレーは伝統的な食事である。西ベンガル州では、コシャ・マングショレザーラ等の伝統料理は、去勢ヤギ肉である"Khashi"から作られ、豊かでマイルドな味になり、野性味は少なくなる。インドネシアでは、ヤギ肉はサテ・カンビンとして串焼きにしたり、スプ・カンビングライ・カンビンとしてスープカレーにしたりしてよく食べられる。

ヤギ肉はネパールでもよく食べられ、国で最大の祭であるダサインでは、去勢ヤギ(Khashi-ko-masu)と非去勢ヤギ(Boka-ko-masu)の両方が生贄として捧げられる。胃から作るBhutun、血液から作るRakhti、肝臓と肺から作るKarji-marji、脚(Khutti)のスープ等、全ての可食部を用いた様々な料理が存在する。Sukutiはジャーキーの一種であり、Sekuwaはロースト肉でしばしば酒の肴として食べられる。これらに加え、一部の地域では、モモトゥクパ炒麺等にも用いられる。タス(Taas)は、特にチトワン郡で人気のある揚げたヤギ肉料理である。

カブリトは、メキシコ、ペルー、ブラジルアルゼンチン等のラテンアメリカ各国で食べられる、ゆっくりローストしたヤギ肉である。メキシコ料理では、血液でヤギ肉を煮込んだフリターダやトマトとスパイスのソースで煮込んだカブリト・エントマタードという料理がある。イタリア南部、ギリシア、ポルトガルでは、イースターの祝いにローストしたヤギ肉を食べる(イタリアでは、牛肉の代わりに、ボロネーゼラザニアにヤギのひき肉を用いる)。ポルトガル北部では、クリスマスにもヤギ肉を食べる[6]

アフリカでは、タンザニアチャガ族が祝い事の際に内臓を抜いたヤギを丸焼きにする伝統が数百年も続いているが、結婚式の際には、ヤギよりもウェディングケーキが好まれるようになってきている。

日本においては、南西諸島以外ではあまり馴染みがないが、沖縄県ではヤギは沖縄本島等でヒージャー宮古島ピンザ多良間島ピンダと呼ばれ、郷土料理である沖縄料理に一般的に用いられ、汁物(山羊汁)や刺身(山羊刺し)として食べられる。特に睾丸の刺身は珍重される。沖縄と同様に鹿児島県奄美料理奄美群島奄美大島徳之島喜界島など。)やトカラ列島などでも年越しや祝いの席の御馳走として振る舞われる。喜界島には、ヤギ肉を血液、野菜ともに炒める「からじゅうり(唐料理)」という炒め物がある。

特徴編集

 
ヤギ肉のタジン

ヤギ肉は、野性味が強いと言われるが、生育環境と調理法によってはマイルドな味になりうる[5]。カリブの文化ではより辛味のある成獣のヤギ肉を好むが、他の文化では、6-9か月の子ヤギの肉を好むところもある。リブ、ロイン、テンダーロインは素早く調理するのに適しており、その他の部分はじっくり煮込むのに適している[10]。赤肉に分類されるが、より痩せており、コレステロール脂肪タンパク質ラムや牛肉よりも少なく[12]、牛肉や鶏肉よりもカロリーが少ない[10]。そのため、柔らかさやジューシーさを保つために低温でゆっくり調理する必要がある。

栄養
栄養素 ヤギ肉 鶏肉 牛肉 豚肉 子羊
カロリー 122 162 179 180 175
脂肪 (g) 2,6 6,3 7,9 8,2 8,1
飽和脂肪酸 (g) 0,79 1,7 3 2,9 2,9
タンパク質 (g) 22 25 25 25 24
コレステロール (mg) 63,8 76 73,1 73,1 78,2

生産編集

ヤギはウシと比べて、飼料の消費が少ない。1エーカー(約4000 m2)の牧草地で育てられる肉牛が2匹なのに対し、ヤギは10匹以上を飼育できる。一方で、1匹のヤギから取れる肉の量はウシやブタよりもかなり少なく、40ポンド(約18 kg)程度である。このため、肉の量という観点からは、コストが高い家畜である[10]。なお、小笠原諸島などのように食用としてヒトが外部から持ち込んだヤギによって、島の植生が大打撃を受けたケースもある[13]

消費の歴史編集

 
ヤギ属の生息域分布を示す図。黄土色が家畜ヤギの祖先種であるC. aegagrus

家畜ヤギの肉の消費の歴史は、家畜ヒツジの肉の消費の歴史と同じくらいに古く、ほとんどの考古学者が(2007年時点)、ヤギとヒツジの家畜化が始まったのと同時に、前9千年紀半ば(PPNB前期英語版)に、南東アナトリアタウルス山脈南麓で始まったと考えている[14]。ただし、家畜化が食用肉の取得ではない別の動機、例えば、乳や獣毛の取得にあった場合はこれより遅い可能性はある[14]。ヤギ家畜化の中心地については、タウルス山脈南麓説のほかには、中心地が複数にあり、例えば、家畜ヤギの祖先種である野生のヤギ(Capra aegagrusの生息域であるザグロス山脈西部もそのうちの1つであるとする説もある[14]。しかし、分子生物学的手法に基づく研究でも、在地の Capra aegagrus が分布しているコーカサスですら、タウルス山脈南麓かザグロス山脈西部で家畜化された家畜ヤギが、前8千年紀に人為的に移入されたと想定されている[15]

西アジア各地の遺跡から出土した、古代の人類がゴミとして捨てたヤギの骨の調査に基づくと、ヤギ肉の消費量は、PPNB後期初頭(前7,500~前7,300年頃)までは、家畜ヤギより野生ヤギの方が多かった[14]。それでもヤギの家畜化は進展し、PPNB後期末(前7,000年頃)になると、本来は野生ヤギのいなかった地域にまで、東西は地中海沿岸からザグロス山脈まで、南北はタウルス山脈からネゲヴ地方まで広がる西アジアに広がった[14]

前4世紀ごろの古代ギリシアの医者、ヒポクラテスが著したとされる著作『急性病の摂生法について』には、ヤギ肉がウシ肉よりも「軽く」「消化によい」と書かれている[16]。前1世紀の古代ローマの詩人、ウェルギリウスの『農耕詩』には、ブドウ酒の神(バッコス)に捧げる犠牲について歌った部分があり、ヤギ肉をハシバミの枝の串に刺し、炙り焼き(ロースト)にする調理法が紹介されている[17]

出典編集

  1. ^ Degnera, RL. “Should You Market Chevon, Cabrito or Goat Meat? (PDF)”. The Florida Agricultural Market Research Center, University of Florida. 2019年2月21日閲覧。
  2. ^ a b ヤギ乳はヒトにやさしい ヤギ乳と午乳の比較 (北畜会報 48 : 79-84, 2006 )
  3. ^ “Whose goat is it anyway?”. Hindustan Times. (2012年2月11日). http://www.hindustantimes.com/brunch-stories/whose-goat-is-it-anyway/article1-809563.aspx 2015年5月15日閲覧。 
  4. ^ Mutton/Goat meat dishes”. Indian Food. 2015年5月15日閲覧。
  5. ^ a b c Alford, Henry (2009年3月31日). “How I Learned to Love Goat Meat”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2009/04/01/dining/01goat.html 
  6. ^ a b c Fletcher, Janet (2008年7月30日). “Fresh goat meat finding favor on upscale menus”. San Francisco Chronicle. http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?file=/c/a/2008/07/30/FDNP11R7VE.DTL 
  7. ^ Traditional food of Nuevo Leon”. Gobierno del Estado de Nuevo Leon. 2012年3月16日閲覧。
  8. ^ “New Americans turn to goats to address food demand”. Associated Press. My FOX DC. (2014年4月18日). オリジナルの2014年4月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140420023044/http://www.myfoxdc.com/story/25283086/new-americans-turn-to-goats-to-address-food-demand 2014年4月19日閲覧。 
  9. ^ Severson, Kim (2008年10月14日). “With Goat, a Rancher Breaks Away From the Herd”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2008/10/15/dining/15goat.html 
  10. ^ a b c d e Scarbrough, Mark; Weinstein, Bruce (2011年4月5日). “Goat meat, the final frontier”. The Washington Post. https://articles.washingtonpost.com/2011-04-05/lifestyle/35416024_1_goat-meat-red-meat-pork-and-lamb 2013年4月20日閲覧。 
  11. ^ McSpadden, Wyatt (2011年7月). “Brady... Get Your Goat!”. 2014年7月10日閲覧。
  12. ^ Kunkle, Fredrick; Dwyer, Timothy (2004年11月13日). “Long an Ethnic Delicacy, Goat Goes Mainstream”. The Washington Post. https://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A46519-2004Nov12.html 2010年5月3日閲覧。 
  13. ^ 小笠原の自然
  14. ^ a b c d e マルジャン・マシュクール、ジャン=ドニ・ヴィーニュ、西秋良宏「西アジアにおける動物の家畜化とその発展」『遺丘と女神−メソポタミア原始農村の黎明』西秋良宏、東京大学総合研究博物館、2007年6月。2019年2月24日閲覧。
  15. ^ 古代家畜ヤギのDNA系統を解析 (PDF)”. 名古屋大学. 2019年2月24日閲覧。
  16. ^ Hippocrate (1840). Oeuvres complètes d'Hippocrate: traduction nouvelle avec le texte grec en regard. https://books.google.com/books?id=hXU5u0iiK7sC&pg=PAPA491. 
  17. ^ ウェルギリウス『農耕詩』第2巻354-420行。

関連文献編集