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上道(じょうとう)は、岡山県岡山市東区にある地域である。かつての上道郡上道町(じょうどうちょう)にあたり、現在は岡山市東区役所上道地域センター管内をさす。本項では上道郡上道町についても記す。

上道
じょうとう
日章旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
自治体 岡山市
行政区 東区
旧自治体 上道郡上道町
面積
27.41km²
世帯数
6,706世帯
総人口
16,012
人口密度
584.17人/km²
隣接地区 市内:東区西大寺瀬戸

市外:瀬戸内市
岡山市東区役所上道地域センター
岡山市東区役所上道地域センター
北緯34度41分58.42秒 東経134度3分16.01秒 / 北緯34.6995611度 東経134.0544472度 / 34.6995611; 134.0544472座標: 北緯34度41分58.42秒 東経134度3分16.01秒 / 北緯34.6995611度 東経134.0544472度 / 34.6995611; 134.0544472
所在地 〒709-0611
岡山県岡山市東区楢原466番地
リンク 上道地域センター公式ページ
上道の位置(岡山県内)
上道
上道
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概要編集

岡山市東区を南北に流れる砂川(赤磐市太田池源流)中流域の沖積平野に位置する当地域は浮田・城東台・平島・御休・角山の5つの小学校区で構成される。一帯は岡山バイパス国道250号(旧国道2号)と山陽ICに接続する岡山県道37号西大寺山陽線など、幹線道路が交差する交通の要衝にある。特に平島交差点周辺は地域センターと岡山市立上道中学校があり、大型店やロードサイド店舗も集中する上道町時代からの中心地となっている。

浮田小学校区の草ヶ部地区は「ネオマスカット」発祥の地であり、地域の丘陵地は「愛宕梨」や「ピオーネ」などの果樹栽培が盛んであるが、上道駅付近では駅開業以来、「城東台」をはじめとする住宅団地の造成が盛んに行われてきた。

岡山市と合併後、楢原にある旧町役場に市役所上道支所が置かれ、2009年政令指定都市移行に伴い東区役所上道地域センターとなり、戸籍関係等一般の業務を扱う総務民生課が置かれている。

地域編集

上道地域は岡山市東区役所上道地域センター管内の以下の大字が該当する。

  • 西祖、吉井、一日市、寺山、浅川、矢井、楢原、竹原、内ヶ原、才崎、百枝月、砂場、東平島、西平島、南古都、浦間、上道北方、中尾、沼、草ヶ部、谷尻、城東台東一丁目 - 二丁目、城東台西一丁目 - 三丁目、城東台南一丁目 - 二丁目


歴史編集

上道町
廃止日 1971年5月1日
廃止理由 編入合併
上道町興除村足守町岡山市
現在の自治体 岡山市
廃止時点のデータ
  日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 岡山県
上道郡
団体コード 33381-6
面積 27.01km2
総人口 6,759
(昭和45年国勢調査、1970年
隣接自治体 岡山市
赤磐郡瀬戸町
邑久郡邑久町長船町
上道町役場
所在地 岡山県上道郡上道町楢原
座標 北緯34度41分58.6秒
東経134度3分16.1秒
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地名「上道」は古代には「かみつみち」と呼ばれ、中世以降は「じょうとう」と音読されるようになった。[1] 古来は旧山陽道が地域を縦断し、一日市(ひといち)は名刀「備前長船」で有名な福岡の市瀬戸内市)と吉井川の対岸に位置した宿場町であった。また、戦国時代には沼にあった沼城(亀山城)を岡山城下町を築いた宇喜多氏が一時期居城としており、現在は弁天山と呼ばれている。

上道地域は備前国上道郡那紀郷・日下郷・豆田郷・居都郷に属し、1603年慶長8年)以後池田氏の所領となり明治維新に至った。

1889年明治22年)6月1日町村制施行により、御休村・角山村・平島村・浮田村が発足した。御休村の由来は、明治天皇が巡幸し、一日市(ひといち)でご休息したとされている。浮田村の由来は、宇喜多直家の居城であった亀山城址があることから村名を浮田とした。角山村の由来は、内ケ原東北方に横たわる角山から角山村と名付けた。平島村の由来は、村の中央にあたる両平島から、平島村と名付けた。[2] 戦後、1952年7月に御休・角山・平島の3村で合併気運が高まり、翌1953年に合併し上道町が発足した。町名は上古から上道国と呼ばれた地であり、また上道郡に属していたことから命名された。その後、1955年には地理的、経済的に関係が深かった浮田村を編入した。

1971年5月1日、上道町は岡山市に編入合併され、町制時の21大字のうち北方は上道を冠称した上で他の20大字とともに同市の大字に継承された。

沿革編集

  • 1889年明治22年)6月1日 町村制施行。
    • 西祖村・吉井村・一日市村・寺山村・浅川村・矢井村・楢原村が合併し、上道郡御休村が発足。
    • 竹原村・内ヶ原村・才崎村・百枝月村が合併し、上道郡角山村が発足。
    • 砂場村・東平島村・西平島村・南古都村・浦間村が合併し、上道郡平島村が発足。
    • 北方村・中尾村・沼村・草ヶ部村・谷尻村が合併し、上道郡浮田村が発足。
  • 1934年昭和9年) 新庄山麓に三徳塾開設(現:岡山県立青少年農林文化センター三徳園)。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 平島村・御休村・角山村が合併し、上道町が発足。
  • 1955年(昭和30年)2月11日 浮田村が上道町に編入。
  • 1971年(昭和46年)5月1日 上道町が岡山市に編入。同日上道郡消滅。
  • 1986年(昭和61年)11月1日 上道駅開業。
  • 1999年平成11年)3月24日 岡山バイパスが浅川まで全線開通。
  • 2009年(平成21年)4月1日 岡山市が政令指定都市に移行し、上道の行政区は東区となる。

人口編集

1950年(昭和25年) 7,297人
1955年(昭和30年) 7,096人
1960年(昭和35年) 6,934人
1965年(昭和40年) 6,548人
1970年(昭和45年) 6,759人
総務省統計局 / 国勢調査1970年

施設編集


教育編集

  • 岡山市立浮田小学校
  • 岡山市立城東台小学校
  • 岡山市立平島小学校
  • 岡山市立御休小学校
  • 岡山市立角山小学校
  • 岡山市立上道中学校

交通編集

鉄道路線編集

道路編集

交通量編集

楢原(国道250号)

  • 平成17年度
    • 12時間交通量 9,319台[3]
    • 24時間交通量 11,649台[3]
  • 平成22年度
    • 12時間交通量 10,658台[3]
    • 24時間交通量 13,642台[3]

バス編集

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

上道史跡めぐりサイクリングマップ(上道地区地域振興事業実行委員会)より

参考文献編集

  • 角川日本地名大辞典
  • 岡山市と周辺市町村合併の記録(1971年
  • 上道史跡めぐりサイクリングマップ(上道地区地域振興事業実行委員会)

出典編集

  1. ^ 上道地区地域振興事業実行委員会「史跡のまち上道」
  2. ^ 岡山市役所「上道町史」、1973年、P276
  3. ^ a b c d [1]

関連項目編集

外部リンク編集