中山 沃(なかやま そそぐ、旧姓:蒲原、法名:沃観、1925年大正14年)5月16日 - 2012年平成24年)5月24日)は、日本医師生理学者・医史学者・浄土真宗本願寺派僧侶。学位は、医学博士岡山大学医学部生理学教室生理学第二講座第2代教授、名塩御坊教行寺第15世住職、岡山大学名誉教授、中国吉林省延辺医学院名誉教授(第1号)、日本生理学会名誉会員、日本平滑筋学会名誉会員。

略歴編集

新潟県新潟市西堀通10番町(現 新潟市中央区西堀通10番町)の蒲原浄光寺の住職・蒲原霊英の次男として出生[注 1][注 2]

1943年昭和18年)3月に新潟中学校を卒業、1945年(昭和20年)3月に新潟高等学校を1年繰り上げ卒業、1949年(昭和24年)3月に新潟医科大学を卒業[2][3]

1949年(昭和24年)3月に米子医科大学生理学教室(担任:福原武教授)助手に就任、1951年(昭和26年)4月に鳥取大学医学部生理学教室(担任:福原武教授)助手に就任、1953年(昭和28年)6月に鳥取大学医学部生理学教室生理学第一講座(担任:福原武教授)講師に就任、1954年(昭和29年)7月に医学博士号を取得[4]、11月に鳥取大学医学部生理学教室生理学第二講座(担任:西田勇教授)助教授に就任[5]1957年(昭和32年)1月に岡山大学医学部生理学教室生理学第二講座(担任:福原武教授)助教授に就任、1962年(昭和37年)11月から1964年(昭和39年)5月まで文部省在外研究員として西ドイツゲッティンゲン大学生理学教室に留学[6]1970年(昭和45年)4月に岡山大学医学部生理学教室生理学第二講座第2代教授に就任[7][8]1986年(昭和61年)4月に中国吉林省延辺医学院名誉教授(第1号)の称号を受称、1991年平成3年)3月に岡山大学を定年退官、4月に岡山大学名誉教授の称号を受称、2005年(平成17年)4月に瑞宝中綬章を受章[9]

2012年(平成24年)5月24日午後0時55分に兵庫県宝塚市内の病院で膀胱癌のため死去、同日付で正四位を受位[10]、自身が住職を務めた兵庫県西宮市の名塩御坊教行寺で葬儀が執り行われた[11][12]

呼吸運動に関する研究と消化管運動に関する研究で業績を上げた[12]。また、医学史の研究でも業績を上げた[2]

親族編集

著書編集

共著編集

編著書編集

編書編集

  • 『岡山大学医学部第二生理学教室業績集 8 (1986〜1990)』岡山大学医学部第二生理学教室、1991年。

監修書編集

  • 『和気の医療史 通史編』和気医療史研究会編纂委員会[編]、和気医療史研究会、2003年。
  • 『和気の医療史 資料編』和気医療史研究会編纂委員会[編]、和気医療史研究会、2003年。

論文編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 中山沃の兄の蒲原宏が蒲原浄光寺の生まれである[1]
  2. ^ 中山沃(蒲原沃)は鳥取大学医学部生理学教室の助手の時に兵庫県西宮市の名塩御坊教行寺の第14世住職・中山琇静(ゆうじょう)の婿養子になった。中山沃の母方の祖父は第13世住職・中山尊観である。中山沃の妻の姉は中山沃の兄の蒲原宏の妻である。

出典編集

  1. ^ 蒲原宏句碑|ニイガタカラ.Net - 新潟市
  2. ^ a b 日本生理学雑誌』第74巻第5号、260頁。
  3. ^ 現代 物故者事典 2012〜2014』431頁。『新潟県 人物・人材情報リスト 2021 第1巻』552頁。
  4. ^ 緒方惟準伝 緒方家の人々とその周辺』奥付。
  5. ^ 鳥取大学三十年史』286頁。
  6. ^ 岡山大学医学部百年史』402頁。
  7. ^ 中山名誉教授時代(1970-1991) - 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科システム生理学
  8. ^ 梶谷 教授時代(2000-2005) - 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科システム生理学
  9. ^ 「叙位・叙勲」『官報』号外第97号、5頁、国立印刷局、2005年5月2日。
  10. ^ 「叙位・叙勲」『官報』第5832号、9頁、国立印刷局、2012年6月29日。
  11. ^ おくやみ情報 : 中山沃 (岡山大学名誉教授・生理学) の死亡日,所属・業績など - 訃報新聞
  12. ^ a b 日本生理学雑誌』第74巻第5号、259頁。
  13. ^ 緒方惟準伝 緒方家の人々とその周辺』947頁。
  14. ^ ラ・ラ・ネット|指導者|蒲原 宏 - 新潟県立生涯学習推進センター

参考文献編集

関連文献編集

  • 『中山沃教授退官記念 研究業績目録』中山沃教授退官記念会[編]、中山沃教授退官記念会、1991年。
  • 「支部長・中山沃博士追悼 その生涯と業績の思い出」『医譚』第96号、6632-6637頁、蒲原宏[著]、日本医史学会関西支部、2012年。
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