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概要編集

浮世絵師東洲斎写楽の研究家としても知られるコメディアンのフランキー堺が企画総指揮および脚色(脚色は本名の堺正俊名義)を行った写楽の伝記作品[2]。監督は篠田正浩が務め写楽役は真田広之が担当、フランキーは写楽の絵の版元である蔦屋重三郎役を演じている。

音楽を担当した武満徹は、本作が映画音楽としての遺作となった。公開翌年の1996年に日曜洋画劇場で放送された際、番組最後にテロップで告知された。

真田広之と葉月里緒菜はこの共演で知り合い、不倫関係に発展。最終的に真田が離婚する事態となった。

評論家の淀川長治は作品冒頭で春画を登場させたことを厳しく批判し、見るに堪えない作品と酷評した[要出典]

あらすじ編集

寛政3年(1791年)、舞台を見ていた大道芸人のおかんは稲荷町役者・十郎兵衛が市川團十郎の上るハシゴに足を潰されて血を流しているのを発見。役者として使いものにならなくなった彼を大道芸の道に引き込む。十郎兵衛は「とんぼ」と呼ばれるようになる。おかんたちと一緒に吉原界隈などに現れてはケチな商売をし、歌舞伎小屋に出入りして書割りを描く手伝いをしていた。

山東京伝や喜多川歌麿といった人気浮世絵師を抱える版元の蔦屋重三郎は京伝の描いた洒落本がお上のご禁令に触れ、手鎖50日の刑に服していた。将来に不安を感じた歌麿は蔦屋を見限り、他の版元へ鞍替えする。

蔦屋は起死回生を図ろうと幾五郎や鉄蔵などを使って役者絵に挑戦する。ある日、鉄蔵が名もない男が描いたという絵を蔦屋に届ける。上手ではないが、溢れかえる毒気に魅力を感じた蔦屋は早速その絵の描き主・十郎兵衛を探し出し、役者絵を描くように説得を試みる。こうして謎の絵師・東洲齊写楽(幾五郎「人を真似る楽しみ」という)が誕生し、世間や役者たちに反感を買いながらも一世風靡する。歌麿はこの才能に敏感に反応し、自分の地位を危ぶみ、謎の人物を探し、ようやく十郎兵衛であることを突き止める。

十郎兵衛を見た歌麿はたびたび吉原に姿を現していた大道芸人であったことを思い出し、しかも自分の贔屓(ひいき)の花魁・花里と懇意であったことから嫉妬の炎を燃やす。二人を江戸から追放させようと画策。「世の中は地獄の上の花火かな」と逃げる二人はすぐに追っ手に捕らえられ、十郎兵衛は拷問を受け、花里は薄汚い女郎屋に売られてしまう。寛政9年(1797年)、蔦屋の葬儀の日、立派な行列や見物人の中に歌麿や幾五郎(十返舎一九)、鉄蔵(葛飾北斎)、そして大道芸人に戻った十郎兵衛の姿があった。

キャスト編集

スタッフ編集

受賞など編集

脚注編集

  1. ^ 「1995年邦画作品配給収入」『キネマ旬報1996年平成8年)2月下旬号、キネマ旬報社、1996年、 161頁。
  2. ^ フランキーは『幕末太陽傳』を撮った時、生前の川島雄三監督と東洲斎写楽の映画『寛政太陽傳』を作ろうと約束していた。川島が死亡したため、フランキーは俳優業の傍ら写楽の研究を続け、師とあおぐ川島との約束を果たし、その翌年に死去している。真田広之の足が不自由という設定になっているのは筋萎縮性側索硬化症に冒されていた川島へのオマージュである。

関連項目編集

外部リンク編集