吉田郡

日本の福井県の郡
福井県吉田郡の位置(緑:永平寺町 黄:明治期 薄緑:後に他郡から編入した区域)

吉田郡(よしだぐん)は、福井県越前国)の

人口19,546人、面積94.43km²、人口密度207人/km²。(2017年5月1日、推計人口

以下の1町を含む。

目次

郡域編集

1878年明治11年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。

  • 福井市の一部(概ね福井市街の北半および九頭竜川日野川以東かつ丸山町、北今泉町、河増町、印田町、曽万布町、荒木別所町、殿下町、河水町、大畑町、岡西谷町、次郎丸町、宮地町、花野谷町より北東)
  • 坂井市の一部(春江町江留下各町)
  • 永平寺町の大部分(鳴鹿山鹿を除く)

歴史編集

近世以降の沿革編集

寺前村、新保村、大和田村、北野上村、北野下村[2]、高柳村、経田村、重藤村、町屋村、大願寺村、幾久村、高木村、舟橋村、稲多村、八重巻村、古市村、下森田村、天池村、河合新保村、石盛村、河合寄安村、上野村、上森田村、河合鷲塚村、中角村、勝見村、六日市村、山室村、高屋村、上伏村、里別所村、地蔵堂村、西堀村、三屋村、土橋村、郡村、灯明寺村、舟橋新村、堀宮村、牧野島村、三郎丸村、東今泉村、北今泉村、下中村、上中村、重立村、間山村、原目村、岩野村、京善村、野中村、寺本村、●市野々村[3]、印内村、島村、猪谷村、宮重村、西野中村[4]、小畑村、堅達村、宮地村、大畑村、次郎丸村、西谷村、河水村、奥花谷村、寮村、印田村、上北野村、下北野村、志比堺村、松岡町[5]、中ノ郷村、泉田村、藤島村、林村、玄正島村、吉野境村、法寺岡村、諏訪間村、山村、東古市村、高橋村、谷口村、花谷村、轟村、飯島村、北島村、牧福島村、市右衛門島村、大野島村、清水村、中島村、浅見村、栗住波村、石上村、大月村、竹原村、市荒川村、吉峯村、栃原村、吉波村、上浄法寺村、下浄法寺村、上合月村、下合月村、末政村、兼定島村、渡り村、定正村、坂下村、新田三ヶ村、下吉野村、江留下村、二日市村、海老助村、黒丸村、河増村、上里村、栗森村、八島村、福万村、漆原村、安竹村、丸山村、開発村、殿下村、網戸瀬村、曽万布村、光明寺村、山王村、藤巻村、領家村(旧高旧領取調帳では福井藩領となっているが、幕末に旗本の本多大膳領(初代丸岡藩本多成重の二男本多重看の系譜)、明治維新での旗本領廃止により福井藩御預所、明治3年12月22日1871年2月11日)以降本保県管轄とする資料あり[1])、樋爪村(旧高旧領取調帳では福井藩領となっているが、廃藩置県時に丸岡藩領とする資料あり[1])、堂島村
  • 明治4年
  • 明治初年(1町137村)
    • 河合新保村の一部が分立して南河合新保村となる。
    • 市野々村の一部が分立して荒谷村・門前村となる。門前村は志比村に改称。
    • 奥花谷村が改称して花野谷村となる。
    • 印内村が改称して上吉野村となる。
    • 渡り村が改称して渡新田村となる。
  • 明治6年(1873年1月14日 - 敦賀県の管轄となる。
  • 明治8年(1876年8月21日 - 第2次府県統合により石川県の管轄となる。
  • 明治11年(1878年12月17日 - 郡区町村編制法の石川県での施行により、行政区画としての吉田郡が発足。「足羽吉田郡役所」が足羽郡福井佐佳枝上町に設置され、同郡とともに管轄。
  • 明治14年(1881年2月7日 - 福井県(第2次)の管轄となる。
  • 明治17年(1883年) - 江留下村の所属郡が坂井郡に変更。(1町136村)

町村制以降の沿革編集

 
1.西藤島村 2.河合村 3.森田村 4.中藤島村 5.円山西村 6.円山東村 7.岡保村 8.東藤島村 9.松岡村 10.吉野村 11.五領ヶ島村 12.志比谷村 13.浄法寺村 14.上志比村 15.下志比村(紫:福井市 桃:永平寺町)
  • 明治22年(1889年4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。(15村)
    • 西藤島村 ← 牧野島村、重藤村、福万村、上里村、八島村、堀宮村、三郎丸村、西堀村、三屋村、地蔵堂村、里別所村、海老助村、上伏村、安竹村、土橋村、黒丸村、郡村、足羽郡田原下村、深谷村(現・福井市)
    • 河合村 ← 中角村、網戸瀬村、勝見村、六日市村、高屋村、二日市村、山室村、河合鷲塚村(現・福井市)
    • 森田村 ← 天池村、八重巻村、稲多村、古市村、下森田村、上森田村、石盛村、定正村、上野村、栗森村、河合寄安村、漆原村、河合新保村(現・福井市)
    • 中藤島村 ← 灯明寺村、舟橋新村、舟橋村、高木村、寺前村、高柳村、南河合新保村、新田三ヶ村(現・福井市)
    • 円山西村 ← 経田村、幾久村、町屋村、大願寺村、開発村、新保村、丸山村、足羽郡松本地方(現・福井市)
    • 円山東村 ← 河増村、東今泉村、北今泉村、下中村、足羽郡下四ツ居村、米松村、北四ツ居村、四ツ居渡村(現・福井市)
    • 岡保村 ← 堅達村、坂下村、寮村、殿下村、印田村、曽万布村、河水村、西谷村、大畑村、次郎丸村、宮地村、花野谷村、足羽郡合島村、荒木別所村、荒木村(現・福井市)
    • 東藤島村 ← 原目村、上中村、間山村、重立村、玄正島村、島橋村[6]、中ノ郷村、泉田村、北野上村、北野下村、大和田村、堂島村、藤島村、林村(現・福井市)
    • 松岡村(松岡町が単独村制。現・永平寺町)
    • 吉野村 ← 上吉野村、猪谷村、島村、宮重村、西野中村、小畑村、下吉野村、吉野堺村(現・永平寺町)
    • 五領ヶ島村 ← 渡新田村、末政村、下合月村、上合月村、兼定島村、領家村、樋爪村(現・永平寺町)
    • 志比谷村 ← 山村、諏訪間村、寺本村、京善村、市野々村、荒谷村、志比村(現・永平寺町)
    • 浄法寺村 ← 下浄法寺村、上浄法寺村、岩野村、吉波村、栃原村(現・永平寺町)
    • 上志比村 ← 北島村、野中村、浅見村、牧福島村、市右衛門島村、山王村、大月村、栗住波村、清水村、大野島村、中島村、石上村、竹原村、藤巻村、市荒川村、吉峯村(現・永平寺町)
    • 下志比村 ← 志比堺村、法寺岡村、東古市村、高橋村、谷口村、花谷村、光明寺村、飯島村、轟村(現・永平寺町)
    • 下北野村・上北野村が足羽郡和田村の一部となる。
  • 明治24年(1891年
    • 4月1日 - 郡制を施行。郡役所は仮に旧・足羽吉田郡役所に設置。
    • 5月11日 - 郡役所の仮庁舎が福井市清川上町に設置。
  • 明治27年(1894年4月23日 - 郡役所を円山西村松本地方に設置。
  • 明治39年(1906年) - 岡保村の一部(増谷)が足羽郡酒生村に編入。
  • 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 大正15年(1926年7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 昭和5年(1930年2月11日 - 松岡村が町制施行して松岡町となる。(1町14村)
  • 昭和10年(1935年4月3日 - 森田村が町制施行して森田町となる。(2町13村)
  • 昭和16年(1941年)4月1日 - 円山東村が福井市に編入。(2町12村)
  • 昭和17年(1942年5月5日 - 円山西村が福井市に編入。(2町11村)
  • 昭和23年(1948年6月1日 - 西藤島村の一部(田原下・牧の島)が福井市に編入。
  • 昭和26年(1951年3月30日 - 西藤島村が福井市に編入。(2町10村)
  • 昭和29年(1954年3月31日 - 志比谷村・下志比村・浄法寺村が合併して志比村が発足。(2町8村)
  • 昭和30年(1955年
    • 3月19日 - 中藤島村が福井市に編入。(2町7村)
    • 3月31日 - 松岡町・吉野村・五領ヶ島村が合併し、改めて松岡町が発足。(2町5村)
    • 4月30日 - 志比村の一部(志比堺)が松岡町に編入。
  • 昭和31年(1956年9月30日 - 東藤島村・岡保村が合併して藤岡村が発足。(2町4村)
  • 昭和32年(1957年5月1日 - 河合村が福井市に編入。(2町3村)
  • 昭和35年(1960年)4月1日 - 志比村が坂井郡丸岡町の一部(鳴鹿山鹿の大部分)を編入。
  • 昭和36年(1961年10月1日 - 藤岡村が福井市に編入。(2町2村)
  • 昭和37年(1962年9月1日 - 志比村が町制施行・改称して永平寺町となる。(3町1村)
  • 昭和42年(1967年7月30日 - 森田町が福井市に編入。(2町1村)
  • 平成18年(2006年2月13日 - 松岡町・永平寺町・上志比村が新設合併し、新たな永平寺町が発足[7]。(1町)

変遷表編集

脚注編集

  1. ^ a b c d 以下参照:
    • 国立公文書館所蔵, 『府藩県高帳 中』 (1870年).
    • 福井県編, 「県の管轄廃合」『福井県史 第三冊第三編 県治時代』, 3-46 (1920年).
    • 海道静香, 「越前国の村高と所領の変遷(一)」, 若越郷土研究, 41 (6) 89-97 (1996年).
  2. ^ 「旧高旧領取調帳」には記載なし。
  3. ^ 記載は市野々荒谷村。
  4. ^ 記載は野中村。
  5. ^ 室村・椚村・窪村に分かれて記載。町方(松岡台町・松岡本町・松岡観音町・松岡松原町・松岡極印町・松岡毘沙門町)は無高のため記載なし。明治7年に室村・松岡観音町・松岡松原町が江上町、椚村・窪村が芝原町、松岡台町・松岡毘沙門町が神明町、松岡本町・松岡極印町が本極町に再編されるが、明治13年ごろに元の6町3村が復活した。
  6. ^ 近世から独立村だったが、玄正島村のうちとして扱われた。本項では村数に数えない。
  7. ^ 合併協定項目. 吉田郡三町村合併協議会

参考文献編集

関連文献編集

関連項目編集