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四日市市立博物館(よっかいちしりつはくぶつかん[2]英語: Yokkaichi Municipal Museum)は、三重県四日市市にある公立博物館。四日市市の歴史に関する展示を行っており、プラネタリウムを併設している[3]

Japanese Map symbol (Museum) w.svg 四日市市立博物館
Yokkaichi Municipal Museum
Museum Yokkaichi.jpg
四日市市立博物館
(改修工事前の2013年9月撮影)
四日市市立博物館の位置(三重県内)
四日市市立博物館
四日市市立博物館の位置
施設情報
正式名称 四日市市立博物館
専門分野 総合
事業主体 四日市市
管理運営 四日市市
開館 1993年(平成5年)11月2日[1]
所在地 510-0075
三重県四日市市安島一丁目3番16号 そらんぽ四日市3 - 5階
位置 北緯34度58分4.8秒 東経136度36分56秒 / 北緯34.968000度 東経136.61556度 / 34.968000; 136.61556
アクセス 近鉄四日市駅から徒歩3分
外部リンク 公式サイト
プロジェクト:GLAM
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博物館の概説編集

5階建ての「そらんぽ四日市」は四日市市立博物館・プラネタリウム・四日市公害と環境未来館の3つの施設から成り、四日市市立博物館とプラネタリウムはその3 - 5階部分を占める[4]。四日市公害と環境未来館とは展示が一体化しており、博物館が四日市公害以前の歴史と人々の暮らしについて、環境未来館が四日市公害以後の展示を行っている[3]。総事業費はそらんぽ四日市全体で646,773千円である[5]

常設展示室は3階にある[6]。県名「三重」の由来の解説に始まり、久留倍の村、四日の四日市宿四日市湊と、時代を追って実寸で再現した当時の建物やマネキン人形を用いて展示を行っている[3]。この「時空街道」と名付けられた常設展示は、弥生時代から江戸時代までを網羅している[7]。また四日市市出身の作家丹羽文雄ゆかりの品を展示する「丹羽文雄展示室」もある[8]

上述の常設展に加えて年間5回の特別展が開かれる[2]。特別展示室は4階に設置されている[6]

改装前の博物館編集

改装前の四日市市立博物館は、1階を情報コーナー、2・3階を常設展示室、4階を特別展示室とし、5階はプラネタリウムであった[9]。常設展は「伊勢湾(うみ)と鈴鹿山脈(やま)のある四日市の文化と生活環境」をテーマとし、四日市市を含む北勢地域歴史についての展示を行っていた[10]。四日市市平津新町で発掘されたアケボノゾウの骨格復元模型が入り口に置かれていた[10]。展示は6つのテーマに区分され、地質時代から現代まで順に「北勢地域のおいたちと自然環境」、「元始・古代の人々の生活」、「四日市の四日市庭浦の成立」、「東海道伊勢参宮道の賑わい」、「四日市港と近代産業の発展」、「戦災からの復興と都市の創造」となっていた[10][9]。地学資料・考古資料史料だけでなく[10][11]ジオラマを多用した展示が特徴であった[10]

プラネタリウム編集

プラネタリウムは最上階の5階に設置されている[6]。リニューアルに合わせて「GINGA PORT401」と命名され[12][13]宇宙旅行をコンセプトとした内装になっている[14]宇宙航空研究開発機構(JAXA)の協力を得て、宇宙服レプリカ日本の宇宙開発に関する展示も行っている[13]

五藤光学研究所製の映写機「ケイロン401」は世界最多の約1億4千万個の星を投影し[12][13]、そのうち約9,500個は星の色も再現している[12]。この映写機により、6等星まで色を付けることができるようになった[13]。プラネタリウムのドーム直径は18.5m、座席数は144席である[14][15]

プラネタリウムコンサートと題してCDの再生や生演奏を行いながらプラネタリウムを上映するという催しを開館以来続けている[16]

改装前のプラネタリウム編集

改装前のプラネタリウムは座席数150席であり、運営を担当した天文係の職員は6人であった[17]。博物館の5階にあり、天文に関する展示も行っていた[9]。投影可能な星の数は約25,000個で[16]、五藤光学研究所製の導入当時最新鋭のプラネタリウム映写機「ヘリオス」を使用していた[18]。「ヘリオス」はたびたび故障を起こした上、1等星しか着色ができなかった[13]。なお「ヘリオス」は改装後の四日市市立博物館で保存・展示している[13]

歴史編集

四日市市では1984年(昭和57年)頃より、近鉄四日市駅前の三重県立四日市工業高等学校跡地27,000m2の開発を企図し、うち15,000m2に民間公募で松坂屋を核とするアムスクエア四日市都ホテルおよび駐車場とし、残る敷地に「じばさん三重」と「四日市市立博物館」、「四日市市民公園」を一体整備することになった[19]。そして1993年(平成5年)3月に鴻池組ほか3社の共同企業体による施工で建物が竣工し[20]、同年11月2日奈良大学教授水野正好を館長(非常勤)に据えて開館した[1]。総工費は約50億円であった[1]。常設展に加え、「鯨・勇魚・くじら・クジラをめぐる民俗文化史」と題した開館記念特別展を開催し、そのカタログは第6回「美術展カタログ」コンクール・大阪1994の最優秀作品に選ばれた[21]。開館当初の展示物は、実物400点、模造62点、ジオラマ6点、写真170点、映像13点に及んだ[1]が、四日市公害については解説文で軽く触れられた程度で公害の事実は無視される結果となり、公害の被害者らから非難を浴びた[1]。また公害裁判資料の書証を博物館へ払い下げるよう求めた市民運動に対しては、時の四日市市長であった加藤寛嗣がストップをかけたとされ、四日市市史編纂事業で収集された資料の引き受け先として検討された際、「公害資料は古文書に該当しない」として公害関連資料の受け入れを拒否した[22]

1996年(平成8年)には移動天文車「きらら号」を購入し、年間50回程度市内外へ出張し、天体観測会を開催した[23]1998年(平成10年)および1999年(平成11年)時点では金曜日のみ開館時間を20時まで延長しており、延長開館の周知を目的に1998年はミュージアム・コンサートを毎月開催、1999年は「ヒーリングプラネタリウム」と銘打って神山純一作曲した楽曲を流しながらプラネタリウムの上映を実施した[24][25]2002年(平成14年)7月20日には入館者数が100万人に達した[26]2006年(平成18年)12月9日には博物館内に丹羽文雄の応接間を東京都武蔵野市から移設した「丹羽文雄記念室」が完成、公開された[27]

2012年(平成24年)2月21日、3階の天井裏からコンクリートの塊が落下する事故が発生したが、閉館時間中であったためけが人は発生しなかった[20]。翌2月22日から一部を閉鎖して[20]修復作業を実施し、同年3月20日に全面復旧し全館再開となった[28]。そして同年8月20日、博物館・プラネタリウムの改修と一体的に、四日市公害と環境未来館の整備が行われる方針であると朝日新聞が報じた[29]。そうした中、2012年(平成24年)8月30日に入館者数が200万人を突破し、200万人目の小学生に星座早見表などが贈られた[30]

2014年(平成26年)5月12日よりリニューアルのため一時閉館となった[9][31]。リニューアル開館を前に2015年(平成27年)3月19日、関係者向けに内覧会が開催された[3]。そして3月21日に再開館を果たし、同時に環境未来館も開館した[32]。プラネタリウムは8Kに更新され、映写できる星の数は世界一である[7]

2015年(平成27年)10月、環境未来館と博物館、プラネタリウムの3施設の総称が「そらんぽ四日市」に決定したと四日市市が発表した[33]同月29日に再開館後から数えて来館者数が5万人を達成し[34]12月27日にはプラネタリウムの入場者数が5万人を突破した[35]

利用案内編集

  • 開館時間:9時30分 - 17時(入館は16時30分まで)
  • 休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、臨時休館日
  • 入館料:無料(ただしプラネタリウムは有料、企画展は別料金)

交通編集

脚注編集

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  1. ^ a b c d e 「四日市公害にフタ? 来月開館の市立博物館」朝日新聞1993年10月25日付夕刊、名古屋版7ページ
  2. ^ a b c d 四日市市立博物館・四日市公害と環境未来館の観光スポット情報”. 観光三重. 三重県観光連盟. 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  3. ^ a b c d 「四日市公害と環境未来館」内覧会に参加しました”. 国立大学法人三重大学社会連携研究センター四日市フロント (2015年10月15日). 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  4. ^ 古里(2015):50ページ
  5. ^ 四日市公害と環境未来館整備事業”. 地域創造力プラットフォーム. 総務省 (2016年3月25日). 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  6. ^ a b c 第三銀行経済研究所(2015):8ページ
  7. ^ a b c d 四日市公害と環境未来館・四日市市立博物館”. 四日市観光協会. 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  8. ^ 四日市市立博物館がリニューアル”. 博物月報. 2016年4月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月13日閲覧。
  9. ^ a b c d スポット情報 四日市市立博物館”. 近畿日本鉄道. 2016年4月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月13日閲覧。
  10. ^ a b c d e 三重県高等学校日本史研究会 編(2007):36ページ
  11. ^ 関 編(1994):239ページ
  12. ^ a b c 四日市市立博物館リニューアル 公害と環境考える「未来館」開設”. 産経新聞 (2015年3月21日). 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  13. ^ a b c d e f 吉岡雅幸 (2015年3月20日). “【三重】プラネタリウム最先端の機材に 四日市市博物館が21日一新”. 中日新聞. 2016年4月12日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月12日閲覧。
  14. ^ a b 四日市市立博物館 プラネタリウム「ケイロン4O1」(2015年リニューアル)”. コトブキシーティング (2015年6月24日). 2016年4月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月13日閲覧。
  15. ^ 四日市市立博物館プラネタリウム”. PAONavi. PAONavi準備会議. 2015年7月8日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月13日閲覧。
  16. ^ a b 「星舞う夜空彩る音楽 四日市市立博物館 プラネタリウムコンサート」2007年12月4日付朝刊、三重版26ページ
  17. ^ 「四日市市立博物館天文係 夢伝えたい」朝日新聞2001年8月3日付朝刊、三重版21ページ
  18. ^ 吉田力「ヘリオス 五藤光学研究所の新型プラネタリウム 自動軸省かず☆☆☆ ☆☆☆小型化に成功」日経産業新聞1992年12月16日付、14ページ
  19. ^ 四日市市 編(2001):935ページ
  20. ^ a b c 「コンクリ塊落下 四日市市立博物館 天井裏から20kg」朝日新聞2012年2月25日付朝刊、三重版27ページ
  21. ^ "美術展カタログコンクール、最優秀作に「鯨…文化史」"朝日新聞1994年10月15日付夕刊、文化面9ページ
  22. ^ 金子(2011):18 - 21ページ
  23. ^ 小若理恵「きらら号 星空観察お休み トンネルに衝突 望遠鏡を破損」朝日新聞2009年10月24日付朝刊、三重版25ページ
  24. ^ 「金曜の開館延長時にホールコンサート 四日市市立博物館」朝日新聞1998年7月16日付朝刊、三重版
  25. ^ 「星座見ながらいやしの音楽 四日市のプラネタリウム」朝日新聞1999年6月9日付朝刊、三重版
  26. ^ 「目標より早く100万人を達成 四日市市立博物館」朝日新聞2002年7月25日付朝刊、三重版28ページ
  27. ^ 「文豪の応接間 市立博物館に 丹羽文雄記念室が完成 四日市」朝日新聞2006年12月10日付朝刊、三重版31ページ
  28. ^ 「博物館、20日に再開」朝日新聞2012年3月8日付朝刊、三重版29ページ
  29. ^ 「市立博物館内、方針固まる 四日市・公害資料館 常設展示と一体整備 学習スペース確保」朝日新聞2012年8月27日付朝刊、三重版29ページ
  30. ^ 「入館者200万人目 8歳「うれしい」 四日市市立博物館」朝日新聞2012年9月1日付朝刊、三重版27ページ
  31. ^ 三重県博物館協会: “県内博物館・美術館・資料館・水族館大集合 三重の博物館 三重県博物館協会40周年記念”. 三重県博物館協会 (2014年6月28日). 2016年4月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月11日閲覧。
  32. ^ 「四日市公害と環境未来館」「四日市市立博物館」にぜひどうぞ!”. 四日市観光協会. 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  33. ^ 松本宣良 (2015年10月14日). “博物館など施設、総称「そらんぽ」”. 毎日新聞. 2016年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  34. ^ 佐野裕 (2015年10月30日). “四日市公害と環境未来館 来館者、早くも5万人目 四日市市立博物館”. 毎日新聞. 2016年4月10日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  35. ^ 大西里奈「改装後 入場5万人達成 四日市市博物館プラネタリウム」中日新聞2015年12月28日付朝刊、広域10ページ
  36. ^ 四日市公害と環境未来館”. 四日市市立図書館. 2016年4月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月10日閲覧。
  37. ^ 古里(2015):47ページ

参考文献編集

  • 金子淳(2011)"公害展示という沈黙―四日市公害の記憶とその表象をめぐって―"静岡大学生涯学習教育研究.13:13-27.
  • 関秀夫 編『全国ミュージアムガイド』柏美術出版、1994年4月15日、404p. ISBN 4-906443-45-1
  • 古里貴士(2015)"記録から記憶への五〇年 四日市公害と環境未来館・訪問記"月刊社会教育.718:47-53.
  • 三重県高等学校日本史研究会 編『三重県の歴史散歩』歴史散歩24、山川出版社、2007年7月25日、318p. ISBN 978-4-634-24624-9
  • 四日市市 編『四日市市史第十九巻 通史編現代』四日市市、平成13年7月1日、1100p.
  • 『SANGIN report No.40』2015年9月、第三銀行経済研究所、29p.

関連項目編集

外部リンク編集