大海 赫(おおうみ あかし 1931年1月12日 - 男性)は日本の児童文学作家イラストレーターとして挿絵も兼任。人間心理のダークサイドをえぐる作品を書く。

来歴 編集

東京都港区新橋生まれ。生家はファーストホテルヨシカワの正面にあった。3歳でぜんそくをわずらい、学校行事どころか朝礼もなかなか出席できなかった。兄弟も二人は乳児の時、一人は27歳で亡くなっている。食肉加工業者の父と異なる仕事につきたいと考え、将来の夢が小学生の時は漫画家だったが、16歳の時に作家を目指す。早稲田大学第一文学部仏文科ブレーズ・パスカル、大学院ではアンリ・ベルクソンに傾倒する。

卒業後は就職したくなく、神奈川県横浜の下宿先の大家がたまたま書道塾を兼業しており、ふとしたはずみでここを利用して学習塾を営むことになった。教え子たちのリクエストがきっかけで童話を書く事になり、日本童話会で「童話」誌に1966年「くいのこしの話」を発表。次作「あなたのエラサはなんポッチ?」が小学館から評価され、童話執筆に没頭する。当時早大童話会を中心に、斬新な人気作家を多数輩出していた坪田譲治門下は「子供にこびた作品のようで、好きではなかった」と語る。

マイナーな作風で揮作のため「幻の童話作家」と呼ばれ、「賞には縁がない」と語っていたが、2005年に日本児童文芸家協会より児童文化功労賞を受賞。

東京都府中市是政在住後、2008年より茨城県鉾田市に転居。

主な作品 編集

作風 編集

  • 自分の童話の原点は芥川龍之介と「ガリバー旅行記」だと語る。
  • 大半の作品は、文章のみならず挿絵も自ら手がけ、挿絵には切り絵版画も使用する。絵・話とも強力な異形さを放ち、作品が評論される際「トラウマ」の言葉が使われる事が多い。作者公式サイトでも、こうした異形の画を多数鑑賞することができる。以下挿絵について、特筆していないものは大海によるが、『ドコカ』の書体を変えた手紙や、『ベンケーさん』の点描は、妻の代筆も入っているという。
  • 80年代以降は作風がややソフトになっている。

商業誌掲載 編集

書籍刊行(ブッキング以前) 編集

一部の作品では、世界観の全てまたは一部が共通している。▼印はブッキングによる復刻対象作品。復刻版のデザインは初版と極力同じになっているが、初版から復刻までのいきさつを記した帯やあとがきの追加、差別用語の書き換えなどが行われている。

書籍刊行(ブッキング) 編集

大海やよしもとは、初期作品の復刻をあちこちの出版社に働きかけたが、どこでも断られ、大海も状態で作品が書けなくなっていたと言う。だが復刊ドットコムにおいて、かつての読者からリクエストが寄せられ、2004年には最多投票数を集めた事で、ブッキングから復刻や新作の刊行が実現した。ブッキングによる新作は以下の通り。

プライベート 編集

  • 府中市在住時代、多摩センター駅近くで古本屋、続いて「リサイクルショップ魔女」(この表記が正式名称)を開き、この店の前を偶然通りかかった事で、子供のころ読んでいたあの作者の店だと知ったファンも多い。ただし茨城転居時後、他の人物に経営を譲渡している。
  • サイン会はこれまで少なくとも6回行ったとの事。
  • 50歳で洗礼を受けたクリスチャンで、府中市在住時代は八王子の教会に通っていた。教会で自作の紙芝居を披露した事もある。
  • 音楽も趣味で、オカリナ電子楽器を使う。
  • 文章で自己紹介をする際「さあさあ、御用とお急ぎでない方は…」と、講壇調のイントロをよく使う。
  • ソーシャルネットワークシステムmixiには「骨皮筋衛門」のハンドルネームで参加。作品愛好団体「大海 赫の本」コミュニティ(ID:23612)は大海自身が管理し、参加者は2010年現在400名弱に達している。
  • 2006年1月に交通事故に遭遇、足を骨折のため手術した。2009年には白内障による眼内レンズ手術を行う。
  • 家族は妻と犬で、妻とも長年の良好な関係にある。ただし犬は妻の希望で飼っているもので、大海自身は犬が好きでないと語る。

外部リンク 編集