岡崎城西高等学校

愛知県岡崎市にある高等学校

岡崎城西高等学校(おかざきじょうせいこうとうがっこう、英語: Okazaki Johsei High School、略称:岡崎城西)は、愛知県岡崎市中園町川成にある私立高等学校。設置者は学校法人安城学園

岡崎城西高等学校
岡崎城西高等学校
地図
地図北緯34度58分14.62秒 東経137度8分36.69秒 / 北緯34.9707278度 東経137.1435250度 / 34.9707278; 137.1435250座標: 北緯34度58分14.62秒 東経137度8分36.69秒 / 北緯34.9707278度 東経137.1435250度 / 34.9707278; 137.1435250
過去の名称 安城学園女子短期大学附属高等学校岡崎城西分校
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人安城学園
校訓 質実剛健・己に克つ・剛毅闊達(建学の精神)
設立年月日 1962年昭和37年)
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 両方設置
設置学科 普通科
学期 3学期制
学校コード D123310000445 ウィキデータを編集
高校コード 23542D
所在地 444-0942
外部リンク 公式ウェブサイト
ウィキポータル 教育
ウィキプロジェクト 学校
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校舎
付近にある矢作公園(中園町)。野球のグラウンドがある。

以前は男子校であったが、1999年平成11年)度から男女共学となった。

沿革

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  • 1962年昭和37年) - 安城学園女子短期大学附属高等学校の岡崎城西分校として岡崎市明大寺町の仮校舎にて開校。
  • 1963年(昭和38年) - 現在の岡崎市中園町に新校舎を竣工、移転。
  • 1964年(昭和39年) - 岡崎城西高等学校として認可、独立校となる。
  • 1965年(昭和40年)2月 - 第1回卒業証書授与式が行われ卒業生は183名だった。
  • 1970年(昭和45年)9月 - 校歌制定。
  • 1977年(昭和52年) - 西棟完成。
  • 1983年(昭和58年)9月 - 第2運動場 舳越町に完成。
  • 1989年平成元年) - 再開発が始まり、初代校舎が取り壊される。
  • 1991年(平成3年)10月 - 第1次再開発工事竣工披露(1990年(平成2年)に北棟、1991年(平成3年)に中央管理棟・体育館完成)が行われた。
  • 1997年(平成9年)4月 - 学校完全週5日制実施。
  • 1999年(平成11年)4月 - 男女共学校に移行した。
  • 2001年(平成13年)11月 - 第2次再開発工事竣工披露(新北棟・コミュニティ棟・プール完成)が行われた。
  • 2002年(平成14年)10月 - グランドタータン竣工披露。
  • 2011年(平成23年)9月 - 創立50周年記念モニュメント竣工披露が行われた(正門)。
  • 2013年(平成25年) - タータンの張替えが行われた。
  • 2018年(平成30年)7月 - 全普通教室にプロジェクタ設置。

クラス編成

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2006年(平成18年)度の新1年生より、国公立大学向けのクラス編成を大幅に変更した。クラス定員の削減(30人学級)、土曜演習の開始、長期休暇中の演習時間延長などが実施された。

Zコースには、学習とクラブ活動を両立する中で国公立大学や難関私立大学進学を目指すZIと、授業後や土曜日も演習を実施して学習中心で頑張るZIIの2種類がある。ZIIの場合、加入できる部活動(主に運動部)に一部制限が加えられる。

不祥事

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チアリーディング部事故訴訟

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2018年(平成30年)7月、当時1年生だったチアリーディング部の女子部員は、2人の先輩に両足を握られて肩の高さまで持ち上げられた状態から前方宙返りをして飛び降りる大技の練習を体育館でした際、前方のマットに首から落ちた。その結果、脊髄損傷などで下半身不随となった。部の男性顧問は部活に姿を見せることは少なく、外部の女性コーチが技術指導をしていたが、事故時は2人とも不在だった[1]

事故後、城西高校を指導した日本チアリーディング協会東京都新宿区)の担当者は「危険のある競技なので、安全を最優先に考えるよう指導者講習会などでも伝えている。本件のような練習は通常ではあり得ない」と述べた。また、名古屋大学内田良准教授(教育社会学)も「顧問らが見ることが難しければ、危険性の低い練習にすべきだった。極めてずさんな管理のもとで起きた事故」と指摘した[1]。チアリーディング部は事故後、廃部になった[2]

元女子部員は卒業直前の2021年令和3年)2月15日、城西高校を運営する学校法人安城学園を相手取り、将来にわたる介護費など約1億8300万円の損害賠償を求めて名古屋地裁に提訴した[1]。安城学園の担当者は取材に「事故の責任を痛感し、反省している。誠実に対応し、地裁の判定が出れば従う」と述べた[3]。同年4月21日、第1回口頭弁論が開催。学校側は答弁書で、安全配慮義務違反を認める一方、「労働能力の喪失は80%程度とするのが相当」と反論した[4]

2022年(令和4年)9月12日、名古屋地裁で和解が成立。学校側が元女子部員に和解金約1億2800万円を支払うことが決まった[2]

交通アクセス

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愛知学泉大学愛知学泉短期大学に隣接しているため、同校とアクセス方法は同じ。

※ この他、豊田市岡崎市街とを結ぶスクールバスも運行されている。

著名な出身者

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脚注

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  1. ^ a b c 川瀬慎一朗 (2021年4月19日). “「習熟度合わぬ練習で下半身不随」 チア元部員、高校を賠償提訴”. 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20210418/k00/00m/040/183000c 2021年4月19日閲覧。 
  2. ^ a b 岡崎城西高チア部事故訴訟、1億2800万円賠償で和解”. 中日新聞 (2022年9月13日). 2022年9月14日閲覧。
  3. ^ “指導者不在で宙返り、下半身まひに 元チア部員が提訴”. 朝日新聞. (2021年4月19日). https://www.asahi.com/articles/ASP4M5HDBP4MOIPE00H.html 2021年4月22日閲覧。 
  4. ^ “愛知・岡崎のチア練習事故、学校側が責任認める 名古屋地裁口頭弁論”. 中日新聞. (2021年4月21日). https://web.archive.org/web/20210421140143/https://www.chunichi.co.jp/article/240889 2021年4月22日閲覧。 
  5. ^ 市川 華菜”. 日本陸上競技連盟公式サイト. 2021年4月19日閲覧。
  6. ^ 中村 明彦”. 日本陸上競技連盟公式サイト. 2021年4月19日閲覧。
  7. ^ 山本 聖途”. 日本陸上競技連盟公式サイト. 2021年4月19日閲覧。
  8. ^ スタッフ紹介:梶野 智幸”. セレッソ大阪スポーツクラブ. 2021年4月22日閲覧。
  9. ^ 梶野智選手が引退”. コンサデコンサ (1999年12月15日). 2021年4月22日閲覧。
  10. ^ “水戸が中京大DF新里の加入内定を発表”. ゲキサカ. (2013年1月15日). https://web.gekisaka.jp/news/detail/?109945-112728-fl 2021年4月22日閲覧。 
  11. ^ 河合竜児氏 ヘッドコーチ契約締結のお知らせ”. 2011年5月26日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年8月9日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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