寺前秀一

日本の旗 日本の政治家
寺前 秀一
てらまえ しゅういち
生年月日 (1949-05-01) 1949年5月1日(67歳)
出生地 石川県加賀市
出身校 東京大学法学部
前職 気象庁次長
所属政党 無所属

Flag of Kaga Ishikawa.JPG 第2代 加賀市長
当選回数 1回
在任期間 2009年10月30日 - 2013年10月29日
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寺前 秀一(てらまえ しゅういち、1949年5月1日 - )は、日本の観光学者。石川県加賀市の市長を務めた[1]

目次

経歴編集

  • 1949年(昭和24年) 石川県加賀市生まれ
  • 1968年(昭和43年) 東京大学教養学部入学
  • 1972年(昭和47年) 東京大学法学部卒業、運輸省入省
  • 1977年(昭和52年) 運輸省大阪陸運局総務部企画課長
  • 1983年(昭和58年) 運輸省神戸海運監理部運航部長
  • 1985年(昭和60年) 運輸省四国運輸局企画部長
  • 1986年(昭和61年) 運輸省国際運輸観光局政策課国際渉外官
  • 1988年(昭和63年) 日本鉄道建設公団出向(常磐新線担当)
  • 1990年(平成元年) 運輸省航空局監理部経理補給課長
  • 1991年(平成2年) 東日本旅客鉄道株式会社出向
  • 1993年(平成4年) 運輸省大臣官房文書課広報室長
  • 1994年(平成5年) 運輸省海運局海事産業課長
  • 1996年(平成7年) 運輸省運輸政策局貨物流通企画課長
  • 1997年(平成8年) 運輸省中部運輸局次長
  • 1998年(平成10年) 国土庁大臣官房審議官(計画・調整局担当)
  • 2000年(平成12年) 運輸省運輸政策局情報管理部長
  • 2001年(平成13年) 国土交通省総合政策局情報管理部長
  • 2001年 (平成13年) 気象庁次長
  • 2002年(平成14年) 金沢学院大学大学院非常勤講師
  • 2002年 (平成14年) 気象庁退官
  • 2003年(平成15年) 日本観光協会理事長
  • 2005年(平成17年) 日本電気㈱顧問
  • 2006年(平成18年) 高崎経済大学 地域政策学部観光政策学科 教授
  • 2006年(平成18年) ㈱JTB顧問(兼務)
  • 2007年 (平成19年) 立教大学より博士(観光学)取得
  • 2009年(平成21年)10月31日 加賀市長就任(2013年10月30日まで)
  • 2010年(平成22年)金沢星稜大学 客員教授[2]
  • 2014年(平成26年)2月1日 帝京平成大学観光経営学科教授
  • 2014年(平成26年)4月10日 人流・観光研究所長(Head of Human Logistics & Tourism Laboratory)

所属学会等編集

  • 日本観光研究学会会員
  • 日本観光学会会員
  • 人流観光研究所会員(所長)
  • NPO法人ジャパンナウ観光情報協会(理事)
  • NPO法人観光文化研究所(理事)
  • NPO法人イマジン(理事)
  • 一般社団法人光と音環境文化学院(理事)
  •  一般社団法人くらしのリサーチセンター(理事)都市と交通研究会座長
  • Gコンテンツ流通推進協議会委員(副会長)
  • 海事振興連盟学識会員

著書論文編集

単著

  • 『経済構造改革と物流』(白桃書房)
  • 『新世紀交通課題』(㈱ぎょうせい)
  • 『モバイル交通革命』(東京交通新聞社)
  • 『観光政策制度入門』(㈱ぎょうせい) 電子書籍化
  • 『観光政策学』(イプシンロン企画出版)
  • 『ユビキタス時代の人流』(㈱システムオリジン)
  • 『観光・人流政策風土記』
  • 『観光学博士の市長実践記』
  • 『東京オリンピックを迎える学生・社会人のための観光・人流概論』

共著

  • 日本観光研究学会発行観光学全集第9巻『観光政策論』編集者(原書房)
  • 成田頼明、西村康夫等と共著『外国運輸法制』(運輸経済研究センター)
  • 『Gコンテンツ革命時空間情報ビジネス』(翔泳社)

研究活動編集

学位論文のテーマであった「日常と非日常の相対化」もあり、観光ではなくヒトの移動に着目した「人流」概念の提唱活動を行っている。


市政編集

在任当時、観光政策に大きく力を入れていた[3]。 寺前は山代山中片山津といった温泉や加賀大聖寺藩十万石文化を「加賀ブランド」としてイメージされるものとして、各温泉個別ではなく、加賀温泉郷として加賀市ブランド化戦略を推進したいとしていた[4]。 また、あまり周知されていない橋立地区東谷地区の景観の保護と啓蒙活動、『石川=黒瓦の町並み』のイメージとは異なり、加賀市の多くは赤瓦の町並みであることから『かがルージュ』のキャッチフレーズを編み出すなど[5]、新たな加賀市の観光戦略を切り開いた。

北陸新幹線金沢駅敦賀駅間延伸が正式決定した際には、加賀温泉駅が新幹線併設となることで、東京からも関西からも直結され、1割以下という首都圏からの訪問客を増大させる効果を期待した[6]

また寺前は市長選挙において市民主役条例の制定を求めており、これを自らのマニフェストにおいて一番大事な項目と位置付けていた[7]。また市長就任後初の議会である2009年(平成21年)11月臨時会においても、市政運営の基本姿勢として「市民が主役の市政」の実現を挙げた[8]。この条例は市民や市職員も含め2年に亘って検討され、加賀市議会2012年(平成24年)3月定例会において議会議案第1号として提案された[9]。 条例は賛成11名退席10名の全会一致で可決され[10]、同年4月1日より施行された[11]

寺前は2013年10月6日の市長選挙に、「統合新病院を前に進めるかどうか争点は一つ」と統合新病院の是非を争点に再選を目指して立候補した[12]が、再選できなかった。


脚注編集

  1. ^ 加賀市 2009, pp. 2-3.
  2. ^ 金沢星稜大学 2010, 新着情報.
  3. ^ 加賀市役所 2012, ごあいさつ.
  4. ^ トラベルニュース 2011, p. 23.
  5. ^ 北國新聞、2013年3月8日朝刊
  6. ^ 朝日新聞 2012, トラベル.
  7. ^ 加賀市議会 2010, p. 23.
  8. ^ 加賀市議会 2009, p. 15.
  9. ^ 加賀市議会 2012a, p. 247.
  10. ^ 加賀市議会 2012b, 個人別賛否.
  11. ^ 加賀市議会事務局 2012, お知らせ.
  12. ^ 北國新聞 2013, 1票求め東奔西走 加賀市長選、攻防が激化.

出典編集

外部リンク編集


公職
先代:
大幸甚
  加賀市長
第2代:2009 - 2013
次代:
宮元陸