メインメニューを開く

島 善高(しま よしたか、1952年 - )は、日本法制史学者

早稲田大学社会科学総合学術院教授博士(法学)京都大学)。

専門は、法制史基礎法学、日本近代史、皇室史(旧皇室典範)。また、早稲田大学の歴史および、創立者大隈重信に詳しい。

目次

来歴編集

佐賀県出身。1971年、佐賀県立佐賀北高等学校卒業、1976年、早稲田大学法学部卒業、1978年、國學院大學大学院法学研究科修士課程修了、1982年、國學院大學大学院法学研究科単位取得退学。同1982年、日本学術振興会奨励研究員、1983年から1986年まで國學院大學非常勤講師。

國學院大學大学院では、すでに瀧川政次郎が退職した後であり、小林宏に師事。小林の勧めもあって瀧川の自宅に通うようになり、1986年名城大学教職課程部講師として赴任するまでその教えを受ける。

1989年に名城大学助教授、1991年に早稲田大学社会科学部助教授に転任し、1995年から早稲田大学社会科学部教授・大学院社会科学研究科教授、2004年9月から早稲田大学社会科学総合学術院教授。2011年、博士(法学)京都大学、学位論文「律令制から立憲制へ」)。

2012年、総理官邸で行われた「皇室制度に関する有識者ヒアリング」に招かれ、皇室史・明治皇室典範(旧皇室典範)制定過程の研究者として、意見陳述を行った。[1]

大隈重信研究編集

早稲田大学の成り立ちに詳しく、早稲田大学の歴史を、非西洋における近代国家・日本の形成という大きな流れの中に位置づけ、「東西文明の調和」を理念に掲げた早稲田大学の歴史を、近代日本の政治・外交の歩みと重ね、その今日的意義を探る。

創立者大隈重信とは同郷である。大隈が、マスクメロンの味をこよなく愛し、趣味の園芸を生かし、自宅の温室でメロンを育て、品種改良によるメロンの大衆化を試みていたといったエピソードにも詳しい。

2011年、大隈候の90回忌にあわせ、慶應義塾創立者の福澤諭吉との親交や、大隈についての新しい研究成果を反映させた「佐賀偉人伝02『大隈重信』」を上梓した。 書籍版のほか、電子書籍版(PCiPadiPhoneアンドロイド版)も発売され、PC版 iPad版 には、演説の一部が収められており、大隈の「肉声」を聴くことも出来る。

著書編集

単著編集

  • 『近代皇室制度の形成』 成文堂、1994年
  • 『早稲田大学小史』 早稲田大学出版部、2003年
  • 『早稲田大学小史』第2版 早稲田大学出版部、2005年
  • 『早稲田大学小史』第3版 早稲田大学出版部、2008年
  • 『律令制から立憲制へ』 成文堂、2009年

編著・史料編纂編集

  • 『日本立法資料全集 16 明治皇室典範(上)』(共編) 信山社出版、1996年
  • 『日本立法資料全集 17 明治皇室典範(下)』(共編) 信山社出版、1997年
  • 松村謙三 資料編』(共編) 財団法人櫻田会、1999年
  • 『元老院国憲按編纂史料』 国書刊行会、2000年
  • 渡邊廉吉日記』(共編) 行人社、2004年
  • 副島種臣全集 著述篇 1』 慧文社、2004年
  • 『副島種臣全集 著述篇 2』 慧文社、2004年
  • 『副島種臣全集 著述篇 3』 慧文社、2007年

分担執筆編集

その他編集

日本近代史、比較法制史の専門家としてテレビ等でコメントすることがある(日本テレビズームイン!!SUPER」(韓国の恩赦制度の背景について)、NHK教育テレビ『知るを楽しむ・歴史に好奇心』「明治改暦大事件」(明治の改暦について) )。

皇室史の研究者でもあり、女系天皇についての議論が盛んになる以前から、この問題について発言を行っている[2]

脚注編集

  1. ^ 日本経済新聞 『女性宮家の創設に賛否 政府の有識者ヒアリング』 2012年5月21日 21:50
  2. ^ 朝日ニュースター ニュースの深層 『女帝議論のあやうさ』 2005年3月28日放送

外部リンク編集