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平親信
時代 平安時代中期
生誕 天慶9年(946年
死没 寛仁元年6月12日1017年7月8日
官位 従二位参議
主君 村上天皇冷泉天皇円融天皇花山天皇一条天皇三条天皇後一条天皇
氏族 桓武平氏高棟
父母 父:平真材、母:藤原定尚娘
兄弟 季信、親信
源通理娘
重義行義、理義
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平 親信(たいら の ちかのぶ)は、平安時代中期の公卿桓武平氏高棟流、中納言平時望の孫。伊勢守・平真材の次男。官位従二位参議。日記『親信卿記』が残る。

経歴編集

康保4年(967年)に東宮に出仕し、以降官職を歴任。長保3年10月10日(1001年10月28日)、従三位に叙され公卿となる。長保5年11月5日(1003年12月1日)には正三位寛弘4年正月20日(1007年2月10日)には従二位、長和4年10月28日(1015年12月12日)には参議に昇る。

寛仁元年6月10日(1017年7月6日)病の為に出家し、12日に薨去。

人物編集

長徳の変流罪となった藤原伊周が密かに配流先を抜け出して入京していたところ、子息の孝義がこれを密告して叙位に与った。しかし、親信は孝義を厳しく叱責していることから[1]、情誼に厚く筋を通す人物であったとの評がある[2]

藤原行成と交流があり、行成が建てた世尊寺の土地の一部を譲り受けて尊重寺を建立した[3]

系譜編集

  • 父:平真材 - 従四位下伊勢守
  • 母:藤原定尚の娘
  • 妻:源通理の娘
  • 生母不明の子女

脚注編集

  1. ^ a b 『栄花物語』巻5,浦々の別れ
  2. ^ 黒板[1994: 217]
  3. ^ 『世尊寺縁起』

参考文献編集