日本陸軍鉄道連隊一〇〇式鉄道牽引車

一〇〇式鉄道牽引車(ひゃくしきてつどうけんいんしゃ)は日本陸軍鉄道連隊が使用した軌道道路両用の六輪起動自動車である。九八式鉄道牽引車の改良型。

概要編集

1930年代後期から南方作戦向け鉄道牽引車を新たに開発することになり、当時の標準的な軍用トラックである九四式六輪自動貨車を基に設計し直したものである。

ヂーゼル自動車工業(東京自動車工業から1941年に改称。いすゞ自動車の前身)で1942年頃から本格的に生産され、社内名称ではZK20と呼ばれていた。独立した外付けヘッドライトや四角いキャビンなど、全般に無骨な形態のボンネットトラック型車輌であるが、傾斜したフロントグリルの造形は同時代の民生用トラックにも通じる機能美があった。

鉄道の応急運転や野戦鉄道敷設などに使用され、主に軽機関車のかわりに各種軍用貨車を牽引。また、装甲列車の先駆・線路の巡回など、鉄道の保守・警備に活用され、時には、車輪を交換して通常のトラックとしても運用されることもあった。

太平洋戦争後期の本土決戦準備に当たり、運輸通信省が軍より貸与を受け、軍需工場の入換用などで実用化に努め奨用されるとともに、軽列車の運転取り扱いに関する戦時規則が制定された。

戦後、九七式軽貨車数百両とともに国鉄等に委譲され、国鉄・私鉄・工場専用線等にて保線機械や入換動車等として活躍した(どさくさまぎれに手続きもなく移管されてしまった事例もあった模様である)軌道・道路両用の特性を生かし、架線保守車および軌道道路両用モーターカー開発の参考となった。国鉄や一部私鉄では、1960年代頃まで保線用車両として使用されていた事例が複数例確認されている。

メカニズム編集

自動車シャーシをベースに鉄軌道上を走行できる設計とした車両である。軌道上は鉄輪で、道路上では鉄輪外側のハブにタイヤを装着して走行した。各地の鉄道軌間に即応可能で、日本・台湾などの1067mm狭軌、中国大陸朝鮮半島で主流の1435mm標準軌ソ連領内の1524mm広軌に対応したほか、さらに東南アジアに見られた1000mm軌間(メーターゲージ)にも簡易改造により対応可能だった。なお、転路用ジャッキは車両前後に装備してあり、随時・随所の簡便使用が特徴である。

機関空冷直列6気筒排気量7980cc、出力90馬力のディーゼルエンジンである。燃料噴射ポンプは国産化されたボッシュ式であった。空冷を採用したのは、被弾への強さや満州など酷寒地での起動性を重視したためでもあるが、高温多湿な東南アジアでの使用では冷却が追いつかず、ボンネット周りの蓋やルーバーを開け放しにして走行していた例もある。逆に寒冷地ではルーバーをシャットアウト状態にしてオーバークールを抑制できた。

九四式自動貨車同様、ウォームギアで動力を伝達しており、軌道上において九七式軽貨車5両を時速30km~40kmで牽引する能力を有していた。また、変速機のほかに逆転機を持ち、前・後進とも等速度での運転ができた。変速機も九四式自動貨車と同じく、常時噛み合い機構やシンクロナイザーを持たない旧式な選択摺動型で、取り扱いが難しかった。また、道路でのトラックとしては重く操縦しにくいきらいがあったという。

諸元編集

  • 全長 6.10m
  • 全幅 2.44m
  • 全高 2.45m
  • 重量 6.3t
  • 速度 単車時 60km/h、列車牽引時 40km/h
  • 軌道上牽引重量 60t (九七式軽貨車4~6輌)
  • 牽引力 2.5t
  • 回転半径 軌道上 60m、路上 83m
  • 機関出力 連続定格 63HP、最大 90HP
  • 燃料 軽油 23km/l (列車牽引)
  • 転路 転路用ジャッキ使用により約5分

保存車編集

昭和40年頃に東京鉄道管理局から譲渡された車両が埼玉県朝霞駐屯地輸送学校の前庭にレストアの上展示されている。 なお、陸上自衛隊第101建設隊で使用した車両というのは誤りで、同建設隊には旧軍の鉄道牽引車は存在していない。

参考文献編集

ネコ・パブリッシング『Rail Magazine』1992年1月~3月号 No.100~102

関連項目編集

外部リンク編集