メインメニューを開く

日野西家(ひのにしけ)は、名家家格を有する公家藤原北家日野流広橋家支流。家紋は鶴丸。江戸時代家禄は200明治維新後、子爵

日野西家
家紋
鶴丸つるのまる
本姓 藤原北家日野流広橋支流
家祖 日野西資国
種別 公家名家
華族子爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
凡例 / Category:日本の氏族

南北朝時代末期に日野時光の三男、准大臣資国左大臣)によって創設される。盛光資宗と続くが資宗の子、朝光が早世したため中絶した。江戸時代広橋総光の三男・右兵衛佐総盛が日野西を称して再興する。

明治17年(1884年)7月8日、華族令施行により光善子爵に叙せられる。


系図編集

幕末の領地編集

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』によると、幕末期の日野西家領は山城国葛野郡上桂村のうち200石であった。

日野西家が登場する作品編集

関連項目編集

外部リンク編集