東ロボくん
東ロボくん(とうろぼくん)とは、日本の国立情報学研究所(大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構)が中心となって2011年から行われているプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」において研究・開発が進められている人工知能の名称[1][2]。2021年度に東京大学に合格できるだけの能力を身につける事を目標としている[2]。
概要
編集人工知能分野は1960年代に黎明期を迎え、1980年代に入ると細分化の一途を辿っているが、同分野を再統合することにより、新たな地平を開拓するのみならず、後進の育成をも視野に入れ発足[1]。大目標としては、2016年度までに大学入試センター試験にて高得点を獲得し、2021年度の東京大学入学試験突破を掲げている[2]。
またプロジェクトを通して、情報技術分野の未来価値創成を目指し、人間の思考に関する学際的、包括的な理解を深めると共に、国際的な連携も見据えた研究活動を行う方針だった[1]。
2015年6月の進研模試で偏差値57.8をマークするところまで成績を上げたが、東大合格に必要となる読解力に問題があり、ビッグデータと深層学習を利用した統計的学習という現在のAI理論ではこれ以上の成績向上は不可能、何らかのブレイクスルーがない限りは東大合格は不可能と判断され、開発は凍結される。2016年11月を最後に5教科6科目でセンター模試を受験する発表会は凍結した[3][4]。2019年11月には、NTTの研究者が中心となる英語チームが大学入試センター試験の英語筆記科目に挑戦した結果、2019年センター試験の英語筆記本試験において、185点(偏差値64.1)の極めて高い成績を達成し、過去3年間のセンター本試験・追試験に対して適用した結果も、安定して偏差値60以上を達成したことを発表した。[5]
東ロボくんの開発の過程で、現在のAIは検索による膨大な知識はあっても文章の読解力が致命的にない、AIは意味を理解できない、プロジェクトリーダーの新井紀子いわく「知識に比べ幼稚な知性」[6]という、現在のAIの課題が明らかになった。また、文章の読解力が致命的にないはずの東ロボくんが、50万人いる全受験生の上位20%に入る「MARCH合格レベル」というそこそこの成績を収めたことで、日本の高校生の読解力が危機的状況にあることが明らかになったため、新井紀子は高校生の読解力を高める研究に移行し、2016年より国立情報学研究所の主導で行われる、中高生の読解力を問うプロジェクト「リーディングスキルテスト」につながっていく。
また、東ロボくんは自分で答案を書けないため、東ロボくんの代わりにボールペンで答案用紙に記入したり、答案を書き終わった後に先生に挙手して答案を裏返したりするロボットアーム「東ロボ手くん」がデンソーによって開発されたことも東ロボくんプロジェクトの成果である。これは、紙やボールペンなどの人間向けに作られた物を扱えるロボットの開発につながる(新井は「人間なら誰でもできる労働は現在のAIには難しいため、高度な責任やクリエイティビティを要求されないホワイトカラーの労働の一部がAIに奪われる一方で、人間なら誰でもできる低賃金の下働きはこれからも人間がやり続けることになる」と考えており、「人間なら誰でもできること」をロボットができるようになることが重要と考えている)。
なお「東ロボくん」と一言で言っても、その実態は社会・国語・英語・物理・数学という5教科8科目の試験問題の各問で「最も確からしい」答案を書くために多数のプロジェクト参加者によって開発された様々なアルゴリズムの総称である(2010年代に「AI」と呼ばれていた物は、問題を「認知」して「考え」て「正しい」答えを回答することはできず、事前のプログラムに従って「問題文」と言う「テキスト」を「過去問」と言う「ビッグデータ」と照らし合わせ、「最も確からしい」答えを出すことしかできなかったが、それが一見外からは、「AI」が試験問題を「まるで解いている」ように見えるので、AIには「知能」があると一般人に誤解されていた[7])。あくまで東大合格を目指す「東ロボくん」として代ゼミ模試や進研模試などを受け続けることは2016年で終了したものの、個々の開発者による個々のアルゴリズムの開発は継続しており、また東ロボくんプロジェクトで得られた成果はその後のAI開発や教育政策に役立てられている。
プロジェクト参加者
編集国立情報学研究所の所員を中心に、国私立大学、国立研究機関の関係者総勢39名(2014年10月現在)のメンバーが参集[9]。
プロジェクトディレクタ ・ サブプロジェクトディレクタ
編集プロジェクトメンバー
編集共同研究者
編集- 穴井宏和(富士通研究所)
- 武田浩一(日本アイ・ビー・エム)
- 金山博(同上)
- 石岡恒憲(大学入試センター)
- 佐藤理史(名古屋大学)
- 乾健太郎(東北大学)
- 松林優一郎(同上)
- 近藤泰弘(青山学院大学)
- 三田村照子
- 羽田昭裕(日本ユニシス)
- 黒橋禎夫(京都大学)
- 山本章博(同上)
- 田中牧郎(明治大学)
- 戸次大介(お茶の水女子大学)
- 森辰則(横浜国立大学)
- 小木曽智信(国立国語研究所)
- 丸山岳彦(同上)
- 岩根秀直(国立情報学研究所)
- 原忠義(同上)
- Nguyen Luu Thuy Ngan(同上)
- 須永哲矢(昭和女子大学)
- 飯田龍(情報通信研究機構)
- 嶋英樹(カーネギーメロン大学)
- 小松弘佳
なお、この他にもベネッセコーポレーションや東京書籍、数研出版、岩波書店をはじめ教育・出版関連の企業も共同研究に協力している[9]。
開発
編集東ロボくんの成績向上のためには、2015年現在のAI研究で最先端の理論である、ビッグデータによる統計的手法が用いられた。これはテスト問題を解く際に、ビッグデータをN-gram言語モデルを用いて全文検索し、単語ごとの共起度を計算し、テスト問題と照合し、最も確率の高い物をテスト用紙に記入するというものである。
例えば、英語の短文問題を解けるように、東ロボくんには500億語の英語が読み込まされた。しかし、人間なら100文読めば理解できるような問題(文章の空欄の一部を埋める4択問題と、文の順番を正しく並び替える整序問題)に対し、東ロボくんには19億文勉強させる必要があり(つまり、AIは「意味」を理解できないため、英単語を英単語として認識できず、AIにとっては単に共起度を測る無意味な記号の羅列に過ぎない)、それでようやく正答率が9割を超え「わかっているようにふるまう」ことができるようになるなど、学習に統計的手法を用いる現在のAI理論の限界が明らかになった[10]。東ロボくんプロジェクトは「隣接発話らしさ」を利用して英語の会話文を説く手法など、数々の新しいアルゴリズムを生み出し、代ゼミセンター模試の英語の偏差値を41.0から50.5にまで成績を向上させたが、そもそもAIが「意味」を理解できない以上、性能向上には限界があり、東大合格は不可能と判断された。東ロボくんが東大合格レベルの英語力を持つには、N-gram言語モデルに代わる新たなブレイクスルーが必要となる(なお、アルゴリズムの限界と言っても、東ロボくんは偏差値が50を超えている時点で既に代ゼミセンター模試の全受験生の平均よりも英語ができる)。
囲碁AIのAlphaGoで絶大な効果を上げた「深層学習」は、英語学習にも効果的だと予想されていたが、予想とは異なり、東ロボくんは文章の意味が分からないまま、可能性が高そうな解答を出すだけの学力しか持てなかった[11]。一方で、数学や世界史では偏差値60を超える好成績を収め、5教科8科目の総合偏差値では57.1をマーク。高校生の8割が東ロボくん以下の成績となったことに開発者の新井紀子は衝撃を受け、これからのAI時代において人間が人間らしくあるために「AIの性能を上げている場合ではない」「東ロボくんの性能を上げるよりも、中高生の読解力向上が直近の課題」との結論に至る[12]。
新井は著書『コンピュータが仕事を奪う』において、AIによって人間のホワイトカラーの仕事の一部(中間部分)が奪われ、人間の仕事は「AIには難しい人間ならではの高度なクリエイティビティを発揮する労働」と「AIには難しいが人間なら誰でもできる低賃金の下層労働」に二極化し、社会が分断されると予測していたが、「東ロボくんは文章の意味を理解できない」「東ロボくんは東大は無理でもMARCH程度なら入学できる」という結果は、その予測を支持するものであった。
東ロボくんの開発凍結後は、「計算」と「記憶」というAIが得意な分野でのAIの能力の向上を進めるほか、AIを使う人間の方でもAIと差別化するため、「読解力」や「意味理解」というAIが苦手な分野での中高生の能力を向上させる試みが、国立情報学研究所によって進められる方針である。
成績
編集プロジェクト始動から2年が経過した2013年秋、代々木ゼミナールで行われた初の模擬試験に挑戦[13]。「東大入試プレ」の数学では文系、理系とも偏差値60程度の成績を納めた[13]。「全国センター模試」では、点数が最も高かったのが世界史の58点(偏差値55)で、私立403大学の8割でA判定が出ているという[14]。また国立大学では1大学2学部で合格圏内となったものの、その大学は芸術系のため実技試験で落とされるのでは、と慶應義塾大学理工学部の山口高平教授は語っている[14]。
2014年11月に代々木ゼミナールにて再度「全国センター模試」を受けた[15]。 その結果は東大合格にははるかに及ばないものの、偏差値は47.3と昨年の45.1を上回り、私大なら全国581大学の8割にあたる472大学で合格可能性が80%以上の「A判定」となった。
2015年6月にベネッセコーポレーション協力の下、6月実施の進研模試「総合学力マーク模試」を受験した。 その結果、5教科8科目で511点(全国平均416.4点)、偏差値57.8(未着手の漢文を除く)という成績を収め、これは私立大学の441大学1055学部、国公立大学の33大学39学部で合格可能性80%以上に相当するものとなった。 特に富士通研究所と名古屋大学が担当した「数IA」で偏差値64(前年46.9)、「数IIB」で65.8(同51.9)、日本ユニシスが担当した「世界史B」で偏差値66.5(同56.1)と、計3科目で偏差値60を超えた[16]。
2016年11月に東京大学合格は実現不可能であり、断念したと報道され、今後は記述式試験を解くための研究などに集中したいとした[3][4]。
2019年11月、2019年センター試験の英語筆記本試験において、200点満点中185点を獲得し偏差値64.1を記録した[17][18]。
脚注
編集- ^ a b c 概要ロボットは東大に入れるか
- ^ a b c “ロボットは東大に入れるか。Todai Robot Project”. 21robot.org. 2019年11月18日閲覧。
- ^ a b c 人工知能「東ロボくん」 東大を断念 | NHKニュース
- ^ a b 人工知能「東ロボくん」が東大合格を断念 - 産経ニュース
- ^ 日本電信電話株式会社. “2019年大学入試センター試験英語筆記科目においてAIが185点を獲得!”. NTT公式ホームページ. 2020年9月20日閲覧。
- ^ 知識に比べ幼稚な知性アンバランスなAI |新井紀子|日経カレッジカフェ | 大学生のためのキャリア支援メディア
- ^ 2019年は「エッジAIがもたらすソフトウェアの進化」に注目 しかし停滞を招く要因も (1/3) - ITmedia PC USER
- ^ Arai, 新井紀子/ Noriko (2019年11月18日). “「東ロボはやめたのでは?」とのお尋ねがありましたので。東ロボは2011年から2021年までのプロジェクトとして運営されています。2016年にNHKで「東ロボ、東大断念」と報道されたのは、代々木駅の雑踏の中で、NHKさんから電話がかかってきて「東ロボ、東大残念」ってタイトル出していいですか?と聞かれ”. @noricoco. 2019年11月18日閲覧。
- ^ a b 研究活動ロボットは東大に入れるか
- ^ なぜ人工知能は東大に合格できないのか? 「東ロボくん」プロジェクトで分かったAIの弱点 週刊新潮 2017年2月2日号
- ^ AI時代、人間がすべき仕事は? 「東ロボくん」開発者:朝日新聞デジタル、2018年1月7日
- ^ 「AIの性能を上げている場合ではない」──東ロボくん開発者が危機感を募らせる、AIに勝てない中高生の読解力 - ITmedia NEWS、2016年11月21日
- ^ a b 東大生がロボットに仕事を奪われる日は来るのか2014年1月16日 アスキー
- ^ ロボットは東大に入れるか2014 -東ロボくん、代ゼミ模試に挑戦- 成果報告会ロボットは東大に入れるか
- ^ 人工知能「東ロボくん」、センター試験模試で「偏差値57.8」 数学と世界史は偏差値60超え2015年11月16日 ITmediaニュース
- ^ 日本電信電話株式会社. “2019年大学入試センター試験英語筆記科目においてAIが185点を獲得!”. NTT公式ホームページ. 2019年11月18日閲覧。
- ^ “「ロボットは東大に入れる?」…AIがセンター試験英語で高得点 : テクノロジー : ニュース”. 読売新聞オンライン (2019年11月18日). 2019年11月18日閲覧。
関連項目
編集外部リンク
編集- ロボットは東大に入れるか 公式サイト
- 東ロボくん (@21robot) - X(旧Twitter)